第〇三二話 来訪

 研究室で次はどんな実験をしようかと考えていたら、メイドのティナがやって来た。


「ルーシャス様、クシャール商会のアルカリオ殿が、マリオネット人形の納品に訪れております」


「アルカリオ自らが?」


「はい。ルーシャス様が依頼されたマリオネット人形の説明をしたいとのことでしたので、応接室に通しましたが、ダメでしたでしょうか?」


「気が進まないけど、そういうことならしょうがない。リリアナ、一緒について来てくれ」


「畏まりました」



 ◆ ◆ ◆



 部屋に入るとアルカリオの他に白髪の小さなお爺さんがいた。


「アルカリオ自ら届けてくれるとは思わなかったぞ」


「今回は私が作りましたので、ご説明に上がった次第です」


「そうか、この並べられているやつがそうだな?」


「その通りでございます。今回ご用意した木材は、アカシヤ、トネリコ、ブナ、ブラックソーン、黒クルミ、スギ、黒檀、ニレを用意いたしました」


「なるほど、触っても?」


「もちろんでございます」


 ひとつひとつ、マリオネット人形を持ってみると、やはり材料になる木によって重さや質感はそれぞれ違う。


 ――!? アルカリオが言った木の種類は八種類なのに、マリオネット人形は十体ある。


「これは――!」


 持ってみたそのマリオネット人形は、明らかに他の物より重く、質感も艶やかな感じだ。


「これはもしかして、俺が指定したリグナムバイタか?」


「さすがルーシャス様です。それの加工に手間取ってしまい、申し訳なく思っております」


「やはり硬かったか?」


「これほど加工に手間取ったのは初めてでございます。おかげさまで眠っていた職人の血が目覚めてしまいました」


「なるほど……これがリグナムバイタということは、こっちは――!」


 最後の一体を持ち上げた瞬間、異常な軽さに驚く。


「この軽さはリグナムバイタを持っていたせいではないな。ここに存在する全ての木の中で一番軽い……これはもしかしてバルサか?」


 そう言った瞬間、アルカリオと隣のお爺さんが驚く。


「まさか、バルサまでご存じでしたとは」


「簡単なことだ。実はあの日バルサも依頼しようとしていたのだが、アルカリオが意地悪だったので忘れていたのだ」


「そうだったのですか。あの日のことは、このアルカリオの人生において最も愚かな日だったと反省しております」


 なるほど……前回の時のような刺々しさが感じられないのはそういうことか。中の俺は金の亡者たちを相手にしていたせいで、悪意に対し敏感にできている。


「お詫びになるとは思っておりませぬが、本来手に入らないはずの魔通信をプレゼントさせていただいた次第です」


 本来手に入らない……あれは裏ルートから手に入れたのか。


「あれは見つかるとまずいものか?」


「どこで手に入れたのか内緒にしてもらえると助かります」


「分かった。リリアナ、マリオネット人形と設計図、受話器を持って来てもらえるか?」


「畏まりました」


「設計図というのは?」


「アルカリオは、俺が大量のマリオネット人形を購入している件についてどう思っている?」


「正直に申し上げますと、ルーシャス様は魔力が強すぎるため病弱だと伺っておりましたので、ベッドの上の娯楽だと考えておりました。しかし、糸のないマリオネット人形を大量に作るうち、ルーシャス様のスキルであるゴーレムに関係していると考えるようになりました」

 

「正解だ。俺はゴーレムの研究をしている。マリオネット人形は今行っている実験にとても最適なのだ」


「……通常であればあり得ない話ですが、木の材質にまでこだわるということは、信じるしかないようですね」



 

「ルシャ様、お持ちいたしました」


 リリアナから持って来てもらったものを受け取る。


「このマリオネット人形はアルカリオの店で購入したものだ」


 マリオネット人形を渡すと、アルカリオは足の裏を見ている。


「私の作ったもので間違いないですな」


「どうして分かるのだ?」


「ここに私の印が掘ってあります。それにしても、確かに小さいですが、ゴーレムの証の魔石が埋まっていますな」


 そう言ってマリオネット人形の足の裏を見せると、アルカリオの頭文字が彫ってあった。


「なるほど、全く気がつかなかったな。ヴァニラ起動!」


 マリオネット人形のゴーレムが起き上がったので、軽く命令してしっかり動くところを見せる。


「確かにゴーレムとして機能しておりますな。小さいせいでしょうか? 動きも普通のゴーレムよりスムーズに見えますな」


「そこに気がついたか! 私はこれを構造による違いだと考えている。通常のゴーレムより関節が多いことで、動きがスムーズになったのではないかと考えているのだ」


「つまり、人体の構造に近づけるのですね?」


「その通りだ。そこで次に作って欲しい人形として、先ほど話に出てきた設計図に繋がるわけだが、作れるか見てもらいたい」


 アルカリオに設計図を渡す。


「――! これは凄い構造ですな。それが二体ですか……これはどうやって繋がるのでしょうか?」


 形の異なる二体の人形は球体関節人形と呼ばれるもので、関節部が球体で形成され、自在なポーズが可能な人形だ。現代では芸術作品や玩具など幅広く利用されている。


「ゴーレムなのでバラバラのパーツで構わない。魔力が繋ぎ合わせてくれるからな。人形にしたかったら、それぞれのパーツに穴を開けて伸縮性のあるゴムなどで繋ぎ合わせれば、人形として使えるだろう」


「これを世に出せば、かなりの儲けになりそうです」


「俺のを作ってくれれば、その辺りは好きにしてよい。もちろん、姿は変えてほしいけどな」


「もちろんでございます。木材は納めたマリオネット人形で実験してからにいたしますか?」


「その二体は既に決まっている。こっちをリグナムバイタで、もう一体はバルサで作ってくれ」


「バルサはともかくリグナムバイタでですか……」


「本当はアルカリオの言う通り、実験してからにしようと思ったのだが、手にした瞬間、それで良いと確信したのだ」


「なるほど、畏まりました。少しお時間がかかってしまいますが、よろしいでしょうか?」


「その二体はそこまで急がないから、良い物を作ってくれればそれでよい。それをゴーレムにするにあたって、まだいくつも越えなければならない課題もあるからな」


「それでしたら、このアルカリオにお任せください」


 この球体関節人形が成功すれば、ゴーレムの運用に革命を起こせるはずだ。

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