4-6 呼び出し

 リーゼロッテとクラリスは残念ながら敗退してしまったので、学園の森を出て、コロシアムの見学席にやってきた。戦いが佳境を迎え、観客は大いに盛り上がっているようだ。

 そんなリーゼロッテに、声を掛ける者がいた。


「リーゼロッテさん」


 振り返ると、担任の先生、エミリーが立っていた。彼女はその美しい水色の髪を乱れさせて、少し慌てたような表情をしていた。


「先生、どうしたんですか?」

「ニーマイヤー先生……貴女のお母様が、お呼びなの。何だか、急ぎの用事みたいで。私と来てもらえる?」

「母が?分かりました、すぐ行きます」


 リーゼロッテは、すぐにエミリーの後ろについていった。母が学園で、わざわざ呼び出しなんてしたことはない。


 ――何かよほどのことがあったの?もしかして、父に何かあった?

 

 リーゼロッテはぐるぐると嫌な想像を巡らせながら、早歩きでついていった。そうして気づいてみれば、全く人気のない、学園の反対側に出ていた。裏手になっているところで、壁以外何もない場所だ。母がこんな場所へ、わざわざ呼び出すはずがない。今更どっと嫌な感じがして、背中を汗が伝っていく。


「あの……エミリー先生。母は……?」

「リーゼロッテさん。貴女がなかなか一人にならないから、苦労したわ」


 エミリーはその美貌を歪ませ、うっそりと笑った。


「【存在の透過】」


 その途端、エミリーの姿が消えた。途端に暴風が巻き起こる。巨大な竜巻がリーゼロッテの周囲をぐるりと覆い、砂を巻き起こしていった。


 ――逃げ場がない……!!防御が間に合わない!!


「リーゼ」


 しかしその途端、後ろから柔らかな声が聞こえた気がした。巻き起こっていたはずの暴風が、あっという間に消失していく。まるで、何かに打ち消されたかのように。

 腕がくいっと優しく引かれ、背中がすっぽりと温かいものに包まれた。


「アル!!」

「無事で良かった」


 リーゼロッテを抱き締めたのは、他でもないアルノルノトだった。それと同時に、二人をぶわりとドーム状の防御壁が覆う。ダダダダッと音が鳴り、何かから守られた。目の前の青白い壁に刺さったのは、複数の小型ナイフだ。


「そこだ!レオン!」

「もらったぜ!」


 攻撃のため隙ができたのか、一瞬だけエミリーの姿が見えた。それを逃さず、勢いよく斬り込む影が見える。


 ザン!!


「ゔっ!」


 影の主は、ギアを上げたレオンハルトだった。エミリーは肩を大きく斬りつけられ、持っていたナイフをぼとりと落とす。肩から大きく血が噴き出る。

 リーゼロッテを守るように一歩前へ出たアルノルノトは、ぞっとするような冷たい声を出した。


「エミリー・ロバート……調べはついている。今日、虚偽の呼び出しでリーゼを誘導した肉声記録、リーゼを襲う場面の映像も撮った。観念しろ」

「アルノルノト……!!お前は、いくら私が誘惑しても、全然思い通りにならなかった……!!最初から、私を疑っていたと言うのね……」


 エミリーは憎々しげに叫んだ。しかしそこで、彼女はニヤリと狂気の笑みを浮かべた。


「【存在の透過】」

「血痕を追え!」

「言われなくても!!」


 レオンハルトが目にも見えない速さで斬りつける。しかし勢いよく振った剣は――――空気を斬るだけで、から振った。血痕も全て消えている。


「見た目だけじゃない!存在自体を、透過させている!!」

「チッ!逃げられる……!!」


 その時、後ろから朗々とした声がした。


「【魔力のいろどり】!!」


 クラリスだ。彼女は素早く突進した。


「はあっ!!」


 鋭く空中のある一点を、勢いよく剣で突く。


「があっ!!」


 エミリーに見事命中したらしい。突いた点から、まるでぼろぼろと虚偽が剥がれるように、血を流す彼女の姿が現れた。

 

「な…………何故…………?」

「完全に消えたら、本当にこの世から居なくなっちゃうもんね?身体の一部だけは、存在を残してた。私の目は誤魔化せないよっ!!」

「良くやった、クラリス!!」


 その瞬間、アルノルノトが巨大な魔術陣を描き終わった。

 彼の前で青く光る陣の中心から、鋭く何かが伸びていく。鎖だ。黒い鎖はエミリーを、ぐるぐると絡め取っていった。完全に拘束された瞬間、おどろおどろしい魔術文字がどっと溢れ、エミリーは絶叫した。


「ぐあああ……!!!」

「これで魔術も動きも、全て封じた。このまま衛兵に引き渡すぞ」

「何あれ、怖……っ」

「リーゼに手を出そうとするからだ」

「あああ!!」


 アルノルノトは更に一段と、エミリーを締め付けたらしい。全く容赦がない。リーゼロッテが呆気に取られている間に、クラリスが呼んできた衛兵たちがやってきて、エミリーを連行していった。


「アル……レオン……!!た、対抗戦は?」

「適当に終わらせた」

「ええ!?」

「エミリー先生が怪しいって、最初から疑ってたからな!」

「私はなぁんか嫌な予感がしたから、衛兵を呼んできたんだよん!」

「野生の嗅覚だな。さすがだ」


 こうして、エミリー・ロバートは無事に捕縛された。アルノルノトたちが事前に証拠を集めていたので、彼女はそのまま牢に入ることになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る