第〇一四話 吸収

 朝食後、自室に戻ると、レティシアもついてきた。両親からはレティシアの相手をするよう言われているが、領内を案内しようにも、俺が病弱すぎて見所すら分からない状態なのだ。


「シアは、どこか領内で行ってみたい場所とかある?」


 彼女は俺に抱きついたまま、頭を横に振った。特にないらしい。


 いくつか質問して分かったのは、レティシアも俺と同じで、外に出ることが滅多にないということだ。


「あれっ? ということは、シャドウブレイズ領まで来るの、大変だったんじゃない?」


 俺は領内ですら耐えきれなかったのだ。


 ところが、この質問には答えない。


「殿下はルーシャス様に会いたい一心で、無理をなさって参りました」


 レティシアの侍女が答えると、彼女は侍女を恨めしそうに睨む。その表情すら可愛い。無理をして来たことは隠したかったようだ。


 俺の胸に顔を埋めて抱きついているレティシアの頭を撫でると、目を細めて心地よさそうな表情を見せた。


 そういえば、昨晩レティシアの侍女は、俺の魔力が強すぎて部屋に入れなかったという話だったが、今は離れているとはいえ、部屋の中に待機できている。


「シアは今、苦しかったりするか?」


 頭を横に振るので、苦しくはないようだ。


「そうか……どうやら俺も体調が良いみたいだ。もしかして、シアが俺の魔力を吸い取ってくれているのか?」


「分からない……でも今のシアの体はルー君で満たされてる」


 なるほど、やはり俺の溢れた魔力を、彼女が吸い取ってくれているのだな。


「例えば今は密着しているけど、シアを満たすのに距離は関係あるのかな? 折角だから実験してみない?」


 レティシアはすぐ拗ねるので、言葉選びには細心の注意が必要だ。


「実験?」


「俺は何でも実験するのが好きなんだけど、残念ながら魔力が多すぎて、僅かな魔力の流れを感じ取れないんだ。もしシアに魔力の流れが分かるなら、実験に協力してほしい」


「協力する!」

 

「シア、ありがとう」


 レティシアは俺を手伝えるということで、ご機嫌なようだ。


「まず聞きたいのは、俺の魔力をどのくらいの距離で吸収できるかだ」


 レティシアは俺と距離を取ったり、近づいたりして、魔力を吸収できる距離を探った。


「ここっ!」


 二メートルぐらいか。


「そんなに離れていても吸収できるんだな」


「うん、でも少しだけ」


「なるほど、距離で吸収量が変わるんだな?」


「そう」


「では次だ! 次は俺の隣に座ってくれ!」


「隣りに?」


 そう答えた彼女の白磁のような、繊細で透明感のある肌は、耳たぶから頬にかけて溶岩のように紅く染めあげていく。


 ……もしかして、恥ずかしいのか? 朝目覚めれば、裸同然の格好で抱きついていたり、朝食の際は両親の前でアーンしたりしていたのに?


 レティシアは少し俯いたまま、俺の隣に小動物のようにちょこんと座った……可愛すぎる。


「この距離だと吸収量は増えるのかな?」


「少しだけ」


「距離の変化はそこまでないということか……では、これはどうだ?」


「――!」


 シアの手を握ると、彼女は驚き、うっとりした目で見つめてくる。なるほど、彼女は自分から動くのは平気でも、俺からの行動には弱いタイプか。可愛すぎる。


「シア?」


「魔力がいっぱい流れてきて気持ちいい……」


「そうか、やはり接触すると吸収量は増えるのか……ん? 気持ちいい?」


 その瞬間、火山が爆発したかのように、一瞬で真っ赤な顔に。最後のは聞くべきではなかったか。


「それでは、こうすると変化はあるか?」


 レティシアの手に上着をかけ、その上から手を握る。布を通すと吸収量が減るのかの実験だ。


 しかし彼女は涙目で絶望的な表情を浮かべた……なぜだ?


「シア、どうした!?」


「ルー君、シア触るの嫌?」


「ん? 何の話だ?」


 手元を見ると、俺は今、上着越しでレティシアの手を握っている……説明が足りなかった!


「違うんだ! これは吸収量の実験で、シアには直接触れた方がいいに決まっている!」


 噴火したシアの表情を見て、余計なことを言ってしまったと悟る。


「それで、布を挟むと吸収量が減るのかを聞きたかったのだ」


「少なくなった」


「やはり減るのか! どのくらい減ったのか――」


 どうも、実験していると、次から次へと湧き出る思考が優先されるな。


「シアすまん、聞き方を変えよう。さっき隣に座った時と比べるとどうだ?」


「それよりも多い」


「なるほど、では直接握った時の半分くらいとか分かるかな?」


「もう少し下がるくらい」


「そうか、半分より下がるのか、シアのおかげで色々分かったありがとう!」


 レティシアは恥ずかしそうに頷いた。可愛すぎるな!


「やはり肌同士、直に触れ合っている時が一番吸収されるようだな」


 上着を外して、直に握ると、また俯き頬を染める。


「シア、もっとルー君でいっぱいになる方法知っているの」


「ん? こうやって直接握るよりもか?」


「うん」


 それは興味深いな。『ルー君でいっぱい』という表現は少しアレな感じもするが、レティシアが言うのならアリだろう。


「どんな方法か聞いても――!?」


 俺が聞いた瞬間、彼女はキスをしたのだった。

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