3-6 二人の距離と影
二人はそのままアルノルトの公爵邸へと向かった。お茶を出してもらって一息ついてから、リーゼロッテは心配そうに言った。
「アル、大丈夫?もう少しで殺されるところだったなんて、怖いよね……」
「いや毒の混入はしょっ中あることだし。今度からはいっそう気をつける。心配させてごめん」
「アル……」
毒の混入が日常茶飯事になっているなんて、悲しいことだ。でもアルノルトは前向きだった。
「今日で真犯人に対する大きな手かがりを得られたことが大きいよ。取れる対策も、かなり変わってくる。だからリーゼ、そんな顔をしないで」
「うん……」
アルノルトはリーゼロッテの頬にするりと手を当て、口付けをしようとした。しかしその瞬間、タンザナイトの美しい瞳に躊躇うような色が浮かび、動きが止まった。
「?どうしたの?」
「い、いや……その。ファンから逃げた時は、どさくさに紛れて、リーゼに思い切り触ってしまったと思って。改めて、ごめん。俺のことが怖くなってない?」
「なってないよ。…………わ、私、嫌じゃなかった、よ…………」
リーゼロッテはぷしゅうと真っ赤になりながら、小声で言った。
「その。…………あんな風に、また、触って、欲しい、な…………」
「は…………?い、嫌じゃないのか?」
「う、うん。その………………興味はある、よ」
リーゼロッテが恥を忍んで申告すると、アルノルトは目を丸くした。
「そ、そうなのか……?リーゼ。俺は……君を怖がらせたくなくて……今まで、君に触れるのをずっと我慢してた」
「そうなの?我慢、しないで欲しいな……。私は、閨教育をもう受けているし。前世でもその、経験はないけど……そういう小説を読んだことは、正直あるから……」
「そうか。……そう、なのか」
アルノルトはじっと考え込んだ後、思い切ったように提案してきた。
「じゃあ……時々、あんな風に触れてもいい?」
「……う、うん。いいよ……?」
「リーゼ……!ありがとう」
それから二人とも赤面しながら立ち上がり、お互いを抱き締めあった。そのまま深いキスをする。
「ん…………ふ………………」
「っは……。可愛い、真っ赤だ」
「だって……」
「あの時は表情が見えなかったから。嬉しい」
こうして二人は、ひょんなきっかけから、大きく関係を進展させることになったのである。
♦︎♢♦︎
所変わって、ここは古城の中だ。屋根はぼろぼろで雨漏りがひどく、床がところどころ抜け落ちている。明かりも殆どなく、とても薄気味悪い雰囲気である。「幽霊が出る」という噂まで立っており、ほとんど人が寄りつかない。影の世界で生きるような者にとっては、絶好の隠れ場所でもある。
女が男に言った。
「今回はしくったね。お前は毒にも強いのにさ…………」
「いや、功を焦った。単純な方法でアルノルト・シュナーベルを殺そうとしたのが、そもそもの間違いだったんだ」
女は至極楽しそうだが、男はかなり苛ついているようだ。続けて言った。
「恐らく、時を止めていることまではバレていないと思うんだが……まさか、痴話喧嘩に巻き込まれるとはな……」
「だがアルノルトは、普段VIPの食事席でしか飲食をしない。今回を逃せば、毒の混入はしばらく困難だろうね」
「いや、今回の毒にも、後で気付かれた可能性はある。同じ手はもう使えない。奴を殺すには、やはり呪いが必要だと言うことだ」
男は古い書物を開く。表紙が真っ黒で何も書かれていない、不気味な想定の書物だった。
「魔力暴走の呪いは解かれてしまったし……俺は別の呪いを習得する」
「私が魔獣を暴走させても、討伐されてしまったしね。私ももう一つくらい、新しく何か習得するかね。一年以上はかかるだろうが、仕方ないか……」
「これは長期計画で行くしかない。それから……ターゲットを増やす必要が出てきたと思う」
「それは……アルノルトの婚約者の、あの女?」
女が言うと、男は大きく頷いた。
「そうだ。あの女がいることも、アルノルト暗殺の阻害になっている。……リーゼロッテ・ニーマイヤー……そもそも、彼女の特異魔術は強力すぎる」
「リーゼロッテか。確かに。私たちが動くほどじゃないけど……別の刺客を送り込む必要があるかもしれないね。本国に連絡を取ろうか」
「そうしよう。俺たちは、新しい呪いの習得だ」
「はいよ〜」
そうして古城の暗がりの中に、二人の影はすっと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます