ベガドの危機!?魔王軍侵攻! 2


隆起した地面から1体の手足の生えたデカイドリル付きのトゲだらけの皿みたいな魔獣がなんか飛び出した


その瞬間を目撃したトウヤの抱いた感想はそれだった

おそらくは民衆も同じ感想を抱いた事だろう

呆然とした様子でその光景を眺めていた


次いで襲ってきたのは考えれる未来への恐怖

そこからはあっという間だった


恐怖により民衆は濁流の様な勢いで駆け出したのだ

先程壁上を溶かした紫の光線の事でラーザ達と話していた筈だが、アレはなんだ、みんななんで慌てているんだ?

知識のないトウヤは何故という疑問により、現状の把握が出来ないでいるが、ただその感情だけは理解できた


恐怖


これから恐ろしいものがやって来るのだという恐怖だ


「おい!トウヤ、しっかりしろ!ぼさっとしてんな戦闘準備!」


「早く武器を構えて、来るよ!」


ラーザとシスの声で現実に引き戻される

先程地中から飛び出てきた魔獣はワタワタと四肢を動かした後に動かなくなっていた


だが、周りの冒険者達は誰1人としてその事を気にする様子はなかった

全員が武器を構えてあの魔獣が掘った穴を凝視している


「あの穴なんですか・・・?」


「魔王軍の地中侵攻、結界魔法が突破出来ないならその内側から攻めれば良いっていう馬鹿みたいな発想だよ」


「つまりあそこからたくさんの魔法兵器が攻めてくるって事よ」


「え、ちょマジすか!?」


その言葉にトウヤは慌てる

話には聞いていたが、実際に出会って戦うとなると話は別であり

嫌でも緊張してしまいへっぴり越しで棍棒を慌てて構えた


その場にいる全員が静まり返り、穴から出て来るものをすぐさま撃退しようと神経を尖らせる


だが全く出て来る気配がなかった


「なんだ・・・?ただのこけおどしか?」


ハハッと乾いた笑みを浮かべる1人の冒険者が警戒しながらも穴へと近づいて行く


「お、おい、お前やめろ」


「平気だって、そうだ、こんなのただのこけおどしさ、中には何もいない、そうに決まっている」


そう言って近づき、ついには穴を覗き込む

その先に見えるのは真っ暗な空洞だった

ほら、やっぱりなと息を吐き安堵する



それから一瞬だった

その冒険者の身体を宙を舞う、次いで伸び出てきた触手に地面へと叩き付けられたのは


「ゴーレムじゃない・・・スライムローパーだぁ!!?」


一瞬だった

スライムローパーの触手だけが穴から顔を出したと思った瞬間、大量のスライムローパーが穴から顔を出し始めた

我先にとワラワラと湧き出て周辺の冒険者に襲い掛かる


穴の近くにいたものは果敢に剣を持って挑むが誰もこれもが剣を振るう前に触手で薙ぎ払われた


ある者はスライムローパーの触手を身体強化を掛けて剣で受け止めようとして剣ごと叩き潰される


ある者はスライムローパーの身体に取り込まれ生きたまま溶け殺された


叩きつけた剣は表面をぶにっと押し込むだけで傷すら付けられない

ライフルでの銃撃も、その弾性に優れた表皮により受け止められ弾丸は勢いを失い落ちていく

対してスライムローパーはただ触手を振り回せば、しなやかな鞭となり冒険者のハラワタを破壊する凶器となる


目の前で繰り広げられる虐殺

誰もスライムローパーに勝てない、傷すら付けられない


それもそうだ、本来スライムローパーは対MRAを想定した魔法兵器であり、本来は人の手で倒せる者ではないからだ

幾ら筋力を鍛えようとも、幾ら魔法を使おうとも、ただの人であれば勝てない


そんな現実をむざむざと見せつけられる


そうして呆然とするトウヤに気が付いたスライムローパーが、彼は近づきそのしなやかな死の鞭が振り下ろした


「トウヤ!なにぼけっとしてんだ!」


だが触手はトウヤへと届く事はなく、彼とスライムローパーの間に大剣が差し込まれた大剣により逸らし触手を受け流される


「ら、ラーザさん・・・」


「トウヤ、お前は一旦民間人の救助に回れ、ゴーレムならと思ったがスライムローパー相手には無理だ、急げ!」


「でも、それじゃラーザさんが・・・」


そう声をかけるとラーザはニヤリと笑みを浮かべる

そうして目の前にスライムローパーがいるにも関わらず大剣を肩に担ぎこちらへと振り返る


「何心配してんだよ、俺はお前より先輩なんだぞ?何回か戦った事あるし倒した事だってあるんだ、それに俺よりも強い奴がいる事を忘れたのか?」


ラーザにはシスとのスライムローパーの共同撃破の経験が何度かあった

だがそれでもこの数相手では彼でも厳しいだろう

しかし、ラーザは笑顔でそう言ってのけた



「そうだねぇ、何せ私たちは1級だからね!」


不意に後ろから少女の声が聞こえる

声の主はトウヤとラーザの隣を一陣の風の如く通り過ぎていくと、次いで前から強烈な水音と打撃音が鳴り響いた


見れば、1人の忍び装束の少女が、岩の様な拳で持ってスライムの身体を突き破りコアを叩き壊している


「ラーザお疲れ様、カッコつけてるとこ悪いけど、ここの相手全部もらうねぇ」


「お前が来るってわかってたからカッコつけてたんだよ、ありがとよ茜」


へへーと笑う茜の姿がそこにあった

いつもの私服とは違い仕事衣装なのだろうか、忍び装束を身に纏っている


そんな笑い合う彼女を別の触手が狙いを定めたのだろう、後ろからゆらりと揺れる触手が彼女の頭上に現れ叩き潰した


「茜さん!!」


トウヤはあっという間にやられた茜の姿に悲痛な叫びを発し身を案じるが、それは杞憂に終わる


「危ないなぁもう、後ろから狙うなんて卑怯だよ?」


「え?え?」


叩き潰されと思った茜が、トウヤの隣で叩きつけてきた触手の持ち主であるスライムローパーへメッと注意する様な仕草をする

当のスライムローパーが触手を持ち上げれば、そこにはぐずぐずになった札と木片が散らばっていた


「変わり身の術、今度はこっちから行くよ!」


そう言うや否や拳を構え、足を開くと片足を持ち上げ地を踏みつける

ドカッと石畳が割れると刹那、スライムローパーの懐に入り込んでいた


「忍法、疾風迅雷:鉄砲!」


忍術により置換された魔力が岩の塊となり腕を覆う

足を開き右の拳を半身ごと後ろへ引くと、拳を開き身体全体を使い一気に叩き込む

当たる寸前に岩の塊が前へとせり出し張り手と共に岩が掌から撃ち込まれる

撃ち出された岩は弾丸となりスライムローパーの胴体を突き抜け大穴を開けた

そこにあったであろう核ごと


「ありゃ、やり過ぎた?」


「やり過ぎだ、後ろのスライムローパーまで吹き飛んでるぞ、他のやつに当たったらどうするつもりなんだ」


「あ、ごめんごめん、次から気をつけるね」


後ろにいたであろうスライムローパー達もまた撃ち出されバラけた岩に巻き込まれたのだろう

身体の半分を失いグズグズと溶けていた

失敗失敗と頭を掻き茜は笑うとラーザは本当に反省してるのかわからない彼女に対しため息を吐く


「茜、ラーザ、何遊んでるの?」


「あ、雫!」


忍び装束を纏った雫が穴のある方向から歩いて来るのを見つけると、茜は彼女へと駆け寄る


「そっちは終わったの?」


「まだ出て来ると思うから油断できない、でも穴から出てる分は終わった」


そういう彼女が後ろにチラリと視線を向ける

つられてトウヤも視線を向けると、そこには身じろぎひとつしないで動きが止まっているスライムローパーの姿があった

何かが巻き付いているのだろうか、全身がまるで細い糸で巻かれたように内側に食い込み盛り上がっている


雫がおもむろに人差し指を上げると、そこには1本の細い糸の様なものがピンと貼ってあるのが見えた


「さようなら」


彼女が人差し指を軽く振ると指から糸が離れる

するとスライムローパーの身体の節々が明滅し爆散した


「忍法、魔力糸:爆導糸(ばくどうし)」


圧倒的だった

冒険者達をいとも簡単に虐殺していた魔法兵器達が、彼女達2人により鏖殺されたのだ

歴然とした技量差に唖然とする

これが1等級冒険者、その力量の差を実戦で持って示された


ドカッと頭に手がのし掛かる

ラーザがトウヤの頭に手を置いたのだ


「言っただろ俺は死なないって、だから言って来い、ここはこいつらと俺で守る、他に3つほど穴が空いてんだから住民の避難を手伝って来い」 


そう言ってラーザが笑う

雫と茜という存在感の後押しもあってかトウヤは快く返事をし、自身の新たな役割を全うする為に走り出す


「倒したの私達だけどね」


「ラーザ、カッコつけたいのはわかるけど」


「あぁうるさいうるさい、良いだろ別に、俺だってここまで生き残ったんだから」


ラーザはそう言うと穴へと向き直る

そこには新たに湧き出てきたスライムローパーが蠢いていた


彼らは再度武器を構えると、スライムローパーへと向かい走り出す


未だ戦いは終わらない






「大通り付近には穴が空いてます!ここは危険です急ぎ退避して下さい、無事な避難場所は西中央広場です!」


南中央広場から逃げ出した民衆は散り散りになり逃げ出し街のあちこちへと走り出していた

だが南中央広場からの侵攻は一応の歯止めがかかり、主力と思わしき北大通りからの侵入も一時は進行を許したがオータムとエオーネ、戻ってきていたヒーロー1名により押し戻したのだが、東のスラム街からの魔法兵器の流入は未だ止まらず侵攻を続けている


そんな中、トウヤは1人でも多くの人を西中央広場の避難所へと逃がそうと他冒険者と共に声掛けを行い街の南東へと走り続ける


「ここは大丈夫そうか・・・ん?」


路地へと入り声を掛けるが誰からも返答が無いので、問題なしと思い引き返そうとする

すると路地の隅に2つの人影が見えた

見れば母子がへたり込み震えているのが確認出来る

その2人の元に急いで駆け寄った


「大丈夫ですか?」


「あぁ、すみません、私この街の出身じゃなくて避難場所がわからなくて!」


「俺が来ましたからもう大丈夫ですよ、良かったら避難所に案内しましょうか?」


そう手を差し出すとありがとうございますと言い女性は手を取る

そのまま彼女を引っ張り起こす


「こっちです。ここも危険ですから早く行きましょう」


「お願いします。さ、行こ」


「おにいさん、おねがいします」


「うん、じゃあ行こっか」


ここに来て漸く人の為に行動出来たという思いと子供の言葉に頬を緩ませた


そうして路地を進むと不意に子供が後ろを振り返り立ち止まる

そんな娘の様子にどうしたのかと不思議に思い母親が娘へと声を掛けた

だが娘の返事はない

ただ無言で先程までいた路地の奥を指差し言った


「あれ、なに?」


つられて母親とトウヤは指差した方へと視線を向ける

路地の奥の交差地点には1本の管状の何かが這いつくばり蠢いていた

それはやがて持ち上がると壁に触手を掛けて身体を引っ張り出してくる


その正体に気が付いたトウヤは青ざめた


「走れ、2人とも走れ!急げ!」


トウヤがそう叫ぶと母親は娘を抱き抱え一同は走り出す

それと同時に後ろでは何かが暴れる様な音と共に追いかけて来ているのにも気が付いた

抱き抱えられた娘がその正体を目にして涙を浮かべ泣きじゃくる

その泣き声がさらに2人の恐怖を沸き立たせた

このままではあの冒険者達の様に自分達も死ぬ


その恐怖が侵攻が始まり疲弊した精神にはとてもくるものがあった

通りに出た事で限界が来たのだろう、母親は足をもつれさせて前のめりに転ける


トウヤが心配し声を掛け肩を持ち起こすと器用に母親は娘を抱えながら起き上がった


もう間に合わない、後ろから迫る音は確実に逃げられない距離にまで近付いている


トウヤは親子へと顔を向けると言った


「ここは俺がなんとかしますから、先に行って下さい」


「え、でもそれじゃ貴方が・・・」


死ぬかもしれない、その言葉を母親は吐き出せないでいた

それは自分が残っていた所で何か出来るわけではないのを知っているからであり

このままだと愛する娘を含めた全員が死ぬことを理解できたからだ

1人の母親として、それは許容できなかった

刹那の葛藤をトウヤは理解できた

出来たからこそ、サラやラーザが見せてくれた守人としての表情を作る


「大丈夫、俺も適当な所で逃げますから、さ、早く行ってください」


笑顔で持って母親へと告げた

そう言うと彼女は申し訳なさそうにしながらも足早に去って行く

トウヤはそれを震えを抑えながら手を振って笑顔と共に見送る


手足はもう限界まで震えている

呼吸は乱れ肩で息をし始めていた

ベオテの森で感じたあの恐怖をトウヤは再び感じていたのだ


だがあの時と今は違う、今自分には武器がある、魔法が使える


ーーーだから、戦える、立ち向かえる


振り返り路地から出て来た巨躯と相対する

身体強化魔法をかけた冒険者を容易く押し潰せる程の膂力を持った、異様な不定期に揺れる体躯で6本の触手を揺らす畏怖を感じる化け物


人を溶かし殺すことが出来る青い液体魔力の身体を、自身を振るい立たせる様に睨みつける


「来い、化け物!」


腰に下げた棍棒を抜き構え、自身の恐怖を霧散させる様にそう叫んだ


スライムローパーが触手を振り上げるとトウヤは臆せず身体強化魔法を自身にかけ、棍棒へと魔力供給を行う

そうして振り下ろしてきたそれを横に飛び避ける


すかさず魔法で炎を生み出して飛ばしぶつけた、衝突により炎が炸裂するが怯んだ様子はなく

先ほど振り下ろした触手を動かし横に薙いでくる


身体強化により研ぎ澄まされた感覚でそれを察知し脚部へと身体強化魔法を掛けると高く後ろへと飛び避けた


何も倒す必要はない、倒す気で立ち向かうが目的は母子が逃げる時間を稼ぐことだ

だからこそ、トウヤは距離を避ける事に集中する


スライムローパーが触手を再度振り下ろしてくるので、同じ様に横に飛び避けた

しかし、スライムローパーとて同じ手は使わない

トウヤが避けた先に触手を振り下ろして来たのだ

攻撃の気を伺わず逃げる事に集中してたおかげだろうか、振り下ろされる触手に気が付き素早く対応する事が出来た

だが対応出来たからといって完璧に避けられた訳ではない

認識が遅れた分、避ける距離が足らず彼の近くに振り下ろされる形になった触手、石畳に叩き込まれたそれは多数の石飛礫と共に衝撃を発しトウヤの身体に細かな傷を入れながら吹き飛ばした


「がぁ、ぐぅ・・・!」


彼の身体がズサァと音を立てながら地面を滑る

スライムローパーは次の手をすでに繰り出していた

伸縮自在の触手をバネの様に縮め、戻る勢いのままトウヤを突き刺そうと突いてくる


「やっぱそう簡単には行かないよなぁ・・・」


それを見たトウヤは、よろめきながら立ち上がりそう呟いた

だがその言葉に絶望はない、あの母子は今も順調に西の避難場所へと逃げている事だろう

だからこそ、トウヤにとっては死の恐怖よりも今時間を稼げてる事実が何よりも希望につながっているのだ

それ故にトウヤは笑う

スライムローパーが蹌踉めくトウヤに死の一撃を放っていても


だが、それは決して諦めた訳ではない

この3日間でトウヤはラーザやシスから様々な事を学んだ

その一つを実行する為に、トウヤは手を開き前へ出す、すると手のひらから薄い膜が生じトウヤを包み込む


「結界魔法・・・だっけ?」


この世界においてはスタンダードな防御手段であり、最も強力な防御魔法で個人の魔力量に左右される魔法でもあった


空間を曲げ作り出された結界と触手の槍が激突する

強烈な打撃音が響くと共に水気のある音が聞こえた


トウヤの先天性魔力過剰障害による豊富な魔力により構築された結界は、貫かれる事なくスライムローパーの触手を防ぎ、逆にその勢いが仇となり触手の先端が弾けたのだ


その光景を見るや否や好機と思い結界魔法を解除した

棍棒へと今出せるありったけの魔力を乗せ始めると棍棒は光輝き出したそれを、急に結界が無くなり戸惑い静止していた触手へとぶつける

そのまま棍棒により地面へと押しつけられ触手は、棍棒の表面を流れる濁流の様な魔力により皮がズタズタに抉られ、ついには水気のある音を立て破裂した


液体魔力が飛び散りあたりに霧散する

抉られた痛みから、スライムローパーは触手を引っ込め戻しのたうち回る、長さが急に戻った所為か千切れかけた傷口から液体魔力をボトボトと一気に垂れ流していた


「やった、今のうちに・・・」


そう思いトウヤも退避しようとしたが、スライムローパーが腕を伸ばし建物を薙ぎながら触手をトウヤの頭目掛けて伸ばしてくる


咄嗟に身を屈め避けるが、スライムローパーはところ構わず暴れ、触手を振り回していた


「これじゃ逃げられない」


触手が入り乱れる中、避難場所の付近まで逃げるのは至難の業だった

トウヤは知らないが、スライムローパーの痛覚は殆ど感じられないほど鈍く作られている

何があっても前進する兵器に痛覚は不要だったのだ

だが、トウヤによって行われた触手を荒いヤスリで腕を削る様な攻撃はスライムローパーにとって初めての痛覚を自覚させる一撃だった

それ故にスライムローパーは生まれて初めて感じる痛覚に困惑し暴れ回っているのだ


どうすれば良いのか、危機的な状況ではあるが冷静な気持ちを持って考える


だが、現状の打開策は一つしか浮かんでこなかった

正直力技で危険が伴うのでやりたくないと考えてはいたが、このままではいつ飛んでくるかわからない触手に怯えるしかなくジリ貧なのと、まだ技量が足りないトウヤにはこの方法しか思い付かなかったのである


そして、それを実行するためにトウヤは起き上がり身体強化をかけた身体で走り出した


右から迫って来た触手を飛び避け、上から迫って来た触手を横に避ける

触手が入り乱れる中、トウヤは走った


「頼む頼む頼む、うまく行ってくれ・・・」


祈るように棍棒に魔力供給を開始する

先ほどと同じように過剰すぎる程の魔力を、とある属性を乗せながら

魔力供給がなされた棍棒の表面を、また凄まじい勢いの魔力が流れる

そして、今度は手元から赤い炎を生み出すとそれをそのまま棍棒の魔力に乗せたのだ

すると棍棒の魔力の流れは高熱の焔の流れへと変わった


「行けたけどこれ熱い!」


走りながら叫ぶトウヤの姿は周りから見れば珍妙に見えただろうが本人は至って真面目である


未だ悶えるスライムローパーにもその姿は確認できた

それ故に痛みに苦しみながらもトウヤに向けて触手を振るう

2本の触手を薙ぐように、1本は地面スレスレに、2本目は頭を狙うように振るってきた


「嘘だろ、無理無理無理!?」


叫びながら今更止まれない、止まったら死ぬと思ったトウヤはそのまま走り続ける

向かってくる触手、一か八かの賭けをしトウヤはその場で前へと飛んだ

すると、触手と触手の間をすり抜けるようにして躱わすと、地面で一回転をしながら再び駆け出する


そうして懐まで近付くと、スライムローパーの核目掛けて焔を纏った棍棒を叩き付ける

弱点たる炎によりを押し付けられ、スライムローパーの皮膚は焼き溶け尚且つ抉られた

その痛みからスライムローパーはなお暴れ出すがお構いなしにトウヤは押し付ける


「行け行け行け!倒れてくれ!!」


不意に押し付けていた棍棒への抵抗が無くなりするりと体内に入り込む

体内の液体魔力がぶくぶくと音を立てて炎へと置換されて行く中、トウヤは棍棒を振りきり核を破壊した


核を破壊されたスライムローパーは僅かに燃えながらその身体をグズグズに溶かして行きやがて地面のシミとなる


その光景を見ながら後退りし、やがて全身の力が抜け地面へとドサッと座り込む


「あ、ははっ、は、はぁぁ」


辛勝ではあるが勝ったのだ

その実感が湧き、力無く笑うと大きくため息を吐いた


未だ実感が湧かないでいる

あれだけ猛威を振るった相手に、自分はなんとか戦い倒せた事に、自分がまだ生きている事に


今更ながらまた手が震えてくる

そんな手を見ながら、彼はそう思うのであった 


「倒したんだ・・・勝ったんだ・・・勝てたんだ」


上の空のまま、ポツリと呟く

勝利の実感がふつふつと胸の奥から湧いて来て、余韻に酔いしれる


「やった・・・やった!俺はやったんだ!はははっ!やったぞ!」


叫びたい気持ちを抑えようにもどうにも心が踊り、我慢できずに声に出す


未だ戦闘音が響く街に、こだまする声がとても心地良かった


「ははは・・・は?」


だからこそだろう、響く声は別のスライムローパーを呼び寄せてしまった


路地から大通りの先から、赤い液体が付着した触手を揺らし、体内に消化しきれてない残骸を宿したまま


勝利の余韻は一転し、絶望へと変わった

安堵からの笑いは、恐怖で引き攣る顔へと変わる


まだ動こうと思えば動ける、逆に言えばそれだけであった

ここまでして漸く勝ったのにまた来られたらどうしようもない


諦めの感情が胸中を支配した


そうして動かぬ獲物に、スライムローパーは近付き、まだ赤い液体の付着した触手を持ち上げ



両断された


トウヤは目の前の光景に唖然とする

半分に分たれグズグズと溶けて行くスライムローパー、その後ろから太陽の光を反射し輝く白い装甲のMRAがその姿をあらわにした


訳も分からずそれを見ていると、MRAは耳元に手を当て喋り出した


「こちらリーパー1、避難誘導をしていたと思われる冒険者を確認した、これより保護する」


『了解した』


『こちらセイバー2、市街地戦装備に換装した。俺も加えさせてくれ、弔い合戦だ!』


「無茶するなよ」


『任せろ!』


そのMRAは通信を終えるとトウヤへと顔を向ける


「よく持ち答え生き残ったな、君の健闘のおかげであの親子は無事に避難場所に辿り着けた、感謝する」


絶望からの希望という感情の大きな揺れ動きと、その言葉に涙が溢れてくる

MRAはその姿に笑いながら背中を優しく摩った




応援部隊が街に到着した時点で戦況は決した

上空を飛行する第66有翼人種飛行隊が空から滞空しながら航空支援を行い

第7空挺団と勢いを取り戻した防衛隊により戦線を押し返していく


一時はムロイ変異型と地中侵攻作戦により窮地に立たされたベガドの街だが、防衛隊・冒険者達の奮闘と王国軍の応援により、その窮地を脱する事ができた





スライムローパー3体が、触手を目の前の男に向かい伸ばした体勢で固まっていた

長髪の男、オータムはその光景を眺めながら悠々とその横を歩いて通りすぎると、細切れにされた核を自らの体液により溶かしながらグズグズと崩れていく


北部地区は未だ応援部隊が到着していない

その理由はここにいる戦力にあった


2mに及ぶ巨大な大斧を縦に振るうと、衝撃と切断された事により捲れ上がった石畳の残骸と共に、両断されたスライムローパーの身体があたりに飛散する

その大斧を軽々と振るい踊るようにして次の、また次の敵を屠って行く


「相変わらず優雅に戦うな、エオーネ」


そうオータムが声を掛けるとエオーネは美しく笑いながら答えた


「そりゃそうよ、私達は超越者たるオカマの候補生、いつでも美しく気高く強くあらねばならないのだから、この程度の相手に無様な戦いは出来ないわよ」


barエオーネの店主であるエオーネと茜や雫と同じ1等級冒険者であり、最強の冒険者と名高いオータムは他の冒険者達を西や東の応援に向かわせ3人で北大通りの穴の対処をしていたのだ


最後の1人たる白銀の髪をしたヒーローは眠たげな目で2人へ目を向ける


「・・・ここももう終わり?」


「そうだな、これだけ倒したのだからそろそろ終わりそうだな」


そう言い後ろへとピチャピチャと足音を立てながら目を向ければ、水でもかけたのかと思うほどに辺りが濡れていた


彼らはここで3人だけで、魔王軍の主力侵攻部隊を全滅させたのだ


とある事を思い出したオータムはヒーローへと顔を向ける


「そう言えば新しい子がヒーローになったみたいだね」


「そうなの・・・?もしかしてサラが言ってた人かな?」


そう静かに首を傾げる少女の姿にオータムは苦笑する


「かもしれないね、とてもやる気と元気があって良い子だよ、君も教育担当として挨拶する事になるだろう、楽しみにしていると良いよフィリア」


その言葉を受け、感情の乗らない顔で彼女は胸の前で拳を握る


「頑張る」


相変わらずどの様な感情をしているのかわからない少女の姿に思わず笑みが溢れた






それから間も無く戦闘の終結が宣言された

戦闘が終結してもなお、現場では慌ただしく侵攻してきた時に生じた大穴の処理や被災者の救護と怪我人の確認の作業が行われていた


ラーザは自身の仕事がひと段落し一息ついていると、瓦礫に座り込む見知った背中を見つけた

ちょうど探していた人物だったので近付き声を掛ける


「おーい、トウヤ、お疲れ様・・・うわ、なんだその顔」


呼ばれて振り返ったトウヤは戦闘が終わったにも関わらず辛気臭そうに落ち込んでいた

その顔に思わず声が漏れてしまう


「うわってなんですか」


「悪い悪い、んでどうしたんだよ、戦闘が終わったんだぞ、もうちょっとこう明るくなるもんだろ、それなのになんでそんな顔してんだよ」


トウヤの声に笑いながらそう言うと、彼の隣に腰掛けた


「あぁ、いや、俺もうちょっと何か出来たんじゃないかなって・・・そう思うとしっかりしないとって思えてきて」


そう言うとラーザはへの字に口を歪める

トウヤにとって初陣ではあるが、それでもあのスライムローパーを倒せたと言う自負がトウヤをそうさせたのだろう

そう考えたラーザはトウヤこっち向け、と彼に言うと顔を向けて来たトウヤのおでこにほんの少し身体強化を掛けたデコピンを食らわせる


「あがっ!いってぇ!」


ひっくり返りながら彼がそう言う

トウヤが何するんだと抗議の声を上げようと仰向けになりながらも顔を上げると、そこには彼の様子を見て笑うラーザの姿があった


「お前何調子乗ってんだよ、新米のくせに今やった以上のことなんて出来るかよ」


「でも俺ヒーロー志望なんですよ、ならもっと何かをやらないとダメじゃないですか」


トウヤは考えていたのだ、サラに助けられ、この街に来てから今日の戦いまでラーザとシスに助けられて、助けられたままでヒーローを名乗って良いのか

だが彼のそんな悩みにラーザは笑顔で持って答えた


「あぁあるある、新米が1回の成功で調子に乗るやつな、懐かしいな・・・良いか、浅間灯夜、お前が今後何になる予定かなんて関係ない、今日のお前は自分で出来る範囲で力を出せなかったのか?スライムローパーを1体撃破してヘロヘロの状態で王国軍に助けてもらったのに、他に何か出来ていたのか?」


「それは・・・」


出来るとは思えない、それがトウヤの答えだった

避難誘導をして今出せる全力を持って当たった、戦闘も死ぬかもしれないと何度も思ったしその中でも果敢に戦った

彼にはこれ以上力を発揮するのは無理だっただろう


「でも、俺今日まで助けられてばっかりこれじゃヒーローになっても名乗れないですよ」


彼の悩みの根源はそこだった

彼にとって人助けをする者であり、助けられっぱなしの今の自分は足手纏いの様な存在ではないのか?という漠然とした人助けという言葉、大きな目標は定まっているがそこに至るまでの小さな目標も定まっておらず、また数値化も出来ていない曖昧な目的意識がトウヤを苦しめていた


その事に気が付いたラーザはトウヤへと優しく問いかける


「そこか・・・なぁトウヤ、お前にとってのヒーローってなんだ?」


そのラーザの問いかけにトウヤはしばらく考える


「みんなの日常を守る為に戦う存在・・・ですかね」


「お、良い答えじゃんか、ならお前は今日誰かを助ける為に戦ってなかったのか?」


そう問われ思い出すのはあの親子の存在だった


「報告聞いたよ、お前さ、あの親子を逃す為に戦ったんだろ?あんな蹂躙されてる風景見せられても、それでも戦ったんだろ?」


ラーザの問いにトウヤの胸中に宿る悩みが掬われて行く様な感覚がする


するとラーザが何かに気が付いたのか、おっと声を上げる


「トウヤ見てみろよ、あそこ」


そう指さされた場所を見てみるとそこには避難民の列があり、その列の中にあの親子の存在も確認出来た


子供が気が付いたのかこちらに手を振ってくる、母親の方もこちらを見て一礼して来ている

あの白いMRAに言われてはいたが、存在を視認して実感が湧いてきた

そうするとトウヤの目頭が熱くなってくる


「お前にとってはそんな気はないかもしれない、でもさ、あの2人にとってお前は紛れもないヒーローだよ、今はそれじゃ足りないか?」


口を結び涙を湛える

あぁ今日は泣いてばっかりだなと思いながらも止められない

ラーザの問いにトウヤは涙を堪えながら言った


「ありがとう・・・ございます・・・」


「礼なんて良いよ、俺の方こそあんな状況で生きてくれてありがとよ、すまんかったな、せっかくの最終日がこんな事になってしまって」


その言葉にトウヤは答えない、答えられない

答えたら最後、流れる涙を止められないから

ただ黙って首を横に振るだけだった


「あー!!トウヤの事泣かしてる!」


後ろから声が響く

ラーザが気まずそうに振り向くとそこにはシスがいた


「うげっなんだよシス、今男と男の話し合いの最中なんだよ、邪魔だ邪魔、あっち行った」


声を掛けて来たシスにラーザはしっしっと手を動かす


「何よ男と男の話し合いって、大丈夫?ラーザに何か言われたの?」


「お前なぁ、ちょっとは空気を読んだりだな」


「戦闘終わったのに辛気臭い空気出してるから心配して来たのに、何よその言い方」


いつも通りのラーザとシスの応酬に顔を上げたトウヤは涙を我慢しながらもククッと笑いそうになる


やがて涙は笑い涙へと変わって行く

それはトウヤの心境の変化を表す様だった


その笑顔を見てシスは少し引き、ラーザは安堵したかの様に共に笑顔になる


「何で急に笑顔になってるの?」


「吹っ切れた様だな、トウヤ」


ラーザの問いにトウヤは答える

今度はしっかりとその目を見て


「はい、ありがとうございます。ラーザさん」


「良いって事よ、んじゃ改めて、俺たちは今日で終わり、まだまだ新米としての道のりは長いけど明日からも頑張れよ、応援してるよ」


そう言うとラーザは拳を捧げてくると、トウヤも握り拳を作りぶつけながら言った


「はい、この3日間の事忘れません。精一杯頑張ります」


こうしてトウヤの3日に渡る代理研修の日々が、怒涛の1日が終わりを迎えた

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