第〇〇四話 ゴーレム

 俺は砕いた魔石を手に、屋敷の中庭へと足を運んだ。


 柔らかな日差しが降り注ぐ芝生の上にしゃがみ込み、ひんやりとした小石をいくつか拾い上げる。そして、頭、胴体、手足と、まるで子供の落書きのような人型に並べていった。


 これが、俺の最初の作品の素体となる。


 通常、ゴーレムを生成すると、バラバラになったパーツが魔石を媒介にして繋ぎ合わさる仕組みだ。不思議なことに、魔力を流している間は関節などが滑らかに曲がるが、魔力の供給がなくなると石像のように固まってしまう。



 そして、核である魔石が破壊されると、ゴーレムは元のバラバラな石に戻る。


 魔石は、石を繋ぎとめるための魔力電池のような役割を担っているのだろうか?



 考えても答えは出ない。ならば、試すまでだ。


 俺は並べた頭部の小石の上に、砕いた中で一番小さな魔石を乗せる。


 息を止め、意識を集中させ、指先から魔力を流し込みながら、記憶の中にある詠唱を紡いでいく。



 ――クリエイトゴーレム。

 ――石の塊よ、我が手によって生まれし者。

 ――汝の名は、タイニー。我が意志の下にあれ。

 ――汝に仮初めの命を与えし対価として我が魔力を汝に分け与えん。

 ――汝は我が命令を忠実に従え。

 ――我が敵は汝の敵、我が友は汝の友。

 ――汝は我が盾となり、我が剣となれ。

 ――今、汝の目を開け、汝の心を燃やせ。

 ――タイニーよ、汝、我の呼びかけに起動せよ。



 ゲームの中で何度も練習したおかげで、詠唱は淀みなく口から滑り出た。魔力もイメージ通りに流れている。これなら、普通の材料さえあれば間違いなくゴーレムを作れるはずだ。


 ――パァン!


 ガラスが砕けるような鋭い音と共に、魔石が弾け飛んだ。光の粒子がキラキラと舞い、そのうちの一つが俺の頬をかすめる。

 ゴーレムが起動する気配は、どこにもない。


「魔石が弾け飛んだ!?」


 ゲームでは、生成に失敗してもゴーレムができないだけで、魔石が無くなることなんてなかった。


 未知の現象に、俺の心は恐怖よりも好奇心で満たされていく。なんだか、凄く楽しくなってきた!


 しかし、同時に焦りも感じる。いろいろ試したいのに、手持ちの魔石は限られているのだ。



 詠唱に失敗すると、ゲームでは魔石は光らない。だが、今回は光った。つまり、詠唱自体は成功していると考えられる。


 では、弾け飛んだ原因はどこにある?



 通常のゴーレム生成と違う点は……詠唱以外のすべて、か。


 まず素材だが、討伐したゴーレムのパーツが足りない場合、普通の石で代用することも可能だ。だから、百パーセントゴーレム素材でなくても問題はないはず。


 となると、やはり砕いた魔石に問題があるのだろうか?



 俺は思考を巡らせる。


 ゲームでゴーレム生成に成功すると、光った魔石は額に埋め込まれ、バラバラだった手足は魔力によって結合される。それはまるで、アニメのロボットが合体する時に見える光の線のようなイメージだ。


 仮に魔力を電気、詠唱をプログラムやOSだと仮定する。そうなると魔石は、CPUや電源のような働きをしているのかもしれない。魔石に魔力を流すことでプログラムが実行され、ゴーレムを動かす……。


 詠唱が必要なのは最初だけで、二回目以降は魔力のみで動かせる。つまり、詠唱によって魔石にプログラムを書き込んでいる、と考えることはできないだろうか?



 その仮説でいくと、失敗の原因はなんだ?


 魔石を砕いたことでプログラムを書き込めなかった? いや、光ったのだから実行はされている。


 プログラムを実行するだけの魔力が足りなかった? それも違う。魔力不足なら、そもそも光らない。これはゲームで経験済みだ。



 破裂した魔石は、まるで許容量を超えたエネルギーが暴発したかのようだ。


 流し込んだ俺の魔力が、この小さな魔石には多すぎたのだろうか?


 ゲームでは魔力量の調整など意識したこともない。だが、試す価値はある。


 俺はもう一度、同じように小石を並べ、砕いた魔石を乗せた。


 今度は、蛇口を少しだけひねるようなイメージで、魔力を慎重に、ごく少量だけ流し込む。



 パンッ!



 またしても、乾いた破裂音が虚しく響き渡る。魔石は跡形もなく砕け散ってしまった。



「……分からない」



 魔力を減らしたはずなのに、感覚的にはさっきと同じだった。いや、違う。まるで魔石の方から勝手に魔力を吸い上げていったような、そんな奇妙な感覚。


 吸い上げられた量は微々たるもので、普通のゴーレムを生成するなら、もっと大量の魔力が必要になるはずだ。



 やはり、既存のルールにないアレンジなんて、そう簡単にできるものではないか。


 何が悪いのか、皆目見当もつかない。今度は詠唱の方を変えて、魔石が光るかどうか試してみるか……?



「ルシャ様は、一体何をなさっているのですか! ヴェルナー先生は帰られたばかりで、しばらくは連絡がつかないのですよ?」



 風のように現れたリリアナが、呆れと心配の入り混じった声で俺を咎める。


 どうやら、二時間近くも地面に並べた小石に向かってブツブツと詠唱を繰り返す俺の奇行を見かねたメイドが、慌ててリリアナに報せてしまったらしい。


 リリアナがいない間はメイドたちが監視しているのを、すっかり忘れていた。彼女たちは俺の魔力の影響を避けるため、常に距離を置いて見守っている。だから、ついその存在を忘れてしまうのだ。


 この世界には魔通信という固定電話のような魔道具があるが、携帯電話のように持ち運べるものはない。つまり、屋敷を出て帰路についているフリーダに、今すぐ連絡を取る術はないということだ。



 この調子で実験を続ければ、また誰かに見つかるのは時間の問題だろう。


 リリアナには、ある程度事情を話しておいた方が今後のためにも良さそうだ。俺は観念して、口を開くことにした。

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