第〇〇九話 付与魔法(上)

 調子に乗って研究した代償は三日間の高熱だった。今日は病み上がりなので、研究しないようリリアナから言われている。


 仕方なく朝から家の書庫で本を探しているが、公爵ということもあってかなり大きな書庫のため、なかなかお目当ての本が見つからない。


 さすがに毎回何かするたびに倒れるのは時間の無駄だ。研究と並行して、体力づくりをする必要があるだろう。


 魔力を少し消費したとはいえ、小さなゴーレム数体では魔力の消費も大したことはない。もっと魔力を大量に消費する方法も考えなくてはならないが、レティシアに会うまで二年しかないので、間に合うのか心配になってきたな。



 高熱で意識は朦朧としていたとはいえ、三日間、ただ寝ていたわけではない。


 どうやって高性能なゴーレムを作るか考えていたところ、鍵を握るかもしれないルーシャスのもう一つの能力、付与魔法のことを思い出したのだ。


 付与魔法とは武器や防具などの対象物に魔法をかけることで、身体や武器性能を向上させる魔法で、ゲームではエンチャントと呼ばれていた。


 人などの生物の能力を上げる魔法を補助魔法といい、武器など非生命体の能力を上げる魔法を付与魔法という。


 付与魔法は効果が微妙なうえに、エンチャントには触媒などの素材が必要で、失敗すると最悪武器などが壊れてしまうため、ハズレ魔法とされていた。しかし、何度もゲームをクリアしたことがある人間にとっては、その微妙な差も重要だ。


 ゲーム内では情報がなかったが、ゴーレムは非生命体なのでエンチャント可能なはずだ。ルーシャスの使える魔法が付与魔法ということは、ゴーレムの秘密が付与魔法に関係している可能性も考えられるので、できるだけ早く習得しておくべきだろう。


 何度もゲームをクリアした俺でも付与魔法を使うキャラを使用したことがないため、エンチャントのやり方が分からない。とりあえず屋敷内の書庫で付与魔法に関する本を探しているが、それらしい本はなかなか見つからない。


「ルシャ様、病み上がりなので、本を見つけたら座って読むようにしてください」


 リリアナが注意しに来た。


「興味ある本がなかなか見つからない。なぜずっと立ったままだと分かったのだ?」


「心配したメイドが報告に来ました」


 メイドに見られている気配はなかったはずだが、ルーシャスはかなり過保護にされているな。それとも、跡取り息子が病弱だとこれが普通なのだろうか。


「それは心配をかけた。付与魔法に関する本を探していたのだが、見つからないのだ」


「付与魔法に関する本ですか?」


「そうだ。俺の使える魔法だから、勉強しておいても損はないだろう?」


「まだ早いと思いますが……」


「小さいとはいえ、ゴーレムも動かせたから問題ないだろう? それとも、学ぶことすら禁忌とされているのか?」


 リリアナが何か考え込んでいる。もしかして本当に禁忌なのだろうか? ゲームは概ね十五歳スタートなので、それ以下の年齢については一切情報がないのだ。


「……学ぶこと自体は問題ありません。そうですね、たとえ使えなくても学ぶことは大切です。付与魔法に関する本はお部屋に運びますので、お待ちいただけますでしょうか?」


「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼んだよ」

 


 ◆ ◆ ◆



 リリアナと別れ部屋に戻ろうとするが、足取りがおぼつかない。まさか、本当に長時間立っていたせいで体力を消費しすぎたのか?


 それでも、歩いていると突然目の前が真っ暗になり倒れ込む。


「ルーシャス様!」


 倒れる寸前で、メイドに支えられたようだ。


「すまない。それより、俺に近づくと体調を悪くするぞ?」


「私の心配より、御身を大切になさってください! 部屋まで私につかまってください」


 メイドにつかまって部屋まで歩く。歳は十五歳ぐらいのこのメイドは何という名前だっただろうか?


 あまり気にしていなかったが、部屋の外からよくこちらを見ている顔の一人だ。監視されていると思っていたが、実際はこうやって常に俺の健康を気遣ってくれていたのだな。


 ルーシャスの体になってから……いや、その前から自分の事で手一杯だった。


 早くに家族を失い、保険金目当てで近寄ってくる親戚などに嫌気がさして人との関わりを断ち、ずっとゲームで現実逃避をしてきた人生だった。しかし、ルーシャスに乗り移ることで人の温かみを思い出したような気がする。現実に戻ったら考えてみるか……。


「ティナ、ありがとう」


 記憶を探ると彼女の名前はすぐに出てきた。ルーシャスには三人の専属メイドがいて、今俺を支えているティナのほかに、シアとメイという少女がいる。俺がルーシャスになってからはまだないが、リリアナが不在の時は三人が交代で世話をしているようだ。長時間俺の傍にいると体調を崩すため、近くに来る時は十分毎に交替しているようだ。


 リリアナは常に傍にいるイメージだったが、記憶によると月に数日いない日がある。何をしているのかはルーシャスの記憶を探っても見つからなかった。


「ルーシャス様?」


「これ以上俺の傍にいると体調を崩す。俺から離れた方がいいだろう」


「こんな状態のルーシャス様をそのままにはしておけません!」


 ルーシャスはやせ細っているとはいえ、身長が百六十センチぐらいある。年上とはいえ、百五十センチぐらいしかない彼女ではかなり辛いはずだが、必死に俺を支える姿に何も言えないまま部屋まで辿り着いた。


 俺をベッドに寝かせる頃には彼女の顔は真っ赤になり、玉のような汗が流れている。


「今、リリアナ様を呼んでまいりますね……」


 彼女はそう言うと、その場に倒れ込んでしまったのだった。

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