第〇〇七話 研究室

 採石場から帰ったその日は、久しぶりに屋敷の外に出たせいもあり、馬車で倒れたまま、起き上がることはなかったようだ。


 疲れが取れていないのか、体は重くフラフラする。もう少し体を鍛えないと、日常生活もままならない。


 ベッドから起き上がり、部屋を出ようとしたとき、リリアナを見つけた。


「リリアナ、おはよう。昨日石切場からもらってきた石はどこだい?」


「ルシャ様! まだ動いてはだめです!」


 リリアナは慌てて俺を抱えると、ベッドに寝かせた。


「発熱されたようですね。今日は石のことは忘れて安静になさってください」


「熱?」


 フラフラすると思ったら熱があったようだ。元の体では何年も熱など出たことがなかったので、感覚がわからなかった。


「ルシャ様の調子が良かったので、無理をさせすぎました。熱が下がるまで、ゴーレムの実験は控えてください。石の方はリリーが準備しておきますので、今は体を休めてください」


「分かったよ」


 リリアナが布団をかけるので目を閉じ、リリアナが出て行くのを待つが、なかなか出て行かないな。


 ゴーレムのことについて考えようと思ったのだが、体力のないこの体は考えることさえも許してくれないのだった。



 ◆ ◆ ◆



 目を覚ますと相変わらずベッドの上だ。


 結局、あれからさらに熱は上がり、意識は朦朧とし二日間寝たきりだった。健康な体のありがたみをこんな形で実感するとは、トラックに潰された俺の現実の体の状態を考えるとぞっとする。


「ルシャ様、おはようございます。顔色が良いですね」


「リリアナおはよう」


 リリアナが俺の額に手を当てる。


「熱も下がったので、大丈夫そうですね。二日間あまり食べていないので、体に優しいものをご用意いたします」


 リリアナが朝食の準備に行く。着替えをしたいところだが、まだベッドにいろということだろうな。


 しばらくすると、リリアナがメイドを伴って戻ってくるが、メイドは朝食の準備を終えると去っていった。


 お粥など消化に良いもの中心の朝食だ。正直、全くお腹が空いていないが、今後の体調も考えて我慢して食べる。


「食べながらお聞きください。ルーシャス様が寝ている間に、石の方は運び入れてありますので、後ほど案内いたします」


「ありがとう。心配かけたね」


「いえ、リリーの方こそルシャ様の体力のなさを甘く見ていて申し訳ありませんでした」


 自分でも実感しているから言わないでほしい。ルーシャスの体になってからほとんどがベッドの上なので、俺も困っているのだ。


 朝食を食べ終わると、身支度をしてリリアナの後をついて行く。



 ◆ ◆ ◆



「これは凄い!」


「喜んでいただけましたか?」


「もちろんだ!」


 俺が寝ている間にリリアナが頑張ってくれたようで、使用していなかった離れを簡単な研究室に改造してくれたようだ。


 研究室といっても、不要な物を撤去し、石を運び入れただけの必要最小限の部屋だが、今後はコソコソしなくてよいのでとても助かる。


 それにしても、使っていないとはいえ、部屋を勝手に改造してもよかったのだろうか?


 ルーシャスの父親は公爵という立場からもとても忙しく、母親もお茶会などで人脈作りに忙しいため、ルーシャスの世話を献身的にするリリアナに対して絶対的な信頼を寄せているので、このくらいは許容範囲なのだろう。


 この世界においてエルフは魔力やプライドが高く、見た目も男女ともに麗しい。人間からエルフに対する好感度は非常に高く、憧れを抱いている。それに対し、エルフから人間に対する好感度は非常に低く、人間の侍女をするケースは皆無で、リリアナだけが特別なのだ。


 本来無能で病弱なルーシャスの立場は、エルフのリリアナが侍女をすることによってギリギリ保たれている。このことも、ルーシャスの両親からの信頼が厚い原因かもしれない。


 リリアナが何の目的でルーシャスの侍女をしているのか不明だが、敵でないことを願いたい。


 そういえば、ハイエルフの存在も謎だったな。ゲームの設定上、エルフは存在していても、ハイエルフの存在はどこにも書かれていなかった。ゲームの中でリリアナに告白してのみ知り得る情報なのだ。


 ゲームメーカーの掲示板でハイエルフについて質問してみたが、速攻で削除され、それ以降はハイエルフの単語が禁止ワードに指定され書き込めなくなったんだよな。


 今思えば、怪しいことだらけだが、ずっとレティシア攻略を目的としていたため、深く考えなかったのは失敗だった。


 そのあたりの情報も収集しなければならないが、リリアナに悟られるわけにはいかないのが難しいところだ。

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