第〇一五話 魔法
さて、キスをした張本人は顔を真っ赤にして、俺のベッドの上でゴロゴロしている最中だ。ドレスにシワがつくとは思っても口には出さない。キスは口だったけどね。
レティシアの侍女も顔を真っ赤にしている一方、リリアナはニヤニヤしている。
それにしても、手を握るよりキスのほうが吸収量はアップするのか……どのくらい増えるのか聞くのはダメなんだろうな。
どちらも直接触れ合っているのは変わらないけど、何が違う? そうか、粘膜接触か! いろいろと気になることはあるが、レティシアを見ていると、今はこのくらいで止めておいたほうがよさそうだ。
◆ ◆ ◆
空気を読んだかどうか分からないリリアナが、お茶を淹れてくれたことで、レティシアは復活を遂げた。
「そういえば、シアはどのくらい魔力を貯めることができるのだ? まだ余裕はありそうか? 満タンになって体調を崩さないように注意するのだぞ?」
「分からないけど、ルー君の魔力は多分大丈夫」
「それは、満タンになっても傍にいて平気ということか?」
「うん、多分そう」
ここはレティシアを信じるしかないか。
「リリアナ、魔力に相性とかあるのか?」
「一般的にはないとされています」
「そうか、一般的にはということは、そうでないケースもあるのか?」
「そういった説はいくつかありますが、普通は体から魔力が溢れ出ることはありませんので、相性を研究することができないのが実情ですね」
「なるほど、確かにそうだな」
「ただ、私やヴェルナー先生が平気なように、レティシア殿下もルシャ様の魔力を平気とする体質、つまり相性が良いのだと思います」
「そうか! 確かにフリーダの調子が悪くなったところは見たことないな。ところで、リリアナはエルフだから耐性があるのではないのか?」
「確かにエルフのほうが人族より耐性はありますが、ルシャ様の魔力には耐えられないでしょう」
ハイエルフだと耐えらるとかは……考えすぎか。
「つまり、シアの魔力が満タンになっても問題ないのだな?」
「そういうことになります。というか、もう満タンなのではないでしょうか?」
リリアナがレティシアの侍女のほうを見るので、そちらに目をやると、少し苦しそうな表情を浮かべていた。なるほど、魔力の吸収が止まったことで、また範囲が広がってきているのか。
「まあ、シアが傍にいてくれるなら、それでいい」
「――っ!」
しまった! 心の呟きが漏れてしまったようだ。両手でカップを持ち、チラチラと上目遣いでこちらを見るレティシアが見られたから、結果オーライとしよう。
「ところで、シアは魔力のある今なら魔法が使えるんじゃないか?」
「分からない」
「試してみるか? ここにいる間は俺がいるから練習し放題だぞ?」
レティシアは少し考えたあと、コクコクと頷く。
俺は机の引き出しからナイフを取り出し、指先を傷つける。
「――!」
指先から滲み出る血を見て慌てたレティシアは、俺の指をパクリと咥えた! これはフェティシズムを刺激するな。
「……シア、そうではなくて、魔法の練習をやってみよう」
レティシアは俺の指に手をかざし詠唱を始める。
「聖なる祈りよ、我が身に……」
「最初は、『聖なる祈りよ、我が願い』だな」
「聖なる祈りよ、我が願い。聖なる……聖なる……」
声が段々小さくなっていく。どうやら、詠唱を覚えてないようだな。
「大した傷ではないから、焦らなくてもいい。俺が一度最後まで言うぞ?」
レティシアが頷く。
「聖なる祈りよ、我が願い。聖なる力よ、我が身に宿り。聖なる癒しを、彼の者に与え給え。だな。思い出したか?」
首を振っているので、完全に忘れているようだ。
「それでは、一行ずつ俺が言うから、シアは後に続いてくれるか?」
それでは練習だ。
「聖なる祈りよ、我が願い」
「聖なる祈りよ、我が願い」
「聖なる力よ、我が身に宿り」
「聖なる力よ、我が身に宿り」
「聖なる癒しを、彼の者に与え給え」
「聖なる癒しを、彼の者に与え給え」
「さすがシア。完璧だ!」
レティシアは頭を出して、ナデナデを要求してくる。可愛いので、もちろんするけどな。
「全部言えたところで、もう一度やってみよう」
「聖なる祈りよ、我が願い。聖なる力よ……力よ……」
最初より『力よ』までが増えた――じゃなくて、薄々感づいていたが、レティシアは物覚えが得意じゃないのかもしれない。
「記憶するのは苦手か?」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
レティシアは涙目で謝ってくる。
「気にするな、誰にでも苦手なことはある。もう少し大きくなれば自然と覚えられるだろう」
「いいの?」
「もちろんだ。シアは何も悪くないから、謝らないでくれ」
「ルー君、大好き!」
レティシアが飛びついてくる。『大好き』頂きました!
ルーシャスの身体になって最大の問題だった、レティシアに惚れられなければならないという目的は、いつの間にか達成されていたのだった。
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