第〇一一話 帰還
「ルシャ様、起きてください」
「……リリアナおはよう。今日はいつもより早い?」
「仰る通りです。レクス様とライラ様が戻られると知らせが入ったので、早めに起こしました。体調はいかがでしょうか?」
体を軽く動かして状態を確認する。
「特に問題ないようだな」
「それは良かったです。顔を洗って着替えましょう」
身支度を済ませて朝食を食べる。まあ、俺しかいないので、出されたものを黙々と一人で食べるだけなんだけどね。
食べ物は上位貴族のせいか、とても美味しいが、ラーメンやハンバーガーといったものはまだ出てきていない。ゲームの中ではあったのだが、貴族は食べないのだろうか?
朝食を終えた俺は自室で付与魔法の本を読むことにした。研究は倒れるとまずいので、今日はお休みである。
そういえば、リリアナにはバレなかったが、両親に会って大丈夫なのだろうか?
まあ、ダメだったとしても会わないという選択肢はないのだが、溺愛っぷりが凄いようなので、その辺りが心配だ。
ルーシャスの記憶をしっかり確認しておく必要があるな。
◆ ◆ ◆
「ルシャ様、起きてください」
「……リリアナ? いつの間にか寝ていたみたいだな」
待ち疲れたのか、夕方まで寝ていたようだ。
「まだ全快ではないようですね。もう少しで到着しますので、外に出ましょう。」
リリアナは俺の髪と服を整える。ルーシャスの体になってから、リリアナに何かをやってもらうのに全く抵抗を感じないのはなぜだろうか? ダメ人間になってしまわないか少し心配だ。まあ、未来の大罪人なので、その一歩かもしれないが。
外に出ると、遠くに馬車が見えた。シャドウブレイズ家のフクロウの紋章が見えるので、両親が乗っているのはあれだろう。
「馬車や兵士が多く見えるのは気のせいか?」
「そうですね。出発した時の倍ぐらいの……あの紋章は!」
リリアナが見つけたのは、シャドウブレイズ家の馬車よりさらに遠くに見える、ユニコーンの紋章の馬車だな。
「皇族が来たのか? そんな、バカな……」
シャドウブレイズ家はセレスティアル皇国の闇の仕事を請け負っている貴族だ。公爵家とはいえ、皇族が簡単に足を運ぶような所ではない。
「いったい誰が乗っているのだ?」
皇族と聞いて一瞬、レティシアの名を思う浮かべたが、彼女と初めて会うのは二年後の十二歳と彼女の日記には記されていた。
色々考えていると、シャドウブレイズ家の馬車が目の前に停まり、ドアが開けられる。
中から最初に出てきたのは、父であるレクス・シャドウブレイズ、三十歳。黒髪、黒目、身長は百八十五センチぐらいのイケメンだ。
父は降りると母をエスコートする。記憶にあるように夫婦仲は良いようだな。
母であるライラ・シャドウブレイズは二十八歳、オーキッド色の薄紫色の長い髪に俺と同じタンザナイトのような紫色の瞳で、身長は百六十センチぐらいなので俺と同じぐらい。見るからに優しそうな雰囲気だ。
ルーシャスは十歳で百六十センチなので成長しているようにも感じるが、魔法はまだ使えないから遅いのだろう。
「ルーちゃん、ただいま!」
母が俺を抱きしめる……中の俺と同い年に抱きしめられているのに、この安心感はなんだろうか? 久しく忘れていた母の温もりを確かに感じる。
「お帰りなさい」
「木から落ちたって聞いたけど大丈夫? 痛くない?」
俺の頭を触り、異常がないか確かめている。
「もう完全に治りました。心配かけたようですみません」
「それならいいけど、久しぶりだからかしら? 少し硬いわね」
「今回は長かったからしょうがないよ。セバスチャンも留守の間、ありがとう」
「もったいなきお言葉」
セバスチャンだと!? ルーシャスの記憶を探ると確かにいたぞ! 家令のセバスチャン、四十八歳。ロマンスグレーの髪色に口髭は、正にセバスチャンの名を冠するにふさわしい姿だ! ルーシャスは魔力が多いことから、屋敷の本館ではなく別館に住んでいる。しかも一年の半分はベッドの上なので、顔を合わせることが滅多にないのだ。
「ライラ様、ルシャ様から距離を取ってください。最近ルシャ様の魔力がさらに上がっていますので、お体に触ります」
「三カ月も会えなかったのだから、もう少しいいでしょ? 私なら多少体調が悪くなっても構わないわ!」
「ライラ、流石に今、体調を崩されると困るな。せめてお客様が帰ってからにしてくれるかな?」
「レクスの意地悪!」
母は頬を膨らませながらも俺から距離をとる。
「リリアナが注意するのも分かるな。前はこの距離なら大丈夫だったはずなのに、少しきついようだ」
父は俺から三メートル離れているがきついみたいだな。ちなみにセバスチャンは五メートルぐらい離れている。
「父様、皇族の馬車が近づいてきていますが、どなたが来たのでしょうか?」
「そうだった。久しぶりに息子と会ったせいか忘れてたよ」
忘れちゃダメだと思うのだが……。
そうこうしている間に、皇族の馬車が近くに停まった。
「ルーシャスは初めて会うことになるが、ルーシャスの婚約者、レティシア殿下だ」
なんだと!? このタイミングでレティシアが? まずい、俺はまだスキルを全然使いこなせていない。
女の騎士が馬車の扉を開け、レティシアが降りるのを手伝う。
大地に降りたレティシアは、まだ十歳なので幼さは残るがとても美しく、女神にしか見えない。白銀の長い髪は日の光を反射し神々しく煌めき、澄んだアイスブルーの瞳で俺の方を見ている。
彼女の病名は魔力欠如症。体内で魔力をほとんど作り出すことができない病気だ。この世界で生きていくには適度な魔力は必要で、俺のように多すぎてもダメ、彼女のように少なすぎてもダメらしい。
彼女は俺を見つめたまま、一歩一歩近づいてくる。
「ルー君!」
突然、俺の名を叫ぶと、走り出した!?
彼女はそのまま俺にタックルのような形で抱きつくと、俺はそのまま衝撃で倒れ、後頭部を地面にぶつけ気を失ったのだった。
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