第〇〇八話 研究

 さて、いよいよ待ちに待ったゴーレム実験の始まりだ。

 

 まずは、前回失敗した時のように、小さな石を人型になるよう地面に並べていく。

 

 今回は採石場から持ち帰った、古龍の魔力が染み込んだ特別な石だ。ゴーレムのパーツの形に似せてあらかじめ加工してもらったので、そこら辺の小石とは訳が違う。



 並べ終えた人型の頭部に、砕いた魔石のかけらをそっと乗せる。

 

 成功を祈り、俺は魔力を流しながら詠唱を始めた。



 ――クリエイトゴーレム。

 ――石の塊よ、我が手によって生まれし者。

 ――汝の名は、タイニー。我が意志の下にあれ。

 ――汝に仮初めの命を与えし対価として我が魔力を汝に分け与えん。

 ――汝は我が命令を忠実に従え。

 ――我が敵は汝の敵、我が友は汝の友。

 ――汝は我が盾となり、我が剣となれ。

 ――今、汝の目を開け、汝の心を燃やせ。

 ――タイニーよ、汝、我の呼びかけに起動せよ。


 

 詠唱に応え、魔石がまばゆい光を放つ。

 前回のように弾け飛ぶことなく、その光はまるで生きているかのように脈動し、石でできた人形の隅々にまで行き渡っていく。

 まるで血管に血が巡るように、淡い光の筋がパーツとパーツを繋ぎ合わせていく神秘的な光景に、俺は息を呑んだ。


 

 やがて光が収束すると、魔石はタイニーの額に吸い込まれるように埋まり、バラバラだった石ころが繋ぎ合わさって、体長二〇センチほどの小さな巨人がそこにいた。


 

「ん? 完成したみたいだけど、動かないな」


 

「ルシャ様、おめでとうございます! 名付けた名前を呼んで、起動の命令を与える必要がありますわ」


 

「そうなのか?」

 ゲームにはそこまで細かい設定はなかった。だが、こういうリアルな部分こそが、この世界を面白くしている。


 

「タイニー、起動!」


 

 俺の呼びかけに応じ、タイニーの額に埋め込まれた魔石が一瞬、力強くまたたいた。

 すると、ただの石ころだったはずの手足が、ギギ、と軋むような音を立てて動き出す。関節部分は魔力の光で繋がれ、まるで宙に浮いているようだ。

 ゆっくりと、しかし確かに、タイニーは大地に立ち上がった。


 

「タイニー、右手を上げて!」

 俺の命令に、タイニーはゆっくりと右腕を掲げる。

「タイニー、左手を上げて!」

 続けて左腕も上がり、両手を上げたポーズになる。

「タイニー、前進!」

 タイニーは両手を上げたまま、よちよちと歩き出した。


 

「あっ、両手が上がったままだった。それにしても、かなり動きがのろいな」


 

「いいえ、ルシャ様。普通のゴーレムより、むしろ動きが早く感じます。小さいからでしょうか?」

 リリアナが不思議そうに首を傾げた。


 

「これで、普通のゴーレムより早いのか?」


 

「はい。手を上げる速度など、以前目にしたゴーレムより格段にスムーズです。体が小さいから、そう見えるだけなのかもしれませんが……」


 

「実際に動いている普通のゴーレムも見てみたいな」


 

「今の研究が上手くいって、体の不調が少しでも改善されてからにいたしましょう。遠出するたびに倒れられては、リリーは心配でたまりませんから」


 

「それを言われると痛いが、確かにその通りだな。よし、次の実験に移ろう」


 

 タイニーに停止を命じると、額の魔石の光が消え、動きを止める。

 なるほど、「タイニー、停止」で命令を中断できるのか。これも覚えておこう。


 

「次は、どのような実験をなさるのですか?」


「次は、この魔力を含んだ石が、全体の何割あればゴーレムとして機能するのかを調べる実験だ」


「そのようなことをなさらずとも、すべて魔力を含んだ石で作れば良いのではないでしょうか?」


「確かにその通りなのだが、ゴーレムのスキルを持った人間全員が、こんな特別な石を用意できるわけじゃない」


 

「当然ですわね。大概は金銭的な問題でつまずきます。しかも、かけた金額のわりには……」

 リリアナが申し訳なさそうに口ごもる。


「気にしなくていい。金を掛けたわりには使えない、ハズレスキルだということは俺自身が一番理解している」


 

「ルシャ様は別ですわ!」

 リリアナが強い口調で断言する。


 

「ありがとう。……まあ、要するに、もっと安価に、誰でもゴーレムを用意できるようになれば、このスキルを使える人間も増える。そうすれば、俺のように研究する者も出てくるかもしれないだろう?」


「なるほど、ルシャ様以外の方々のため、ということですか?」


「それもあるが、ゴーレムのスキルに対する世間の偏見をなくすのが、最大の目的かな」


 

「……それでルシャ様の評価が上がるのでしたら、リリーは全力で協力いたします」

 

 この揺るぎない信頼は、いったいどこから来るのだろうか。

 

 ルーシャスの記憶を探っても、物心がついた時には彼女は侍女として傍にいた。もしかしたら、俺の知らないところで、両親が何かを……。

 

 いや、今は目の前の実験に集中しよう。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 色々と検証した結果、いくつかの法則が見えてきた。

 

 

 ・ゴーレムを構成する素材のうち、魔力を帯びた石が八割以上必要であること。

 ・魂を宿すかのように、頭部は必ず魔力を帯びた石でなければならないこと。

 ・魔力を帯びていない石の割合が増えるほど、全体のパフォーマンスは低下すること。

 ・低下したパフォーマンスは、送り込む魔力量を増やすことで、ある程度は補えること。

 ・ただし、どれだけ魔力を増やしても、その個体が持つ能力の上限を超えることはできないこと。


 

 八割というのは感覚的な数値だが、おおよそ間違いないだろう。

 

 しかし、意外だったのは最後の項目だ。魔力を増やせばいくらでも性能が上がると思っていたが、どうやら個体ごとに性能の上限が決まっているらしい。

 

 これでは、あの二十メートル級のゴーレムを作り出すには、素材そのものから見直す必要があるな。ストーンゴーレムだけでなく、アイアンゴーレムのような、より強力な素材が必要になるだろう。

 

 だが、アイアンゴーレムの素材など、市場に出回ることすら稀だ。


 

 ゲームの知識だけでは超えられない壁が、そこにはあった。

 

 本来のルーシャスは、どうやってこの問題を乗り越えたのだろうか。

 

 興味は尽きないが、今、ルーシャス・シャドウブレイズなのは俺なのだ。俺自身で答えを見つけ出すしかない。


 

「ルシャ様、今日はここまでにいたしましょう」

 

 次の研究計画を練っていると、リリアナから静かに声がかかった。


 

「まだ、やれるぞ」


 

「おそらく、魔力を少し消費した爽快感で、そう感じていらっしゃるだけですわ。また、お熱が上がってきております」


 

「そうか?」

 

 リリアナに言われて自分の額に手を当ててみると、確かに熱を帯びていた。

 

 ゴーレムが動いた興奮で、自分の体の悲鳴に気づかなかったようだ。

 

 ……くそ、このもどかしい身体が、俺の足を引っ張る。

 

 残された時間は、決して多くないというのに。

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