推しに殺される大罪人に転生。推しのために……
流庵
第一章 転生編
プロローグ
時刻は深夜。侵入禁止エリアに忍び込んだ俺は、元貴族の屋敷で物色する。このエリアはほぼ廃墟しかなかったが、この屋敷だけは比較的無事なようだ。貴族の屋敷だから丈夫に作ってあるのかもしれない。
やはり、めぼしい物は残っていないようだな……次々と漁るが何も入っていない。
「――!」
次の部屋に入ろうとした瞬間、目の前をウィンドカッターのような風魔法が通り過ぎる!
あと数センチ前に出ていたら顔がなくなっていただろう。
どうやら敵に見つかったようだ。すぐ近くの窓をぶち破り外にジャンプする。その間にも追撃の魔法が体をかすめる。
敵の手から逃れようと必死で走るが、肝心の敵の姿は見えない。敵はいったいどこに……。
魔法を避けながら逃げ回っていると、遠くにフードを被った人影が一瞬見えた!
しかし、アレが敵だとしたら、違う方向から魔法が飛んでくるのはどういうことだ。他に仲間がいるのか? 全然逃げられる気がしない!
「くそっ! こうなったらせめて」
逃げられないなら、せめて敵の正体だけでもと思い、人影に向かって走る。風の魔法が俺の体を刻み、腕が飛ぶがそれでも走る!
しかし、片足を置いていったせいで、勢いのまま転げ回った。ここまでか……。
命が尽きるのを待っていると、足音が近づいてきた。
ちっ、体を起こして姿を拝む力も残っていない……。
「――っ!」
◆ ◆ ◆
「ちっ、
プレイしていたゲームのキャラの死亡により、エンドロールが始まる。このゲームはプレイするキャラの生涯を体験するので、死亡したらそこで終わりだ。死んだ場合はコンティニューもできず、エンドロールが流れて強制終了する仕様になっている。
エンドロールを見ながら、今回の終了までの道のりを思い返す。
まず、このゲームには一番の推しキャラがいる。氷の聖女と呼ばれるレティシア・セレスティアルだ。
白銀の長い髪は日の光を反射する雪のように輝き、アイスブルーの瞳は底まで見通せる深い湖のように澄んでいる。絶世の美女で、美しく悲しげな表情は見る者すべてを魅了する。間違いなく、このゲームナンバーワンの人気キャラだろう。
ゲームの最大イベントである邪神との最終決戦の際に彼女が仲間になっていないと、確実にクリアできない。
彼女は表情を一切変えないことから氷の聖女と呼ばれている。結婚イベントでは誰も彼女と結ばれることはない。無理やり結婚しようとすると、教会へ入り修道女になるか、自害するという徹底ぶりだ。
また、ゲームを数回クリアすると、レティシア本人を使えるようにもなる。
彼女自身を使いゲームを進めると、必ず始まるのが聖女覚醒イベントからだ。
大きなゴーレムを使い町を破壊し、皇帝に反逆した婚約者を殺すことで彼女が聖女として覚醒するシーンから始まる。
しかし、このシーンは文章のみで詳細を語られることはない。彼女以外のキャラで婚約者について尋ねると、確実に仲間にならないどころか、以後一切会うことすら敵わなくなるため、禁止ワードに近い扱いなのだ。
俺はレティシアの悲しげな無表情以外の表情を一目見たくて何十回もプレイしたが、すべて失敗に終わった。今回プレイした盗賊は途中で殺されてしまったが、レティシアの過去を知るという点においては一定の成果があったといえよう。
レティシアの寝室に忍び込み日記を盗んだことで、彼女の婚約者で国家の反逆者、ルーシャス・シャドウブレイズの情報を手にすることができた。
閉鎖されていた旧シャドウブレイズ領に忍び込んだまではよかったが、あと一歩のところで敵に見つかり殺されてしまったのだった。
あの敵はいったい何者? 死ぬ瞬間俺は蹴られ上を見ることができたが、アレは女だったはずだ。そのまま首を斬られたので一瞬しか見ることはできなかったのが残念だ。
それにしても、ルーシャス・シャドウブレイズはなぜレティシアを裏切ったのだろうか。レティシアの哀愁漂う無表情がルーシャスのせいならとても腹が立つが、ルーシャスを殺さなければ彼女は聖女として覚醒しない。つまり、世界を邪神から救うにはルーシャスは死ななければならないということだ。
考え事をしていると、エンドロールは終盤を迎える。この後、条件を満たしていれば新たに使えるキャラが増えることになる。
画面が切り替わり、【新キャラクター解放】の文字と一緒にまさかの【ルーシャス・シャドウブレイズ】の名が。
「マジか!」
遂に謎に包まれていたルーシャス・シャドウブレイズを使用できる! 明日……いや、今日の仕事は休むことにして、すぐにゲームを始めようと画面を操作した瞬間。
恐ろしい轟音が耳に入り、振り返って窓の方に目をやった。窓ガラスや割れ、壁を破壊して青いトラックがアパートの壁を突き破り、そのまま俺を押し潰した!
「ゴフッ!」
口から大量に吐血し、身体は痛みで動かすこともできない。
意識は朦朧とし、トラックが突っ込んでくる瞬間はスローモーションだったなと考えながらテレビの方を見る。どうやらゲームは無事だったようでホッとした。
画面には【ルーシャス・シャドウブレイズでゲームを開始しますか?】の文字と【はい・いいえ】の選択肢が出たままだ……。
「誰かいるのか!?」
「大丈夫か!?」
「人が居たら助からないだろ?」
人の声で失いかけていた意識を取り戻す。どうやら深夜の轟音で目を覚ました人たちが集まって来たようだが、トラックに押し潰されている俺に気づく様子はない。
次第に小さくなる野次馬の声をBGMに、まだ少し動く右手をずらしコントローラーを操作し【はい】の選択肢を押したところで、意識は闇に沈んだのだった。
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