1-13 刺客と標的のそれから

 アルノルトとリーゼロッテの婚約は、無事結ばれることとなった。

 リーゼロッテは退院したアルノルトに伴い、フリッツ王太子の元を訪れていた。アルノルトが手紙で事前に事情を説明しているので、フリッツは『小説』のことも知っている。


 フリッツは笑顔で二人を出迎えてくれた。彼は金髪の長髪に薄紫の目をした、中性的な容姿を持つ人である。


「色々あったけど、婚約おめでとう」

「ありがとうございます」


 フリッツは人払いをした後、穏やかに話し始めた。


「しかしアルノルト、あまりにも水臭いじゃないか。僕に何も話してくれないなんて」

「実際に起こるとは、確証のない話でしたから。人を動かすわけにいきませんし、殿下の御身を危険に晒すわけにもいきませんでした」

「お前は相変わらず、人を信用していないな……とにかく、無事で良かった。危ないところだったがね。リーゼロッテ嬢……我が友、アルノルトを救ってくれて、本当にありがとう」

「いいえ……!!私は、それほどのことはしていません」

「いいや、それほどのことをしたんだよ、君は」


 フリッツの薄紫の目にまっすぐ見つめられ、リーゼロッテは恐縮する。フリッツは柔らかく微笑んで続けた。

 

「リーゼロッテ嬢。アルノルトはちょっと人間不信だけど、優しくて誠実な奴だ、宜しく頼むよ」

「はい……!!」


 フリッツはふと真剣な眼差しになり、アルノルトをじっと見つめながら言った。

 

「今回の件は、間違いなく呪いによるものだと思う。しかし、アルノルト。君の体には呪いの痕が見られない」

「そんなことがあるんですか?」

「普通は痕が残る。しかし今回の件に関しては…………恐らく、リーゼロッテ嬢が呪いを『解いた』から、痕が消失したんだと思う」

「呪いを『解いた』……?私が、ですか?」


 リーゼロッテはぽかんとする。全く身に覚えがないからだ。

 

「そう。呪いは『解く』ことができるんだ。当日の状況の話は既に聞いたけれど、リーゼロッテ嬢がアルノルトを抱きしめた瞬間……暴走が、治ったんだろう?」

「はい、確かにそうでした」

「きっとアルノルトの心が、それで満たされたからだと…………僕は推察している」

「心が……?」


 リーゼロッテは首を傾げた。心の状態が呪いに関係する、と言うことなのだろうか。

 

「呪いは何かの綻びや隙に向けて、仕掛けられやすい。今回の場合はアルノルトの『心の隙』……お前の孤独につけこまれて、呪いがかけられたんじゃないかと、僕は推測している」

「その推察は、的を得ていると思います」


 アルノルトが一つ頷いた。彼としては、実感するところがあったらしい。リーゼロッテはフリッツに質問をした。

 

「では、アルを孤独にしなければ……もうこの呪いには、かからないということですか……?」

「恐らく。心の隙がなくなれば、それだけ呪いに対する防御力が高まる。少なくとも今回の呪い……魔力を暴走させる呪いには対処できると考えているよ」


 それは心強い話だ。小説によればアルノルトは、十七歳の時にも魔力を暴走させてしまう予定である。しかし、それを未然に防げるかもしれない。

 

「ただし、呪いには膨大な種類があると言われている。相手が次にどんなものを仕掛けてくるかはわからない。アルノルトが狙われ続けるのは、変わらないだろう。油断は禁物だよ」

「はい…!」


 リーゼロッテは力強く返事をした。隣にいたアルノルトが、リーゼロッテの手をぎゅっと握った。それを握り返す。

 

「次からは僕もなるべく協力するから、一緒に戦っていこう」

「わかりました」

「ありがとうございます」


 フリッツとの話し合いは、このようにして終わった。


 

 ♦︎♢♦︎

 

 

 アルノルトは退院して以降、取り巻きを拒絶するようになった。なんと「婚約者と過ごすから近づかないでくれ」と言ったのだ。アルノルトファンクラブは、阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 授業のある教室の席につき、リーゼロッテは彼に遠慮がちに尋ねた。

 

「皆と一緒にいなくて、本当に良いの?」

「うん、君の傍が、一番落ち着くから」


 はっきりと言われてしまい、ぽっと赤くなる。その様子を隣で見ていた人物が、揶揄うように言った。

 

「仲良しだねえ、お二人さん♪ボクもこれからは、なるべくそばにいるからね〜」

 

 声の主はクラリスである。彼女はあの事故の時すぐに駆けつけて、避難誘導をしてくれていたのだという。

 彼女は傷だらけのリーゼロッテが目覚めた時、「ボクには何も出来なかった」と言いながら、さめざめと泣いたのだ。あれ以降、クラリスが隠れて魔術の特訓をしていることを、リーゼロッテは知っている。

 

「クラリス、貴女、また無茶をしているんじゃない?怪我が増えてるわ……」

「キミたちのした無茶に比べれば、なんて事ないよ」


 それからクラリスはその華やかな美貌を翳らせて、申し訳なさそうに言った。


「ボクはずっと、どこか浮ついていて……リーちゃんの『小説』の話を、心から信じてなかった。事件なんて起こるはずないって、心のどこかで思ってたんだ……本当にごめん……」

「クラリス、謝らないで。いいのよ」

「うん。でも、これからはリーちゃんとアルくんを守るよ。ボクは『主人公』なんでしょ?」

「それはそうだけど……」


 心配するリーゼロッテの肩を、アルノルトが撫でた。


「リーゼ、心配するな。俺から見ても、クラリスは相当強い」

「そうそう。ボクは強いんだよ!それに、例えクラスが違っても、取る授業を揃えれば問題ないしね。ボクにはこの『数学1・発展』とか、ちょっと難しすぎるけど……!!」

「勉強はいくらでも見るわ!」

「俺も協力する」

 

 人懐っこいクラリスは、アルノルトとも比較的すぐに打ち解けた。時々彼にも勉強を見てもらいながら、頭を抱えているのだ。

 こうして三人は、大体いつも一緒にいるようになったのである。


 もう季節は夏を迎えようとしていた。

 次の危機がもう、すぐそばに来ていることを――――このときのリーゼロッテたちは、まだ知らなかった。

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