1-12 父の説得(アルノルトサイド)

「父上、お話があります」


 退院して帰宅し、アルノルトはすぐに父の書斎へ向かった。父エアハルトは、いつもここで仕事をしているのだ。

 今日の彼はは少しだけ驚いた様子で、その青い目を見開いていた。珍しいことだ。そもそも父子で話をする機会が、ほとんどない。


「もう体は良いのか」

「はい。リーゼロッテ・ニーマイヤー伯爵令嬢が身を挺して庇ってくれたお陰です」

「そうか……」

「俺は彼女に……リーゼロッテに、結婚を申し込みたいと考えています」


 アルノルトは率直に本題を切り出した。宰相として辣腕を振るう父の目が、品定めをするようにギラリと光る。アルノルトは怖気付かずに、言葉を続けた。


「俺は彼女を愛しています」

「ふむ。それは結構。…………で?うちにとっての利は何だ?」


 間髪を入れずに質問が飛んでくる。アルノルトの父親は、生粋のリアリストなのだ。彼は常に、魑魅魍魎ちみもうりょう蔓延はびこる貴族社会をまとめ上げ、誰よりも狡猾に立ち回っているような人物である。単に惚れたというだけでは、伯爵家と婚姻を結ぶことなど許されない。それはよくよく理解しているので、アルノルトは落ち着いて続けた。


「ニーマイヤー伯爵家は、ただの伯爵家ではありません。伯爵は我が国最大規模の学園、王立学園の学長。その夫人も教職についている。ニーマイヤー伯爵家と縁を結ぶことは、教育機関を強い支持基盤にすることと同義です」

「ふむ。続けろ」


 話を続ける許しが出た。父は聞く姿勢を保っている。アルノルトは畳み掛けた。


「そして何より、此度こたびの暴走事件を抑え込んだ、リーゼロッテ自身の特異魔術。あまりにも有用性が高く、今後の国の先行きを左右するものです。我が家で囲う利は大きい」


 本当はリーゼロッテを囲うだとか、彼女を国のために役立てるだとか、そんなことをするつもりはない。けれど父を説得するために、アルノルトはこのカードを切った。

 

「具体的には?」

「彼女の魔術は【異次元への扉】。異空間を接続するという、他に類を見ないものです。この異空間には、入れるものの質量に上限がない。そして空間の中は、常に時間の経過が止まっている。俺がこの目で確かめ、検証しました」

「ほう……」

「例を出します。例えば国庫の小麦の備蓄に、この魔術を使用すれば?中の小麦は新鮮なまま保持され、傷まない。そして彼女が魔術を使えば、任意の場所で、すぐさま小麦を放出することが可能です。運搬の時間とコストを、大きくカットすることができる。これは飢饉への備えの、常識を覆すものです」

「確かに、素晴らしい魔術だ」


 父は腕を組み、顎に手を当てて熟考し始めた。彼女の特異魔術の使い道について、幾通りもの考えが浮かんでいることだろう。アルノルトはさらに続けた。


「魔術師としての俺の見立てでは、将来的には彼女の魔術で、空間と空間を接続することも可能になると考えています。瞬時に物資や人員を、遠隔に運べることになります」

「……」

「例えば災害時の、速やかな人的支援や物資の配給。それすらもタイムラグなしで可能になる。彼女自身を我が家に迎え入れる利は、計り知れないかと考えます」

「……ふむ。上出来だ」


 父エアハルトは重々しく、一度頷いた。アルノルトを鋭く見据える。


「婚約を認めよう」

「ありがとうございます。すぐに、公爵家から正式に婚約の申し入れをします」


 エアハルトはすっと手を上げた。これは会話を打ち切る合図だ。

 アルノルトは、許可をもらえた大きな喜びを綺麗に隠したまま、一度礼をして部屋を辞した。そしてすぐに婚約の申し入れに取り掛かろうと、小さく走り出した。


 ドアの音が聞こえ、アルノルトが立ち去ったのを確認した後、エアハルトは小さく小さく呟いた。


 「愛する人を見つけられたか……アルよ」


 父の思いを、息子が知ることはなかった。

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