第〇四一話 剣術

 二体のゴーレムの性能が良すぎて、扱いに困るとは思っていなかったな。


「そういえば、ルーシャス殿には約束のとっておきを教えておこう」


 グリムノートが俺だけにとっておきを耳元で教えてくれる。なるほど、魔道具では現代の技術のようなこともできてしまうのか。


 ゴーレムの概念に囚われず、現代の技術だったらどうすれば可能かを模索するのも良いかもしれない。


 つまり、命令が追いつかないのなら、最小限の命令で行動できるようにすればよいだろう。


 AI、すなわち人工知能の特徴である。人間のように経験を積み、知識を蓄積していく自己学習能力をつければ良いということだ。


 これにより、ゴーレムに学習機能のような人工知能を与えることができる。それはまるでエデンの園にある知恵の樹の実を食すかのような禁断の行為。


 スヴェルとアイギスを一旦停止させる。魔石にはまだ詠唱を入れる空きがあるはずなので、慎重に魔力を流しながら追加詠唱を唱える。


 リコンフィギュアスヴェル 。

 我が手によって生まれし者。

 汝に新たな命令を加える。

 禁断の果実、智慧の種子が汝の心に芽吹き、理を知れ。

 その芽は汝の内に根を張り、学びの花となりて咲き誇れ。

 スヴェルよ、汝我の呼びかけに応じ再起動せよ。


 スヴェルは淡い光を放ち始め、程なくして収まった。成功したのだろうか?


「スヴェル、起動!」


 スヴェルは最初の起動と変わらない動きで起き上がったので、確かめる前にアイギスにも同じように追加詠唱を唱えてから起動させた。


「どうだ?」


「ルシャ様、特に変わった様子はないようですが」


「いや、リリアナ殿。アイギスの方の様子が先ほどと違うな」


 グリムノートにそう言われて、アイギスを見ると、命令を待っているというより、リリアナを見ているような気がする。


「もしかして、私を見ていますか? いいでしょう、ルシャ様にする挨拶を教えてあげます」


 そう言ってリリアナが綺麗なお辞儀を俺にする。


 ――!


 驚いたことに、アイギスはリリアナの動き通りのお辞儀を俺にしたのだ。


「……なかなか見どころがありますね。取りあえず私の服をあげましょう。着いてきなさい」


 さすがに俺の命令以外は聞かないだろうと思ったが、リリアナの後を着いていってしまった。


「ゴーレムが創造主以外の命令を聞くとは思わなかったぞ」


「命令ではなく、アイギス自ら必要性を感じて行動したのかもな」


「グリムノートの言う通り、外見的な特徴からリリアナ様の仕草を覚えようとしたのかもしれません」


「なるほど、この中で唯一の女性だからか。スヴェルは必要と感じなかったというのも個性があって、面白いな」


 スヴェルは何を見ているのか分からないが、微動だにしない。


 しばらくすると、リリアナとリリアナの侍女服を着たアイギスが帰って来る。


「……リリアナ、ウィッグは必要なのか? というか、そのウィッグはリリアナのなのか?」


 アイギスは黒いボブヘアーのウィッグを着けていたのだ。


「私のコレクションを見せたところ、これを選択いたしました」


「ウィッグをコレクションしているのだな」


「ただの変装用です」


 変装など見たことないが、必要なのか?


「しかし、ルーシャス様。ぱっと見、ゴーレムには見えなくなりましたな」


「アルカリオの言うとおりだ。遠くから見たら人にしか見えないだろう」


「そうだ、ルーシャス殿! 公爵家の騎士が訓練している場所はないのか?」


 突然グリムノートが閃いたように言った。


「訓練場はもちろんあるが……なるほどスヴェルの興味か?」


「騎士のようなスヴェルが戦闘を覚えてくれれば、護衛にちょうどよいのじゃないか?」


「それは素晴らしい案ですね。スヴェルこっちです」


 リリアナがそう言って歩き出すとスヴェルとアイギスが着いていく……マスターって俺だよね?



 ◆ ◆ ◆



 リリアナの後について訓練場に到着すると、ちょうど父たちが訓練している最中だった。


「やぁ、ルーシャス。訓練場にどうしたのかな?」


「父様!?」


 なぜか遠くで訓練していた父が隣にいた!


「レクス様、ルシャ様を驚かせないでください」


「すまない、見たことない物が現れたので気になったんだよ」


「この二体はルシャ様の新しいゴーレムです」


 リリアナが父に二体の説明をする。


「学習するゴーレムか……興味深いね。訓練してみるかい?」


 父がスヴェルに話しかけると、スヴェルは一歩前に出た。父はそれを見て楽しそうに訓練場に向かって歩き出すと、スヴェルもついていったのだ。


「スヴェルとアイギス二体とも個性が強いな」


「それだけ木には魂みたいな物が宿っているのでしょうな。この歳になってそこに気付かされるとは思いませんでした」


 アルカリオはしみじみ言うが、その顔は明らかにワクワクしている。これから始まるスヴェルの訓練を心待ちにしているのが分かった。


「そう言えば、アイギスは訓練に興味はないのだな」


「騎士とは戦闘スタイルが違うことを分かっているのでしょう。アイギスには私が教えますので、ご安心ください」


 リリアナはそう言うが、安心どころか不安しかないぞ?


 スヴェルは木剣を持って構えを教えられている。教えている父の表情は見るからに嬉しそうだ。


 ルーシャスには剣術を学んだ記憶がないので、この体が健康であれば剣術などを教えたかったのかもしれないな。


 父がスヴェルに教える姿を見て、学習するゴーレムの成功を喜びながらも、父に剣術を学ぶスヴェルを羨ましく思ったのだった。

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