第〇一三話 朝食

 リリアナは俺を着替えさせながら、何かに気づく。


「ルシャ様、体調の方はいかがでしょうか?」


「体調か? そういえば、今日はいつもより体が軽く感じるな。かなり長く眠ったからかな?」


「やはりそうですか……今のルシャ様は、いつもより魔力が減っているからだと思います」


「今の俺は減っているのか? 原因はもしかして?」


「レティシア殿下でしょうね。ルシャ様の溢れた魔力を吸い取ったのではないかと」


「他人の魔力を吸い取ったと? そんなことは可能なのか?」


「通常は無理ですが、殿下は魔力欠如症で一般の人より魔力が異常に足りていません。砂漠の砂のような状態ですので、もしかしたら溢れた魔力を吸収したのかもしれません」


「そんなことが……」


 もしそうだとしたら、まさに運命の人というやつだな。


「吸い取り過ぎないのであれば、ルシャ様にとって喜ばしいことですので、体調の変化にも注意してください」


「そうするよ」


 準備も完了したので、久しぶりの一人でない朝食か……。



 ◆ ◆ ◆



「ルーちゃん、頭は大丈夫?」


 母の表情から心底心配しているのが、見てとれる。


「帰って早々ご心配――」


 違うな……もっと砕けても良いのだ、今は俺の母なんだから。


「母様、もう大丈夫です! 少しだけいいですか?」


「もちろんよ!」


 母は俺を抱きしめ頭を撫でる。


「ルーシャスの魔力、昨日より少ないか?」


 どうやら父は魔力に敏感なようだな。


「もしかしたら、ルシャ様を心配したレティシア殿下が傍にいたからかもしれません」


 リリアナは今朝の出来事をぼかしてくれたようだ。


「そうか、やはり殿下とは相性が良さそうだが、その前に私もハグさせてもらおう」


 そう言って、父は母と俺を抱きしめる。ルーシャスは家族に恵まれているな。未来で暴走するとしたら、もしかして家族に何かあったのか? その後の荒廃したシャドウブレイズ領を見るとその可能性も考えられる。死ぬのは俺だけにしたいところだ。


「レティシア殿下が参られます」


 セバスチャンが知らせたので、自分の席に行こうとして驚いた。


「なんだこれは……」


「レティシア殿下が滞在している間は、その椅子を使用するように指示が出ております」


 まさかのレティシアの指示なのか? 仕方なく座った椅子は二人で座れるベンチシートというよりは、造りは豪華なのでカップルチェアと呼ぶのが相応しいだろう。


「皆様、おはようございます」


 ……美しい。その一言に尽きる。どんな美辞麗句を並べても、ドレスで着飾った彼女の美しさを表現できる言葉など、この世に存在しないだろう。


「ルー君、お待たせ」


 語尾にハートが付いてそうな笑顔が眩しすぎる。


「……」


 彼女はそのまま俺の隣に座るのかと思いきや、なんと俺の膝の上に座ったのだ!


「レティシア殿下、それではルー君が朝食を食べられないわ。そういうのは食べ終わってからにしてね」


 既に両親公認なのか? 考えてみれば、こんな椅子を運び入れている段階でバレバレだな。


 隣りに座り直したレティシアは、腕を絡めてくる。


「レティシア、これでは朝食が食べられないぞ?」


 そう言った瞬間、レティシアの表情は世界の終わりのような絶望に変わった。


「ルシャ様、呼び方が間違っています」


 そうだった。自分でも意図していない呼び方だったのですっかり忘れていた。


「シア、すまない。まだ慣れていないので許してくれ」


 『シア』の『シ』ぐらいで、彼女の表情は満開の桜より鮮やかで嬉しそうなものに変わった。何とかリカバリーできたのか?


 それにしても、ここまでコロコロ表情の変わるレティシアは、俺のイメージとはかけ離れている。ゲームの中での能面のような表情は、俺を殺してしまったせいなのだろうか?


 レティシアの腕組みが解けたので、朝食を食べようとすると腕を掴まれた。


「どうした?」


 レティシアは怒った表情で、ソーセージを切っている。


「アーン!」


 なんと、レティシアは俺にソーセージを食べさせようと、アーンの口を要求してきた!


 チラッと見たリリアナは笑いを堪えており、両親はワクワクした表情で俺の方を見ている。


 ここで拒否すれば、また世界の終りの表情に切り替わるのは分かっている。


「ア、アーン」


 口を開くとソーセージを俺の口に入れてくる。


「美味しい?」


「いつもより美味しく感じるな」


 この嬉しそうな表情は反則だなと思いながら、咀嚼したソーセージを飲み込む。


「アーン!」


 やはりこうなったか! 今度はレティシアが口を開ける。しかし、もうここまでくれば恥ずかしさは封印済だ。


 迷うことなく、ソーセージをレティシアの口に運び入れるが、レティシアの艶やか唇を間近で見て、色っぽいと思ってしまう。


 こうして、朝食はいつもの倍以上の時間を要したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る