第〇一〇話 付与魔法(下)
「誰か!」
倒れたティナの呼吸は荒く、とても苦しそうなのに、大きな声も思うように出せない。こうしている間にも、俺の近くにいるティナの体を俺の魔力がさらに蝕んでいく。
今日はリリアナがいるので、他の二人のメイドは別の仕事をしているのか、近くにはいないようだ。
リリアナは自室に本を取りに行っているだけなので、もうすぐ戻るはずだ。呼べば伝わるかもしれない。
できるだけ呼吸を整え、深呼吸してから叫ぶ。
「リリアナ!」
ダメだ……自分でも分かるくらい小さい声。これでは部屋の外には届かない。
「ルシャ様! どうしました!?」
俺の蚊の鳴くような声を聞き取ったリリアナが走ってきた。
「ティナが俺の魔力で!」
「――! ティナ、どうして!?」
「俺のせいだ! 後で説明するから、とにかくティナを俺から離してくれ!」
「畏まりました」
リリアナはそう言うと、ティナを抱えて部屋から出て行った。
◆ ◆ ◆
しばらく待つとリリアナが戻ってきた。
「ティナは寝かせて、他のメイドに任せてきました。ルシャ様のせいだと仰っていましたが、どうしてあのような事態に?」
俺はここまでのいきさつを説明した。
「なるほど……ルシャ様を守れたのでしたら、ティナは本望でしょう」
「ティナはそんなに悪いのか!?」
「身体的には問題ないでしょうが、三日は動けないでしょうね」
「三日もか?」
「三日だけです。ルシャ様専属のメイドは何度も経験していますので、少しだけ耐性がついているのです。一般人なら一週間は動けないでしょう」
「慣れで耐性がつくのか?」
「そのようですね。ライラ様が多少平気なのは、ルシャ様がお腹の中にいる時からの苦労の賜物だと聞いています。ただ、年々上がり続けるルシャ様の魔力にはさすがに追いついていないようですが」
「母様が?」
ルーシャスの魔力は胎児の段階から凄かったようだ。
「それで、ルシャ様。お加減はいかがでしょうか?」
「まだ、体はふらつくが、眩暈は回復したようだ」
「書庫で長時間立ちっぱなしだったのが良くなかったようですね。次からは気をつけてください」
「分かった。注意する」
「それでは、ティナの様子を見てきますので、今日はおとなしくベッドで本を読んでいてもらえますか?」
「もちろん、そのつもりだ」
「こちらが、付与魔法に関する本です」
そう言って渡されたのは一冊の本だけだった。
「これだけしかないのか?」
「はい。使い手が少ないことから一般では販売していないようなので、レクス様が使い手を探し、書いてもらったそうです」
「父様が?」
「レクス様とライラ様、お二人ともルシャ様を信じているようで、早くから準備なされていました」
「そうか。それではその期待に応えなくてはな」
リリアナから本を受け取ると、早速読んでみることにする。リリアナは俺が本を読み始めると、ティナのところに向かった。
◆ ◆ ◆
本自体はそこまで厚みがないのですぐに読み終わった。
ここに書かれていることが本当なら、俺にとってはかなりのアドバンテージになるはずだ。
ふと最後のページに書かれている著者名を目にする。
「ティルデリングだと!?」
ゲームの中で桁違いの性能を誇る武具があったが、【シディルウルギア/ティルデリング】と記載されているものが多かった。
前者は鍛冶師の名で、後者は付与師の名だ。
ゲームをプレイしていた時は伝説の武具という認識で、既に亡くなっている人物だと思っていたのだが、実在していたとは驚きだ。鍛冶師のシディルウルギアも生きている可能性があるかもしれない。
付与魔法に必要な物はエンチャントをかける装備、触媒、魔力、詠唱で、その中でも触媒と魔力が重要と書いてある。
エンチャントの効果については触媒で八割型決まってしまい、詠唱は補助的で決まった型はないそうだ。
とはいえ、実際にティルデリングが使用している詠唱も書いてあるな。
大地の息吹よ、私に力を貸し、この刃に生命の光を宿せ。
鋼鉄に風を、鋭利に強靭を。
敵を打ち砕き、勝利を掴むため。
自然の力よ、今、ここに集え!
この詠唱はエンチャントをかける剣の切れ味と耐久度を上げるらしいが、このエンチャントで重要なのは触媒となるアンバーと聖銀の粉を魔力で合成することで、詠唱はこれでなくても同じような効果になるとのことだ。
父様はいくら払ったのか知らないが、ティルデリングが知り得るエンチャント成功の組み合わせ、失敗の組み合わせが書いてあるのでぜひ試してみたい。ただ、触媒が手に入りにくい物が多い。
成功例、失敗例から判断すると、宝石の粉は必ず必要なようだな。
エンチャントは金がかかるわりに効果が微妙と言われているが、金がかかる理由のほとんどが触媒に宝石が必要なせいで、この初歩的なエンチャントでもアンバーの他に聖銀が必要なので高価なのは間違いないだろう。
聖銀はファンタジーゲームでお馴染みの素材で、別のゲームでは別の呼び名で呼ばれているが、このゲームでは版権を気にして聖銀という呼び方を使用していた。
興味深いこととして、エンチャントに使用する魔力の量で仕上がりの性能に差が生じると書いてあることだ。魔力だけが取り柄の俺にとっては朗報要素といえよう。
エンチャントは失敗しても魔力を使用することから、適当な素材で練習すれば魔力を消費できるのではないだろうか?
試してみたいが、今日はベッドの上で本を読む約束をしているので、今日は我慢するとして、リリアナに書いてある素材で適当に揃えそうなものを揃えてもらうのが今できる最善だな。
「ルシャ様、本はもう読み終えたのですか?」
「リリアナ、ちょうどよいところに! 本に書いてある素材で集めらめそうな物を集めて欲しいんだ」
「……集めてどうなさるつもりでしょうか?」
「もちろんエンチャントの練習をするんだよ」
「……素材はある程度集めてあります。リリーがその本を持っているのは、レクス様から集めるように指示を受けたからです」
過保護もここまでくると凄いな。
「それじゃあ、体が回復したら練習できるな!」
「……申し上げにくいのですが、ルシャ様にはまだ無理かと」
「どうして!?」
「まだ精通されていないからですね」
「……それは必要なことなのか?」
「男性は精通、女性は初潮を迎えないと魔力を魔法として体外に放出できないのです。ルシャ様は病弱なため成長が遅れていると予想できますので、もうしばらくかかるのではないでしょうか?」
「そうか……それではそれまではゴーレムの研究を優先させることとしよう」
「畏まりました」
病弱がこんなところにも影響しているとは残念だ。ゲーム開始が十五歳なのはその辺りも考慮してのことなのだろうか……。
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