第〇一二話 目覚め

 目覚めるとベッドの上だった。


 どうやら、朝まで気絶していたようだが、左腕に違和感を感じたので見てみると、レティシアが左腕に抱きついて寝ていた。


 「――!」


 この状況はありなのか!? いや、なしに決まっている。婚約者とはいえ、結婚前に同衾など認められるわけがないはずだが、これはいったい……。


 それにしても、レティシアと会うのは初めてだよな。日記に気を取られてルーシャスの記憶を探るのを忘れていたが、幼馴染みだった……わけではないようだ。まったくの初対面なのに、出会っていきなり好感度マックスの理由が分からない。


 俺に抱きついて静かに眠る彼女は、まるで夢の中から舞い降りた天使のようだった。恐ろしく整った顔立ちに、長い睫毛。彼女の肌は朝日を浴びて柔らかな光を放っているように見える。小さな口元には、ゲームでは見ることのなかった微笑みが浮かんでいる。とても十歳とは思えない美しさだな。


 レースをあしらったナイトウェアは、ボディラインが透けて妖艶にも見える。と思ったら、裾が捲れて真っ白な丘が見えていた……。


 この世界の神の一柱、愛と未来を司るリューリュクスアルナトルに感謝……ではなかった! 裾の捲れを直さないと、起きた時に色々とまずそうだ。


 ちなみに、この世界には未来を司る神が他に三柱いて、愛と未来を司るリューリュクスアルナトルの他に、創造と未来を司るアエテルノヴェムアルナトル、破壊と未来を司るオボロスファウダアルナトルといった長い名前の神がいる。三柱の名前の最後がアルナトルで終わっていることから、アルナトルが未来を表していると言われているが定かではないらしい。


 左腕は抱きつかれて動かせないので、裾の捲れを直そうと右手を伸ばした瞬間。レティシアの目が開いた。


 この状況はどう見ても、お尻を触ろうとしている図にしか見えない……。


「レティシア、おはよう」


 とりあえず、ジャブを放ってみる。


「ルー君!」


 レティシアは飛びつき、俺の胸に顔をうずめ泣き出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 レティシアは泣きながら謝り続ける……俺が気絶したことを気にしているのか?


「――!」


 彼女の頭を撫でると、驚いて俺の方を見上げた。


「謝らなくていい。レティシアを支えられなかった俺が悪いんだ。心配かけてすまなかった」


「許してくれるの?」


「元々怒ってないから、謝られても困る。泣き止んでくれると嬉しいかな」


「ありがとう!」


 そう言って頬にキスをする彼女は、氷の聖女と呼ばれたクールさの欠片もないが、これはこれでアリだ!

 


「お取込み中のところ申し訳ございませんが、終わったのなら離れてください」


「リリアナ……いつからそこに?」


「レティシア殿下の顔をじっと眺めた後に、お尻に手を伸ばしたあたりからでしょうか」


 最初からこの部屋にいたようだな……。


「ルー君、お尻に触りたいの? はい!」


 レティシアがナイトウェアの裾を捲る……彼女は何も履いてなかった。


「レティシア殿下、ルシャ様を揶揄うのは止めて、早く身支度をお願いします。お付きの者が部屋の外で困っていましたよ」


「ルー君の傍がいいもん! ルー君手伝ってよ?」


 前屈みで上目遣いにお願いするレティシア。これで落ちない男はいないだろうな! 色々とありがとうございます!

 

「殿下の着替えはここにありませんので、戻ってくださいね」


 そう言ってレティシアを追い出そうとするリリアナ。


「レティシア! 部屋までその格好はまずいだろう。これを羽織って行って」


 俺のガウンをかけると、膨れっ面になった! なぜだ!? 膨れっ面のまま匂いを嗅ぐのは止めてほしい。


「すまん、臭いが気になったか。今別のを探すから……」


「嫌ッ!」


 臭いが嫌なわけではないらしい。


「名前!」

 

「名前?」


「ルーシャスはルー君、レティシアは?」


 なるほど……自分は愛称で呼んでいるのだから、愛称で呼べということか……愛称で呼ぶような友達がいなかったので、少しハードルが高いな。


 しかし、今の俺は、ルーシャス・シャドウブレイズ! 折角向こうから愛称呼びを希望しているのだから、その希望に答えよう!


 レティシアの愛称ってなんだ? 一般的に考えるとレティとかレッティか……何となく正解ではないような気がするな。


 ルーシャスをルー君と呼ぶのは昨日までは母親のみ……記憶に一人変なのがいるが、今は除外しておこう。ルシャと呼ぶのもリリアナだけで、その他の人はルーシャスとそのまま呼んでいるのだ。


 レティシア……レーちゃん……絶対違うな……分からないからとりあえずレティで反応を見てみるか。


「シア?」


 レティと呼ぶはずが、なぜか出てきたその呼び名はしっくり来た。


 シアと呼んだ瞬間のレティシアの驚きと喜びに満ちた表情は、将来彼女のためなら死ねると思うのに相応しい表情であった。


 ルーシャスよ、お前、絶対昔会っているだろう?

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