第〇二二話 Sideレティシア

 馬車が遠ざかるにつれ、ルー君の姿が小さくなっていくのを見つめていると、胸の奥から寂しさがじわじわと広がってきました。たった十日、一緒にいただけで、体の一部を失った気分です。


「お嬢様、最後の口づけは婚約者の段階でしてはいけません。今回の一連の不適切な行動も含め、陛下に報告させていただきますので」


「好きにして」


 侍女のせいで別れが台無しです。馬車の中のカーテンを閉め、一人になります。


 城に帰れば、また周りは敵だらけ……それに比べ、シャドウブレイズ領の人たちは優しかかった……。


 虹色の魔石が入ったお守り袋を握りしめると、ルー君の魔力を感じます。このお守り袋は、ルー君のお母様が用意してくれたものです。


 ルー君は素敵でかっこよく、とても優しい人。未来の私が愛したのも当然ですね。私も一目で恋に落ちましたし。


 八歳の時、私の部屋に侵入した怪しいローブの人から未来の私の日記だと渡されたときは嘘だと思いましたが、日記を読み進めるうちに、過去の私、つまり今の私に宛てたメッセージを見つけ、本物だと確信しました。


 そのページは、ほとんどない私の魔力で浮かび上がるようにできており、未来の私の悲痛な思いと共に「未来の私を消して」と書かれていました。未来の私は、ルー君の命で手に入れた未来を生涯悔やんでいたようです。


 私は未来を変えるためにいろいろ調べて初めますが、すぐ壁にぶち当たりました。


 日記に書かれているような大きなゴーレムは存在しておらず、とても日記に書かれているようなことは起こらないと思い始めたさなか、シャドウブレイズ公爵夫妻を紹介され、ルー君が婚約者になったと告げられたのです。


 私は婚約者に会ってみたいと公爵夫妻に頼んだところ、快諾してくれます。頻繁に休憩を取りながら、何とかシャドウブレイズ領に到着しました。


 シャドウブレイズ領について驚いたのは、ルー君はまだ出会ってもいない私のためにゴーレムの研究をしていたのです。もちろん、私のためとは言ってないですが、何となく理解してしまいました。もしかして、ローブの人がルー君にも何か言ったのでしょうか? もしそうだとしたら、ルー君は私を死なせないために……。


 回復魔法が使えない無能のままルー君に嫁げば未来は変えられると思っていたのは、甘かったようですね。


 ルー君は、自身が使えない回復魔法の詠唱まで覚えていて、私に教えるためだけに覚えたと思うと、ゴーレムの研究を止めてほしいとは言えません。




 帰路を進むにつれて、体の中に満たされていたルー君の魔力が薄れてきたのか、体調が悪くなってきました。


 シャドウブレイズ公爵は、私の体を気遣って頻繁に休憩を挟んでくれましたが、今いる騎士や侍女は早く帝都に帰りたいのか、頼んでも休憩を取ってくれません。


 意識が遠のきそうになりながら、ルー君の侍女から何かもらったのを思い出します。彼女は帰りの道中でつらくなったら開けるように言っていたので、袋の中を見てみると、厳重に包まれた小包が三つ入っていました。


 紐を解き、包みを開けるとルー君の魔力が溢れてきました!


 中に入っていたのはルー君の寝巻き……。


 顔を埋めて深呼吸すると、体の中にルー君が満たされていきます。あのエルフの侍女、何を考えているのか全く分かりませんが、今回は助かりました。


 小包はまだ二つあるので、大切に使わせてもらいましょう。


 カーテンの向こう側で大きな音が聞こえたので覗くと、侍女が倒れたようです。ルー君の魔力が馬車の中に溢れているせいですね。離れていても、ルー君が守ってくれているみたいで、嬉しくなったのでした。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 帝都に帰り、ルー君を死なせないために、今後の計画を練り直すことにします。


 ちなみに、侍女は帝都に着いても倒れたままだったので、クビになりました。次は、もう少しましな侍女だとよいですね。


 早々に結婚してしまうのが一番のような気がしますが、問題はタイミングです。本来なら二年後に初めて会うはずだったので、今回の訪問が良い方向に傾けばよいと思いながら、日記を読み直して驚愕しました。


「日記に今回の出会いが追記されている!!」


 嘘だと思い、日記を読み進めます……。


「ルー君が死ぬ未来だけ変わっていない……」


 細かなところはいつでも読めると思って、詳しく覚えていなかったのですが、若干違うような気がします。今回の出会いでルー君への愛が深まったせいか、最後の私の絶望感が増えていますね。前の日記は未来の私が書いた日記で、他人事といった感覚があったのですが、今回書き換わったことにより、私の未来の日記になってしまった感覚で胸が締め付けられます。


「そうだ! ルー君との結婚はどうなったのでしょうか!?」


 ……婚約者のままですね。ローブの人が去り際に『運命を変えることは容易でない』と言っていたことを思い出したのでした。

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