勇者見参! 4

彼らは天華救出のために一度ダーカー工房へと向かい作戦会議を行うことにしたのだが、戻った一同に重い空気が流れる


探し出す手段がないわけではない

どうやってビヨロコとクーラを打倒するのか、それが彼らの空気を重くさせた


勝てない事はわかる

だが、それでもやらねばならない事もあった


しかし、やらねばならないのと出来ないのはまた別の話である


あの場に現れたのが上級怪人を従える三大幹部の一角であり、その実力はフィリアとセドの攻撃を容易く防いで見せた事からも明白だった


「防衛隊に応援を頼むのはどうですか?」


このまま黙っていては埒があかないと、無理は承知でトウヤは提案を述べる


「街一個を単騎で制圧出来る程だ、防衛隊がいても厳しいだろうな・・・」


その返答はトウヤの想像通りのものであった


「とりあえず・・・勇者だけ救出するプランを立ててからその後を考えないか?このままだと埒があかねぇ」


言いにくそうにラーザが言う

だが、彼らの空気を重くしている問題の本質はそこでは無かった


「そのプランはある。雫の協力があれば行けるだろうな、だが問題はその後だ、勇者救出が叶い、雫の刀で遠方に避難したらその後は奴によって街を破壊される可能性がある・・・迎撃は絶対、しかしその手段がないのだ」


グッと拳を握りしめ、湧き出る悔しさという気持ちを抑えながらもセドは言った


救出は出来るが、そもそも撃退出来なければこの街が破壊されてしまう

そうであるが故に撃退は必須事項となる


見えぬ未来はやがて、ストレスという形で集まった者たちの心を蝕み消耗させていく


そんな折、工房の扉がコンコンと叩かれた


こんな時に誰かと思い、一同が扉の方へと向けば子供の楽しげな笑い声が遠くに去っていくのが聞こえる


聞き覚えのある楽しげな声

ともすれば、その声の正体にいの一番に気が付いたトウヤは、歯を食いしばり全身の筋肉に力を入れ感情の赴くままに扉へ向かい開け放つ


そこには一通の手紙が落ちていた


なんて事はない無地の折り畳まれた手紙、それを拾い上げ広げていき、書かれている言葉を見てトウヤは押し黙る


「何があったのか・・・?」


「トウヤ・・・?」


トウヤの異変に気が付いたのか、セドとフィリアが心配そうな声で声を掛けた


「あいつら・・・俺に1人で来いって言ってます」


「・・・!?」


あいつらとは誰を指す言葉なのか、それに気が付いた全員が驚愕の表情を浮かべ絶句する


明らかな罠であった


勝てない戦いに1人で向かう、その意味がわからないトウヤではない

だが、それは行かない理由にはならなかった


「俺・・・ちょっと行ってきます」


「トウヤ・・・」


「大丈夫ですよラーザさん、もしかしたらただお茶飲んで終わりかもしれないですし」


「嫌でもお前・・・」


そう声を掛けるラーザに彼の前に立つセドがソッと手を翳し制止する


彼とトウヤの間に声は無く、ただ静まり返った空間とトウヤの目を、彼自身の覚悟を見定めるようにジッと見つめていた


「・・・トウヤ、行くかいないかはお前が決めろ、ただしお前だけでも良い・・・無事に帰ってこい」


それはある意味でトウヤが負ける事をわかっているが故のヒーロー失格な言葉だろう

だが、明確にトウヤの事を案じた言葉であり、その優しさを受けたトウヤは感謝の念を心に浮かべ笑顔で持ってトウヤ自身の覚悟を伝える


「行ってきます」


その行為はきっと仕事人として失格の行為なのだろう

見込みも可能性もないのにたった1人で無謀に挑もうときているのだから

だが彼は仕事人として行くのではない、1人のヒーローとして助けに行くのだ

勇者だからでは無く、たった1人の少女を救うために死地へと赴く


手紙をセドへと渡し、工房を出たトウヤは指定された場所目掛けて一目散に走る


目的地に辿り着いてみればそこは倉庫だった

街に運び入れられる荷物の集積所、その一角にあるそれは全体が赤錆て古臭く中にいる者達の事もありトウヤの目に不気味に映る


倉庫の扉に手を掛けようとすれば、彼の中で僅かな緊張が走った

あの化け物とこれから戦う事になるのだと、そう考えると次に恐怖が波の様に襲ってくる

果てのない穴に落ちて行く様な感覚と共に手が僅かに震えた


「大丈夫か?アサマトウヤ」


後ろから不意に声が掛けられる

ハッとしてすぐ様振り返ってみればそこには見覚えのある白い身体と烈勢面の様な顔がそこにはあった


「あんたは・・・確か」


「ダライチだ、久しぶりだねアサマ君」


柔らかな物腰でそう名乗る怪人、それはトウヤが怪人と初めて戦った時に乱入してきた怪人であった


この怪人もまたフィリアが戦い倒し切れなかった存在、その事もありトウヤは警戒心を露わにしいつでも変身できるようにと構える


こいつの目的はなんだ、と考えようした時、その答えは意外にも怪人の方から口を開きトウヤヘト打ち出された


「そう警戒するな、私はただ激励に来ただけだ」


「激励・・・?なんで三大怪人の部下のお前が・・・?」


訝しげな表情を浮かべそう言った

組織は改造の際に洗脳術式を仕込み怪人を操るにも関わらず、ビヨロコとクーラとは違う行動には怪しさすら覚える


だが、そんなトウヤの疑問の答えもすぐに出た


「私は組織ではなくラーズ様の元で、共に牙持たぬ者の為に戦っている。あの様な下郎と一緒にしてもらっては困るよ」


「・・・」


どうやら組織も一枚岩ではないらしい

確かに定期的なフィリアの勉強会でトウヤは多くの怪人の罪状について聞いたことがある

その中でもダライチを含めたラーズの配下は暴行殺人器物破損等、他の怪人と同じ罪状を掛けられているが、その対象の殆どが後に殺人、誘拐、汚職や国家反逆罪などで投獄された者達ばかりで、彼の言うとおり同じではないのだろう


「だか、私とて組織の末席に席を置く身だ、スポンサーの事もあるからな、今回の勇者救出には手を貸せそうにない」


だが、それでも彼は組織の怪人なのだ

いかに組織のやり方に反対しようとも、属している以上はいつまでも嫌と言い続ける事もできないし、表立って批判も出来ない


それ故に残念そうな表情を浮かべ助けられないと言う、激励もせめてもの抵抗なのだろうか


その言葉にトウヤは薄れいく警戒心を感じながらもただ黙って聴くに徹しているが、内心としては複雑なものだ


敵と思っていた怪人が意外に悪くないと思える事であったり、だがそれでも組織の意向に逆らう事はしないとはっきりと言う

敵であり味方であるという微妙な関係


だが、今回ばかりはその微妙な関係もはっきりとしている


「まぁ今回は味方で、俺を応援しに来たって事で良いんだよな?」


「あぁそうだな、まぁ応援されたところでどうしたと思うが」


自傷気味に呟かれた言葉には、見ていることしかできない自分自身への悔しさが込められていた

そして、トウヤの目を力強い真っ直ぐな目で見つめ言う


「今は君にしか勇者を救えない・・・だから、頼んだぞヒーロー」


それは弱き者の為にという願いの込められた少年の様に真っ直ぐな想いからくる言葉


その意思は、願いはトウヤの心に確かに届く


言葉への返事はなく静かに倉庫の扉に手を掛ける

持ち手は錆びつきひんやりとした感覚がトウヤの手に伝わる


そうして振り向く事なく、トウヤは自身の覚悟を告げた


「任せろ」


勢いよく扉を横に引けば、動いた扉により舞った埃が差し込まれた太陽光によりキラキラと輝きまう

そんな倉庫の光が届かぬ程の奥に奴らはいた

暗闇の中に浮き出る2つの無邪気な双眸がこちらをじっとこちらを見つめている


その圧に僅かに気押されながらも前へと進み声を張り上げた


「来たぞ!天華はどこにいる?」


倉庫の中を縦横無尽に響く声、尻すぼみ消えていくその音に、クスクスと幼い笑い声が2つ被さってくる


「来ちゃった来ちゃった1人で来ちゃった」


「可哀想に、私たちに殺されちゃうよ?」


暗闇の中で光輝く双眸が前へと歩み出て、声の主の身体を、ゆっくりと足先から身体に掛けて光が照らし影が祓われていき、やがてその顔が露わになる


無邪気で口角を目一杯まで上げた邪悪な笑顔が現れた


思わずゾクリと悪寒が走り、無意識に唾を飲み込む


童子はそんなトウヤの様子を気にする事なく、優しく、ただ優しく言い聞かせる様に喋る


「でも大丈夫、君はおもちゃにしてから殺してあげる」


「ねぇねぇ、早く見せてよ!君のそのスーツ!」


目をさらに強く輝かせながら楽しげに言う

そんな姿に気持ち悪さを覚えながらもトウヤは構えた


覚悟はすでに決まっている


『空間魔法、アクティベート』


流された魔力によりブレスレットの術式が起動した

ブレスレットを重ね合わせる


「変身!」


『音声認識完了、アクシォン!』


勢いよくブレスレット同士を擦り引き離せば、機械音声と共に破陣式から解き放たれた魔力が、行き場を失い反発しあう事で魔力暴走が発生し増幅された膨大な魔力がブレスレットへと流れ込む


そうして光に包まれたトウヤが腕を振れば、赤い戦士が光の中から現れる


「トウ・・・ヤ・・・」


か細い声が聞こえてきた

彼の名を小さく呼ぶ声が


声の方を見れば、雑に鎖で両手を縛られた天華が吊されていた

憔悴しきっているのか、その顔には市場にいる時見せた眩しいほどの笑顔が消え失せ、赤く腫れた目をして表情は虚なものだ


それ故に笑いながらトウヤは言う


「すぐに助けるから、ちょっと待っててくれ」


何故?

それは天華の中に生まれた疑問

何故、彼は自分をそこまで助けるのだろうか?自分が勇者だから?それでも死ぬと知っていながら何故来たのか?


そんな彼女尽きぬ疑問を浮かべる彼女ではあったが、たった一つのシンプルな物な希望を浮かべている

ヒーローが助けに来てくれた

負けるとわかってる。彼が死ぬとわかっている

だが、その事実は彼女の心を何よりも落ち着かせながらも昂らせたのだ


「ねぇねぇ、何言ってるのー?」


「助けられると思ってるの?」


小首を傾げながら笑う童子に、ヒーローもまた小さく笑い返す

それは嘲笑ではない、侮りではない


何よりも誰かを安心させる為の勇ましい明るい声を努めて出すのだ


「いいや助けるよ、だって俺はヒーローだからな」


「うーん、意味わかんない」


言い終わるや否やビヨロコが前へと飛び出た

両腕を大きく上げながら大股で前へ前へと、男児らしい活発さで走る


そのままトウヤへと瞬時に駆け寄れば細い腕を矢の様に引き、トウヤの頭目掛けて打ち放つ

空間を割き放たれた細腕からは想像も出来ない破壊の一撃


当たればひとたまりもないその一撃をトウヤは臆すことなく

摑み流す


勢いに合わせ伸ばされた腕に手をそわせ自身の身体を起点に、背負う様にして前へと叩き付ける

所謂背負い投げであった


突如として腕を掴まれ、ビヨロコは勢いのまま地面へと叩きつけられようとしている


迫る地面、だがビヨロコが空いた手を伸ばせば地面へと先に着いた手が地面に叩き付けられるのを防ぐ


『イグニッション、プレパレーション』


咄嗟に魔力を背中に流せば、機械音声が聞こえ聞こえないかの時点で手を離すと、僅かに後ろに下がる


「イグニッション!」


声と共にトウヤの身体が瞬時に前へと押し出された

そうしてビヨロコへとフレアジェットにより瞬時に加速した身体と膝をその頭に喰らわせる


モロに顔に膝蹴りを受けたビヨロコは声を出すことなく、その身体は後ろへと吹き飛び倉庫に保管されていたドラム缶へと突っ込む


「うわぁ、痛そー」


いつの間にか吹き飛んだビヨロコの近くに現れたクーラが、手で口を押さえながら楽しげに呟く

だがトウヤは攻撃の手を緩めない


『フレアシューター、アクティベート』


呼び出されたフレアシューターへと魔力を流せば機械音声が流れる

引き金を引けば収束された熱線が何条も打ち出された


「見て見て、あれも第4勇者と同じ光の弾だよ!」


「すごいすごい!欲しい!あれも欲しい!」


熱線の雨霰の中、クーラが防御結界を展開すれば表面に当たり散っていく熱線を見て興奮した様子でそれを眺める


攻撃の悉くが通用しない

わかってはいたが、そんな有様にトウヤは焦りを感じる


「なら、今度はこっちの番だね」


そう言えば防御結界の奥にいるビヨロコの片腕を持ち上げた

何をするのかとトウヤが身構えると、ビヨロコの上げた手が捩れ出す

捩れはやがて腕全体へと波及し、怪人体のその一端が垣間見られた

童子の身体に似つかわしくない歪な大きさをした禍々しい先端に行けば広がり、まるでラッパの様にぽっかりと開いた空洞が顔を覗かせた腕


その空洞の奥に仄暗い光が宿る

怪しく光る白い魔力の光、それはやがて一つの丸い形へと姿を変えていく


「もっと遊びたいから死なないでね?」


瞬間、炸裂音と共に一つの塊が打ち出される

それは魔結晶の塊とも言うべき物であった


撃ち出された魔結晶の塊はやがてトウヤに当たる直前に爆散し無数の破片をトウヤへと打ち出す


飛び散る破片、それだけ聞けば大したことのない物に聞こえるが、それ一つ一つがMRA、軍事用の魔導強化装甲服の防御結界を貫通し金属装甲をも簡単に引き裂く威力を持った必殺の一撃

だが、それを知らぬトウヤには対応が出来ない


撃ち出されたそれに警戒はすれど、面での制圧を行う死の弾丸をトウヤはその身体を持って威力を知る事となる


爆音と土埃が舞う中、トウヤの悲鳴が倉庫内に響く


高速で撃ち出されたそれを躱わす事ができず全身に浴びる事になったトウヤ

MRAよりもさらに高性能なスーツのおかげで致命傷は避けられたが、無数の切り傷をその身体に負うことになった


痛みから身悶えすれば突き刺さる魔結晶同士が干渉しあい甲高い音を奏でる

防御結界を貫通し切り裂かれたスーツからはジワリと血が滲み出ていた


「うわぁ、痛そー」


「すっごい痛そう」


その様子を戯けた様子で眺めてくる

息も絶え絶えといった様子のトウヤを見て2人の童子は嘲笑した


やがてトウヤは全身の力がガクリと抜け膝をつく


「トウヤ・・・」


鎖で吊された天華にもまた、その様子は見えていた

膝を着きながらも、なおもビヨロコとクーラを睨み付けるトウヤの姿を、立ち向かおうとするヒーローの姿を


「トウヤ!私の事は良いから、早く逃げて!」


何故そこまで戦うのか

もうこれ以上傷ついて欲しくない

それ故に言葉だったが、トウヤは逃げ出す素振りを見せない


なんで?なんで逃げないの?

意味を理解出来ない天華はトウヤの行動に困惑する


「逃げないよ・・・言ったろ、助かるって」


「そんなの・・・なんで」


彼からしてみればそれは案外悩む程もない簡単な理由だった

考えるのは簡単だが実行するのは難しい理由


「助けを求める人がいるなら助けに行く、手を差し伸べる。例えどんな状況になろうとも俺が天華を助けたいから・・・諦めないよ」


割れたバイザーの奥でトウヤは笑う

天華を助けた時の様に、優しい瞳で彼女を見つめる


そこに確かに諦めの文字はない

再び敵と相対すれば、熱き目に宿す言葉は不退転

不倶戴天の敵を倒し、助けを求める人を救うヒーローとしての有様を彼は示すのだ


「ねぇ、終わった?」


「つまんない話してたから、僕たち寝ちゃいそうだったよ」


そうつまらなさそうに話す童子に、トウヤはどうするべきかと考える

渾身の膝蹴りは防がれ、有効打と思えるフレアシューターは防御結界で防がれた

オーバーシュートを行えば防御結界を貫通する事は可能だろうが、代わりに熱線は倉庫を貫通し周りの家屋へと被害を与えるだろう


ならば残された手段はひとつだけ


その考えが浮かんだトウヤは再度ブレスレット同士を擦り合わせる


『オーバーパワー、アクティベーション!!』


機械音声が流れると共に、ブレスレット内に内包された膨大な魔力のストックが解放され、過剰とも言える魔力がスーツに刻まれた術式の出力をさらに押し上げ、スーツの色が赤から黄色に、魔力布の色が黄色から緑へと変わる


足に魔力を集中させ腹に響く轟音と共に地面を蹴り上げ押し出された身体は、普段とは比べ物にならない勢いでビヨロコ達へと迫った


魔力を流した一撃は確かにビヨロコ達に届く

打ち抜かれた拳はその小さな腹部を捉え一歩後退させる

足先から吹き出した火はトウヤの身体を独楽の様に回り放たれた蹴りはその顔を確かに当たりよろめかせた


ーーまだだ、まだ足りない、もっとだもっと力を、もっと魔力を込める


足りないと思えばさらにスーツへと自身の魔力を供給し、激しい連撃はなおもその勢いを強くしていく


「うん、つまんないや」


突如言い放たれた言葉と共にトウヤの身体に拳が撃ち込まれる


横にくの字に曲がる身体はその勢いを受け、彼を横に吹き飛ばす


地面を転がり身悶えするトウヤに2人の童子は宣告する


「死んじゃえ」


構えられた腕には再度白い魔力の火が灯る


もう一度放たれれば防ぐ手段はない

だが無情にも、やがて魔力は一つの塊となってトウヤへと撃ち放たれる事になる


向かってくる防御不能の散弾

それ故にトウヤは



高く飛んだ



フレアジェットの火を噴かし、倉庫の天井いっぱいまで飛び上がる


『脚部集中、一撃必殺!』


「セイ、ハァーー!!」


『フレアキック!』


噴かされたフレアジェットの勢いと共に魔力を集中させた脚部をビヨロコ達に向けて突っ込む

脚部から発生した魔力はやがてフレアジェットの勢いも相まって傘の様にトウヤを包み込んだ


ビヨロコ達もただ黙って喰らうわけもなく

互いに手を前へと出し、トウヤの一撃を受け止めた


突き刺す様な蹴りを放つトウヤと、防ぐビヨロコとクーラ

一見すれば拮抗している様に見えるそれは、しかし、互いの余力を見ればどちらが優勢かが如実に理解出来てしまう


そんな前へと進めぬ事にトウヤは焦りを覚える

このままではまずいと、湧き出る感情はトウヤの心を掻き乱す


「トウヤ!!」


そんな中、声が聞こえる

鎖に繋がれた天華がトウヤを見て声を張り上げた


「勝って!勝って生きて!!」


自分の為に傷付く人の為に、無力な自分を呪う様にポロポロと涙をこぼし彼女は告げる

自分の願いを、勝って生きてほしいという願いを


ならばこそ、と乱れた感情は熱く燃える感情へと変わる


生きて欲しいという無垢な願いを受け、トウヤはさらに力を欲した

生き延びるために、天華を助けるためにと


「ハァーー!!」


気合いの雄叫びの上げると、魔力が豊富にその身から溢れ粒子となってトウヤの身体を包み込む

今まで以上に過剰に放出された魔力が、スーツの表面で結晶化していけば、術式の出力が底上げされていく


「・・・!?」


急に出力が上がり出した事に気が付き、ビヨロコとクーラの表情が変わる


フレアジェットは燃焼ガスの勢いが増し、さらに強くトウヤの身体を押し出す

身体強化術式もまた、その出力を上げ脚部の力が増す


防御結界にヒビが入る

それはほんの小さなヒビではあったが、それはやがて全体へと波及していく


遂にはガラスの砕ける音と共に防御結界が破壊される


割れた結界の破片達の中を、青い魔力の光に照らされ真っ直ぐビヨロコへと突っ込んできた


彼らはそれを、互いに手を繋ぎただただ受け入れる



激しい爆音が倉庫内を揺らし照らし出す


巻き起こる風に煽られ、天華は小さく悲鳴を上げる

そうして背けた顔をゆっくりとあげれば、爆発の中心地に立つひとつの人影が目に入った


「トウヤ・・・?」


静かに不安な面持ちで名を呼んでみれば人影は真っ直ぐと彼女へと近付き腕を上げ親指を立てる


「もう大丈夫だ」


バイザーが破損して覗かせる目を細くしながらも、温和な笑顔で持って天華へ笑いかけてくる

その姿に天華は胸を撫で下ろす


「さっ帰ろう、今解くからまってろよ」


手を縛る鎖を外せば、天華は手を開いて握る動作を繰り返す


「ありがとうございます・・・その、怪我は大丈夫ですか?」


「大丈夫、この程度慣れっこだからさ」


怪人を倒し訪れた安命の穏やかな時、安心感からか2人は笑い合う


そんな彼らに祝福の拍手が送られた

自身よりも強大な敵を倒したヒーローの姿に、助けられたヒロインの姿に

拍手が送られる


「感動的なシーンだねー」


「うん、演劇なら大団円でカーテンコールしてるとこだねー」


掛けられる童子による賛辞の声は、トウヤと天華の顔を青褪めさせていく


ゆっくりと振り返れば1体の異形の姿があった


「なん・・・で・・・」


強張った表情で口をパクパクと動かしながら漏れ出た言葉

あの時確かにトウヤの蹴りは胴体に当たったはずなのに、そんな疑問の中怪人は嗤う


「あの時怪人体になったんだよ」


「人間体のままなら危なかったねぇ」


まるで人間2人が絡み合い捩れた様な姿をした異形の怪人は、たった1人にも関わらず2つの声帯で話をする


独り言の様にも聞こえるそれは、確かに会話であった

見れば顔に当たる部分は2本の柱の様になっており、目はないが口だけは、互いが向かい合う様に柱の側面に配置されている


ひとつの唇が言った


「でも、今ならもう大丈夫」


向かい合う唇が動く


「さぁ、戦いはこれからだよ、もっと楽しもう?ヒーローフレアレッド」


金切り声のような笑い声が響く

倉庫内で反響するそれは叫びの様にも聞こえた


ーー無理、勝てない


今も尚狂った様に顔の前で手を叩き、叫びの様な笑い声を上げる怪人を目の当たりにした天華の出した結論、それは諦めである


身体の芯の底まで凍らせる恐怖に、逃げろという心の叫びとは反対に彼女の足はすくみ上がった


「天華・・・ここは任せろ、お前は逃げろ」


そんな彼女の前にトウヤは歩み出た


無駄無理無謀、頭の中に諦めから出た言葉が駆け巡る


「なんで・・・なんでそんなに戦えるの?私を助けたって何も・・・」


だからこそわからなかった

何故この男はこんなに恐ろしい物に立ち向かえるのか

何故見ず知らずの自分の為に戦えるのか

恐怖によって秘められた思いが吐き出される


まるで化け物を見るような目でトウヤを見つめた

だが、そんな視線を向けられた彼は、天華へと振り向くと困った様に笑う


「同じ食卓を囲んだのにそんなこと言うなよ・・・それに」


恐怖はある。今すぐにでも逃げ出したい

震える手を僅かに見つめ、だがうちに湧き出る恐怖を握りつぶす様にしてグッと力を込める


怪人へと顔を向ければ、その目には恐怖の色は消え失せていた


「助けるのに理由なんていらないだろ」


そうしてトウヤはボロボロの術式を稼働させ怪人に立ち向かうべく走り出す


人は助ける利点があれば助ける

そこに自分に対するメリットがデメリットを超えれば助けるのだ

だからこそ彼の様な行動が理解出来ず、だからこそ彼の様な物に惹かれるのだ

助けることに理由はいらない、まるで物語のヒーローの様にそう言えてしまう存在に人は憧れるのだ


だが、憧れるだけではいられない


トウヤの拳を片手で受け止めた怪人が、彼の腕を捻り上げる


力には責任が伴う、それは異国のヒーローの言葉だ

ならば、自分の責任とは何なのか


顔を殴られたトウヤが蹌踉めき後退りすれば、追い討ちで打ち込まれた拳が腹にめり込む


力が欲しい、天華はそう欲してしまう

今自分の為にその身を犠牲にしようとしているヒーローの為に


『その為の力ならあげたはずだよ』


優しい女性の声が頭に響く

それは彼女がこの世界へと降り立つ際に1人の女性から発された声と同じ物だった


そうだ、自身には力がある

誰かを守る為に拳を握り、その身を盾にする

そんな人間を死なせてたまるか


へたり込んだ足にグッと力を込める

ヨロヨロと立ち上がり顔を上げれば、その目にもう迷いはない


「私だって・・・私だって勇者なんだ・・・!うわああ!!」


恐怖をかき消す様に雄叫びを上げ天華は駆け出す

声に気が付いた怪人が視線を向けようが、倒れ伏すトウヤが逃げろと手を伸ばそうが構うことなく走り寄り、天華は手を伸ばす


「来て!」


ギュッと握られた拳から光が溢れる

紫色の魔力の奔流、それはやがて何本もの糸となり、糸はやがてひとつの物体を形作った


それは籠手、それは胴鎧、それは脛当て、それは兜


全身を覆う鈍銀の、華奢な少女が纏うにはあまりにも重厚過ぎる全身鎧が形作られた


「なっ・・・!?」


「これが鎧の勇者!」


「すごい!すごい!本当に鎧を召喚?作った?とにかくすごい!」


それを見たビヨロコとクーラは童子のように興奮した様子を見せ、片腕を天華へと向ける


その手はすでにトウヤのスーツを破壊した砲撃形態へと変異しており、砲口内に既に白い光が収束していた


気が付いたトウヤが叫ぶ


「天華!逃げろぉ!」


だが、既に魔力の充填は終わっていた

言葉なく撃ち放たれた魔結晶の砲弾は天華の眼前で炸裂する


御しきれなくなった彼女を消す為に放たれた凶弾は無数の細かな槍となって直撃した


火花を上げ、砕けた破片が舞い散る


その中から無傷の鎧が前へと歩み出す


「はぁっ!?」


「なんでだよ、意味わかんない!」


慌てる童子の声

被さる様に何度も何度も砲撃音が鳴り響く

放たれた

先程と同じく炸裂する物、先の尖った物、貫通力を高めた細い槍の様な物と様々な形に姿を変えながら撃ち込まれていく砲弾は、終ぞ鎧を貫通することはない


怪人の砲撃が通用しない事がわかると天華は強気になり反撃に転じた


「え・・・!?」


重なる2つの声、それはたったの一飛びで天華は彼らの懐に飛び込んできた彼女に向けた驚愕の声


やあぁ!という気合いの雄叫びと共に拳を握り締め引き絞られた矢の様に怪人の腹へと拳を打ち込む


ドゴォンというまるで鉄の塊を殴りつけたかの様な音が響くと、怪人の身体が弓形に曲がり後ろへと飛び倉庫の床を滑っていく


咄嗟に後ろに飛び攻撃によるダメージを減らそうと努力はしたが、それでも防ぎ切れない威力に怪人が身悶えをする


「クソッ!クソッ!」


「勇者が覚醒するなんて、これ程だなんて・・・」


焦りと怨嗟の声を吐き出しながら怪人が蹌踉めき立ち上がる


「もう僕達に出来ることはなさそうだね、クーラ」


「うん、こうなってしまった以上、逆に私たちがやられちゃうねビヨロコ」


そう言うと、手を上げると天井目掛けて砲弾を撃ち破壊した


バラバラと落ちてくる残骸と共に、怪人は天華に向けていた視線を倒れ伏すトウヤへと向ける


「さようなら、フレアレッド」


「勇者は諦めたけど、僕達はまだ君を諦めた訳じゃないからね」


金切り声の様な笑い声を響かせ怪人は高く飛び去っていく


しかし、まだその脅威が去った訳ではない


「トウヤ」


差し出される手を見てトウヤは笑う


だが、きっとその脅威が取り除かれる日が来る


先程の戦闘の音を聞きつけたのか、外が俄かに騒がしくなってきた


「そろそろいきましょうか、トウヤ」


「そうだな、帰ろう天華」


差し出された手を握り立ち上がる

そうして笑い合えば戦いの終わりを感じた


「逃しませんよ」


「コオト・ルシバ・ワーナ」


不意に怒気の籠った声が倉庫内に響く

それと同時に発された言葉、何を言ってるのかわからない未知の言語で発されたそれはトウヤの身体を縛る紐状の何かを作り出した


突然縛られたトウヤは困惑の色を浮かべ警戒心を一気に上げる


「なんかマズイ・・・天華逃げろ・・・」


「あわ・・・わ・・・」


焦りながらトウヤはそう言うが、天華はそんな言葉など入って来ないかのように先程とは違う意味で顔を青ざめ慌てふためている

天華の様子が先程とは違いおかしい事に気付いたトウヤではあったが、その理由についてはわからない


そうしていると、複数の足音が入ってきたのか倉庫内に響く

トウヤもまた天華が視線を向けている足音の方へと顔を向ければ、そこには美しい衣服を着飾った可憐な少女の姿があり、その後ろに控えるベガド防衛戦で見たような白いMRAや防衛隊の重厚な物とも違う、胸には紫と白のエンブレム、全体的に刺々しく一目見ただけでも腕、肘、脛にブレードが付いており近接戦を重視しているのが見て取れる


なんだこいつらと眺めていると先頭に立つ少女がキッと目を尖らせトウヤへと顔を向けた


「あなたは・・・この街のヒーローですか?」


凛とした鈴のような声色、だがその奥には警戒心が滲み出ていた


「そうだけど・・・あんた誰なんだよ」


「無礼者!この方をどなたと心得るか!」


「どなたって言われても・・・天華、知り合いなのか?」


首だけをなんとなく後ろに向ければ、怯えた様子の天華がぽつりぽつりと話し始める


「知ってるも何も・・・この人は・・・」


「失礼、名を申し上げておりませんでしたね、私はフェイル王国第一王女、フィレス・F(フェル)・フェイルと申します」


その名を聞いた瞬間トウヤの時が一呼吸の間止まる

王女・・・王女・・・?と頭の中でそのフレーズを反芻させれば、どこか空高くまで飛んでいた意識が徐々に降りてくると共に、今の現状を理解し始めた


「おう・・・じょ・・・さま?」


「はい、私はこの国の王女です」


青褪めていく頭とは対照的に、現状をある程度理解しトウヤに敵意がない事がわかったからか彼女の顔からは警戒心が消えていく

そうしてニッコリと笑う


「この度は勇者様をお守り下さりありがとうございます」


「えええええ!!!?」


トウヤの声が倉庫の中に響き渡る








それから数日後

ベガドの街ではパレードが開かれていた

それは鎧の勇者の出立を祝うパレードである


「酷い目に遭いましたよ」


道に設けられたベンチに座り、トウヤはため息と共に言葉を漏らす


その言葉を聞き篝野は腹を抱えながら大きな声で笑う


「いや、お前・・・自分のいる国の王族の事くらい知っとけよ」


「笑い過ぎじゃないですか?それに王女様なんて顔見る機会ないんだから仕方ないじゃないですか、まさかあんなところにいるなんて思わないし」


「まぁ良いじゃねぇか、おかげで工房の名は売れたし、勇者様を助けて覚醒の補助もしたってんで報酬も出たんだろ?」


「いやまぁ・・・そうですけど・・・」


あの後、王女一行の護衛と共に工房に帰還したトウヤではあったが、戦闘の一部始終を見ていた王女がダーカー博士の作った武具を気に入り博士に詰め寄ったり、護衛の報酬を貰ったりといろいろとあったのだが


「でも、これで良かったのかなぁって」


心残りがあるとすれば、天華があの後元の世界に帰らないと言い出した事だった

戦場に身を置く事になるが本当に大丈夫なのかと、心配になるトウヤではあったがそれを笑い飛ばすように篝野が言う


「確かに心配だろうけどな、それはあの子が決めた事だろ?見てみろよあの顔」


そう言い指を刺せば、その先にはパレード車に乗った天華の朗らかな笑顔があった


「彼女が決めた事だろ?なら見守ってやろうぜ」


「・・・そうですね」


覚悟を決め、怪人と相対し見事撃退した彼女であれば、この先どんな苦難が待ち受けていてもきっと乗り越える事ができる


そう信じるとトウヤは決意した


そんなトウヤに気が付いたのか、天華が満面の笑みで手を振ってくるのを小さく振り返す


例え環境が変われど、状況が変われど、人はそこに順応し生きていける

だが、その為にはそれ相応の覚悟が必要になる


それでも、乗り越えた先に未来があるのだと信じて








薄暗い路地裏で3つの影が蠢く


2つは子供、1人は大人の風貌をしたそれはまだ見ぬ悪意を持ってパレードを見つめる


「申し訳ございません、クヨキシ様」


「勇者の捕獲に失敗しました」


ビヨロコとクーラが膝を折りそう謝罪する女性は楽しげにパレードを見つめながら言った


「良いわよ、あとはスポンサー様がどうにかする案件だわ、どっちみち私達じゃ対処しきれなかった・・・それよりも」


視線を下げれば一枚の写真があった

そこには最重要確保目標という文字と共にトウヤの顔写真が写っている


その写真を見ながら女は嗤う


「もっと面白そうなものを見つけたからね、お手柄ね」


悪意は止まらぬ何処までも、人の欲が終わらぬ限り

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る