第二章
2-1 事件の兆候とヒーロー
「まただ」
「またですか……」
フリッツが重々しく頷いた。向かい側には、アルノルトとリーゼロッテが座っている。ここは王宮、王太子の執務室である。今日はフリッツから呼び出されて来たのだ。
「また魔獣の出現騒ぎがあった。王都内で、だ」
「魔獣の一般的な生息範囲からすると、考えられないことですね」
魔獣は森の深くや山奥に生息しており、人間のいる場所には滅多に降りてこない。ましてや王都は開発が進んでいる。魔獣が突然出現するのは不自然だ。
「それに、今回の魔獣……鳥型のものだったが、やはり単体で出現した」
「魔獣はドラゴンなどの一部を除けば、群れで行動するのが一般的……。単体での出現が続くのは、妙ですね」
「ああ。俺はこの件も、『呪い』が関わっていると思ってるよ」
「『呪い』ですか……」
リーゼロッテがふるりと震えたので、隣にいるアルノルトがその肩をそっと抱いた。
「『呪い』を使用する者なんて……そんなに多くいるはずがない」
「前回の事件と同一犯か……あるいは同一グループの犯行と見ているということですね?」
「そういうこと」
アルノルトの推理に対して、フリッツは軽く頷いた。
「そういうわけで、犯人は……今回も、アルノルト、お前を狙ってくる可能性が非常に高い。くれぐれも注意すること!」
「分かりました」
「騎士団でも可能な限りの捜査をしている。進展があればまた知らせるよ」
「宜しくお願いします」
今回の密談は、そこで打ち切りとなったのだった。
♦︎♢♦︎
翌日の移動教室中、リーゼロッテはぼんやりとしていた。
「リーゼ、段差に気をつけて」
「うん」
アルノルトは、手を繋いだリーゼロッテを引き寄せた。
何というか婚約してからのアルノルトは、大変甘い。リーゼロッテに向けていつも微笑んでいるし、常に過保護なくらい守ってくれる。リーゼロッテは照れてしまい、頬が熱くなるのを押さえた。
「ぼーっとしてた。考え事、してただろう?」
「ごめんね。また、アルが狙われるのかなと思って……」
「リーゼ、大丈夫だよ。俺はそもそも弱くない。武装していれば、魔獣にも負けない」
確かにそうだ。アルノルトは魔術の天才で、剣術も同世代では抜きん出ている。その上頭脳明晰。簡単にやられるような人物ではないのだ。
「逆に考えれば、武装していない時が危ないってことかしら……」
「それはある。今みたいに、帯剣していない時とかね」
「そうだ。私の異空間に武器を収納しておくのはどう?必要になったら、すぐに渡せるわ」
一瞬で魔術陣を描き、異空間を出す。リーゼロッテは既に、息をするように魔術が使えるようになっていた。異空間の中で異空間を出す試みはまだ成功していないが、あれからも訓練を続けているのだ。
リーゼロッテの提案に、アルノルトは頷いた。
「それはとても良い案だと思う。リーゼの異空間は、どこからでも繋げられるしね」
「うん」
「あとは…………俺が24時間、リーゼと一緒にいれば良いわけか」
「えっ……!?」
リーゼロッテは想像してしまい、ぽぽぽっと赤くなった。おはようからおやすみまで麗しいアルノルトと一緒なんて、いくら何でも心臓に悪すぎる。
「冗談。それは結婚してからだね?」
アルノルトは宝石のタンザナイトのような目を細めて、砂糖菓子より甘く微笑んだ。教室の真ん中でリーゼロッテのサラサラの髪を撫でて一房取り、ちゅっと口付ける。
「俺は今すぐ、そうしたいくらいだけど……」
「あ、アル…………っ」
「お二人さん!!いちゃいちゃしてるとこ、本っ当にごめん!!今日の化学・総合の宿題うつさせてぇええ〜〜!!!」
すっかり二人の世界を築いていたところに、乱入してくる猛者がいた。クラリスだ。周囲で見ていた男子などは「クラリス嬢半端ねえ」「あの空間に入っていくなんて」とどよめいている。
「クラリス、大丈夫よ。宿題、できなかった?」
「頑張ってはみたんだよぉ!でも……でもっ、どうしても意味分かんないとこが、いっぱいあって〜……」
クラリスは二人と一緒にいるため、無理をして上位クラスの授業を選択しており、勉学に大変苦労しているのだ。リーゼロッテが移させてあげるために宿題を出していると、そこに大きな声をかける者がいた。
「フン!クラリス・ハイネマン!お前はもう少し、自分の身の丈に合った授業を取った方が良いんじゃないのか!?」
直裁的な物言いに、クラスは騒めいた。そして、教室の入り口でクラリスに向かって大声を出したその人物を目撃して――――リーゼロッテは、ぴしりと固まった。
そこにいたのは、レオンハルト・マルクス。この世界の原作小説『侯爵令嬢クラリスの事件簿』のシリーズに登場する、ヒーローキャラクター…………つまり、クラリスの恋の相手だったのである。
レオンハルトは赤い髪に、晴れ渡った空のような青い瞳を持つ、大変整った外見をしていた。強気そうな表情も、小説の表紙と全く同じだ。彼は小説では……主人公クラリスのことが放っておけないけど、なかなか素直になれないという、少々難儀な設定だったはず。
現実の二人は、そのまま軽快なやり取りを始めた。
「レオン!!ボクのことは放っておいてって言ってるでしょ!!」
「人が親切に忠告してやったのに……お前は本当に可愛くないなっ、クラリス!」
「よけーなお世話だよっ!!レオンに可愛いと思われなくていいもん!!」
「……ああ言えばこう言う……っ!!」
――あらあら。なんだか、レオンハルトは小説通り、クラリスに好意がありそう……?
リーゼロッテは少しわくわくしながら、二人を観察した。レオンハルトは、言うなれば……小学生男子。好きな女の子に素直になれず、虐めてしまうという風情である。なんだか可愛らしい。
しかし、そのレオンハルトはクラリスとの会話もそこそこに、なんと標的をこちらへと移した。
「おい!アルノルト・シュナーベル!!」
「はぁ。またお前か……」
アルノルトはうんざりと言った顔をしている。顔見知りなのだろうか?
「俺は、今回こそお前を倒しにきた!!因縁のライバルとしての、決着をつけるぞ……!!次の剣術大会で、決闘だ!!」
レオンハルトの熱い決闘宣言に、クラスは沸き立った。
なんだか大変なことになったと、リーゼロッテは目を白黒させたのであった。
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