第〇〇二話 記憶

【世界を救う邪神との戦い】

 

 「ガハッ!」


 邪神の一撃を浴びて、俺は瀕死となった。


「これぐらいで倒れないで」


 瀕死となった俺を一瞬で全快させるレティシア。


 その後、何度も瀕死になった俺や仲間をレティシアがそのたびに回復し、なんとか邪神の討伐に成功した。


 主人公の標準的な仲間は五人の女性。討伐後には告白イベントが用意され、誰に告白するかでその後のストーリーが変化する。五人中四人は成功したことがあり、そのどれもがハッピーエンドになる……浮気さえしなければだが。もちろん、組み合わせによってはハーレムルートも用意されている。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 邪神を倒した俺たちは城へ戻り、仲間のレティシアを呼び出し告白する。


「レティシア、俺と結婚してくれ!」


「……無理」


 無表情で断り、その場を去っていくレティシア。振られた俺はこの後、酒に溺れ、他の仲間も寄り付かなくなり、孤独な死を迎えるのだ。


 苦労して邪神を倒しても、レティシアに告白するとバットエンドとなる鬼仕様……。同じエンディングになることがないと言われるこのゲームにおいて、数少ない確定エンディングの一つ。それでも、この冷たいレティシアを一目見たいと、一度は試してみるイベントの一つだったりする。


 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 目が覚めると頭痛は治っていた。初めてセブレリをプレイした時の夢を見ていたようだ。思えば、あの振られた時にレティシア推しが決定したのだったな。


「ルシャ様、おはようございます。頭はまだ痛みますか? 主治医がもうすぐ到着致しますので、もう少しの辛抱です」


、おはよう。起きたら頭痛は治ってたよ。もう、大丈夫なんじゃないかな?」


「ルシャ様! リリーの名前を思い出したのですね!」


「ん?」


 そういえば、昨日はリリーと言ったからそう呼んでいたな……なるほど、ルーシャスの記憶がある。感情も……多少残っているが、完全に他人事にしか感じられない。俺の体が目覚めるまでとはいえ、これならなんとか誤魔化せそうだ。


 しかし、似ているとは思ったが、本当にゲームに登場していたリリアナだったとは、彼女はどうしてルーシャスの侍女をしているのだ?


 セブレリをプレイしていて結ばれることのできないだろうキャラの一人。彼女の使う精霊魔法は強大で、レティシア不在で邪神に勝てた唯一のキャラ。しかし、その美しさに負けて告白すればバッドエンド一直線。


と人間じゃ生きる時が違うわ』


 彼女に振られる時のセリフなのだが、この時初めて彼女がハイエルフであることを知る。このハイエルフ情報は、リリアナを仲間にして告白した人だけが知りうる情報なのだが、情報が全く出ていなかったことを考えると、世界で仲間にできた人は数人ぐらいなのかもしれない。



 

「昨日はすまない。完全にリリアナのことを忘れていたし、俺自身のことも思い出せなかったよ」


「よかったです。ルシャ様がご自身のことを僕と呼んだときには、リリーは死を覚悟いたしました!」


 そこまでなの!? 子供だから僕にしたのは間違いだったようだな。


「ルシャ様は体が弱いのですから、あまりご無理はなさらないでくださいね。今後、木登りは禁止事項にいたしますので!」


「分かったよ。もうしないから安心して。ところで、お腹も空いたし、着替えたいのだけど」


「何を言っているんですか? 主治医のヴェルナー先生のお墨付きをもらうまでは安静にしていてください。食事は今お持ちいたしますね」

 

 そう言うと、リリアナは部屋を出て行った。


 

 素のままでもルーシャスとバレないようで助かった。現在十歳のこの体は病弱なようで、産まれてから頻繁に倒れている。巨大なゴーレムを長時間動かし続けられる魔力量が体の不調の原因だったりする。


 魔力過剰症候群。魔力が体内に溜まりすぎると、血液や神経に負担がかかり、様々な不調を引き起こす病気だ。症状としては頭痛、めまい、吐き気、発熱、痙攣、意識障害などが挙げられる。魔力を定期的に放出することで予防が可能だが、まだスキルのゴーレムを操ることが出来ず、使える魔法も放出系の魔法ではなく付与魔法のため、魔力が溜まり続けているのか、年々寝込む頻度が高くなっている。登った木から落ちたのも、症状のめまいが原因だ。


 ルーシャスの場合さらに問題があり、溜めきれない魔力が身体から漏れているらしい。その漏れた魔力が周囲の人の体調にまで影響を及ぼしてしまうようだ。大体半径三メートルぐらいが影響の範囲で、魔力に強い耐性がある人は問題ないらしく、リリアナが侍女なのはエルフで魔力に強い耐性を持っていたからだろう。


 病気については、魔力を使えば楽になるはずなので、早めにゴーレムを動かす練習をしなければならないだろう。問題はどうやってゴーレムを調達するかだな。


 通常ゴーレム使いはモンスターであるゴーレムを倒し、再利用するのが一般的だ。ゴーレムの魔石を破壊するとゴーレムは活動を停止してバラバラになる。そのバラバラになった部品と別のモンスターの魔石を組み合わせて、自分が使用するゴーレムを製作するわけだ。

 

 幸い、ゲームで一度ゴーレム使いを扱ったことがあるため、作り方と操作方法は分かる。ゴーレムの部品と魔石の調達をどうするかだが、ルーシャスは最後、二十メートルのゴーレムを操っていたとレティシアの日記に書いてあった。


 二十メートルのゴーレムなど、ゲーム上は存在していないので、ルーシャス本人が作った可能性を考えるのが本命だろう。保有している膨大な魔力を使えば、ゼロからゴーレムを生み出せるかもしれない。

 

 日記には、十二歳の時に婚約者としてレティシアに引き合わされたと書いてあった。後二年で、できるだけの準備をしなければならないだろう。



 ◆ ◆ ◆



「ルシャ様、ヴェルナー先生がいらっしゃいました」


 リリアナに連れられて入ってきたのは俺の主治医、フリーダ・ヴェルナー、二十歳。バターブロンドのボブカットに、ウルフェナイトのようなオレンジ色の瞳、楕円形のアンダーリム眼鏡がセクシーな美女だ。白衣からハミ出している母性は歩くたび、上下に揺れている。ルーシャスの記憶によると、彼女が近くにいて体調を崩したことはないので、魔力対する耐性を持っているだろう。


「ルーシャス。木から落ちて頭から落ちたと聞いたが、意外と元気そうね? リリアナが泣いて頼むから急いで来たのに、拍子抜けしたわ」


「すまない、フリーダ。これでも昨日は、自分の名前すら思い出せなかったんだよ」


「記憶喪失ね! 聞いたことはあっても実際に見るのは初めてよ! しっかり隅々まで診てあげるわ」


 本当に隅々までチェックされるが、もちろん異常は見つからない。記憶についても調べられたのだが問題は発見されず、このまま数日泊まり込み、魔力過剰症候群の方の診察もするらしい。


 それにしても、フリーダ・ヴェルナーがルーシャスの主治医だったとは。彼女は主人公の恩師が思いを寄せる人物で、ゲームの中では帝都にいた。謎多き人物だったが、帝都に来る前はシャドウブレイズ領に居たのか……。


 ルーシャスが起こした騒動により、シャドウブレイズ領は閉鎖され立ち入り禁止に……ルーシャスは帝都に向かってゴーレムを進行させたのに、なぜシャドウブレイズ領は閉鎖されたのだろうか? 俺が盗賊で忍び込んだ時は、戦争でもしたかのように荒らされた廃墟だった。


 もしかしたら、その辺りにもルーシャスの謎が関係しているのかもしれないな。


 ルーシャス、レティシア、リリアナ、フリーダ。いずれもセブレリにおけるブラックボックスのような存在に触れていると思うと、ワクワクが止まらないのだった。

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