第〇〇五話 実験

「それで、ルシャ様はいったい何をしているのですか! メイドが頭を打った後遺症が残っていると泣きながらリリーを呼びに来たのですよ?」


 確かに地面に向かってぶつぶつ喋っていたら、そう思われても仕方ないな。


「――! 顔から血が出ているじゃないですか!?」


 リリアナは慌ててハンカチで血を拭き取り、傷を確認している。破裂した魔石の破片が当たったようだ。それにしても、顔が近いぞリリアナ。照れるじゃないか。


「大丈夫なようですね。それで、何をしたのですか?」


「ゴーレムを作ろうと思って実験していたんだよ」


 そう言うと、リリアナの表情が険しくなった。


「何を言い出すのかと思えばゴーレムを作るだなんて、どこにもゴーレムなんてないじゃないですか! 早くヴェルナー先生を呼び戻さないと!」


 リリアナが慌てて出て行こうとするので、しがみつく。


「ちょっと、待って! ちゃんと説明するから、取りあえずこれを見て!」


「……何を見れば良いのですか?」


 ん? リリアナの顔が真っ赤……しまった! しがみついた時にリリアナ山脈を掴んでしまっている!


 俺はそっと手を離し、何事もなかったかのように地面を指差した。リリアナもなかったことにしてくれるようだ。ルーシャスの記憶によれば、風呂も一緒に入っているようなので、このくらい許容範囲なんだろう。


「この石コロは何でしょうか?」


 石コロ……俺のゴーレムが石コロだと! まぁ、石コロなんだけど。


「これをゴーレムにできないかと、いろいろと実験していただけなんだ」


「ゴーレムを作る時は、討伐したゴーレムを使うと決まっています。やはりヴェルナー先生を……」


「それじゃあ聞くけど、足りないパーツを石などの素材から作るのもダメなんじゃないの?」


「……言われてみればそうですが、一部なら別のパーツでも良いのでは?」


「その境界線が分からないから実験していたんだよ。小さなゴーレムを作ることができれば、魔力を消費して体調の改善ができると思って」


「確かに普通のゴーレムを動かされると邪魔ですし、それでルシャ様の体調が良くなるのなら……」


 上手くいったか? 両親は俺に関することをリリアナに一任しているので、リリアナが協力してくれないと色々と面倒なのだ。


「いずれ魔力を消費するためのゴーレム素材は用意していましたが、小さなゴーレムを作ることが可能なら、より体調の改善が望めるでしょう。最近は倒れる頻度も上がっていますので、リリーが協力しましょう」


「リリアナが協力してくれるなら心強いよ」


 それにしても、ゴーレム素材、すでに用意してあったのだな……考えてみれば公爵家の嫡男のスキルがゴーレムなんだ、早めに揃えていても不思議ではない。


「お任せ下さい。それでは早速参りましょう」


「どこへ?」


「もちろん、採石場でございます」


 ◆ ◆ ◆


 馬車に揺られて採石場へ向かう。石の加工は採石場でやってくれるらしく、ゴーレムの不足パーツも作ってくれるそうだ。


 シャドウブレイズ領は、鉱山や採石場で採れる資源が主な収入源だ。その代わりではないが、土地は荒れていて、農業などは芳しくなく他領からの購入で賄っている。ゲームで侵入したシャドウブレイズ領は、領自体が封鎖されて荒れ放題だった。ルーシャスは領内では人気があるようなので、できれば巻き込まない方法を見つけたい。


 それにしても、道の整備が行き届いていないのも原因の一つかもしれないが、馬車の乗り心地悪すぎないか? ゲームでそんなことを感じたことはなかったが、これは酷すぎる。


 ゲームの世界なんだから、魔法制御のサスペンションとかあってもよさそうだけど、設定の手抜きか? そもそも、馬車じゃなくて魔道車的な乗り物でもよかったはずだ。ゲーム終盤で飛行船が現れたので、それまでは馬車で頑張るしかないのか?


 この世界の文明レベルはゲームの世界であるせいか歪だ。中世ヨーロッパぐらいかと思えば食べ物は現代風だったり、トイレや風呂も現代に近い。どうやって出ているのか分からないシャワーや、流した物がどこに行くのか分からないトイレ、ウォシュレット完備には流石に驚いたが、衛生環境はわりとしっかりしているので助かっている。


 ただし、環境が良いのは貴族や金持ち限定で庶民は違う。庶民でプレイした時、トイレは汲み取り式で、体を洗うのは川や井戸だ。公衆浴場が存在する町もあり、定期的に体を洗わないと病気になったり、告白イベントで不利になったりするのだ。


 それにしても、このルーシャスの体。ただ馬車に乗るということすら耐えられないのか、だんだん視界がぼやけてきた……。


「ルシャ様、大丈夫ですか!?」


 俺の体調の変化を察したのか、リリアナが心配している。


「視界が……」


「喋っては駄目です! 頭をこちらに寝かせてお休みください」


 考えることも億劫になってきた俺はリリアナの膝に頭を預けると、そのまま意識は闇に沈んでいったのだった。

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