4-3 イベントに向けた特訓
新任のエミリー先生は、あっという間に大人気になった。男子生徒の大半は彼女に夢中だ。ただし、女子生徒からは大いに反感を買い、
なんと……あのアルノルトさえも、彼女には随分好意的で、学級委員長として非常に積極的に助けている。それに、用心深いアルノルトにしては、エミリーとの距離が近く、やけに親しげなのも大変気になるのだ。彼女と二人で職員室や空き教室に消えることも多く、リーゼロッテはひどく心を痛めていた。
「アルくん、エミリー先生にすっかり懐いてるよね。むむむー」
クラリスが口を尖らせている。二人はプリントの作成があるとかで、またどこかに消えたのだ。リーゼロッテは、どんよりした悲しげな声を出した。
「あんなに美人だし、胸だって……。だから、仕方ないわ…………私、何もかも負けているもの…………」
「リーちゃんをこんなに悲しませるなんて、許せない!!私、アルくんに抗議する!!」
「ちょ、ちょっと待て。アルは、学級委員長を頑張ってるだけじゃねえ?あんまり、色眼鏡で見てやるなよ」
レオンハルトが、珍しくアルノルトを庇った。リーゼロッテは悲しげに目を伏せながら、返事をした。
「そうだよね。アルは頑張ってるだけなのに…………嫉妬して見苦しいわ。私…………」
「リーゼロッテもさ、あんま気にすんなよ。アルは、本当にお前のことしか見てないって。俺が保証する!」
「なんでレオンが保証するのさ。まあ委員だから仕方ないってのは私もわかるんだけど。むむむ。しょうがないなぁ。今回は抗議を見送る!」
「そうしろよ。女子は皆、エミリー先生のこと警戒しすぎだって」
「女性陣からは、それはもう反感買いまくってるからね!なんなの?あのピチピチのシャツにスカート!!レオンだって、デレデレしてるじゃん!先生の経歴、やたらと興味持って詳しく聞いたりしてさあ……好き、なんじゃないの?」
「それはない!本当にない。お前、頼むから勘違いすんなよ!」
クラリスが非常にぷんすかして、レオンハルトが必死に言い繕っている。美人すぎる教師の登場は、学園内の様々なカップルの不和を誘発しているのだった。
♦︎♢♦︎
そんな中、フリッツ王子とも話していた、次の大きなイベントが近づいて来た。魔術対抗戦だ。魔術の実践についての成績をつけるために開かれる大規模な大会で、二年生の六月にある。
リーゼロッテは控えめに、だが勇気を出して、アルノルトにお願いをした。
「アル、あのね……。魔術対抗戦が、近づいているでしょ?」
「ああ、そうだな」
「また、何か危険が起こるかもしれないし、対策をしたいの。私、無の空間の中で、更に別の空間を繋げられるようになりたい。異なる場所と場所を繋げることができれば、段違いに強力だわ。でも、一人でいくら訓練しても、行き詰まっていて……また、アルに特訓を見てもらいたいの」
「勿論、良いよ」
「え……良いの?アルは学級委員長もあるし、忙しいから嫌がるかと……。大丈夫?」
「リーゼより優先することなんて、俺にはないから。それに、自衛できる手段を増やすのは大切だ。小説のリーゼロッテにできていたことなんだから、きっと君にもできるようになるよ」
「……うん!ありがとう……」
こうして、リーゼロッテとアルノルトは、懐かしい秘密のガゼポのところで秘密の特訓をすることになったのである。
♦︎♢♦︎
放課後二人は、早速秘密の場所で特訓を開始した。リーゼロッテが瞬時に魔術陣を描き、無の空間を出す。かなり大きな空間を出せるようになって、最大で人一人なら簡単に通れるサイズまでになったのだ。これを見たアルノルトが言った。
「リーゼ。すごく頑張ったんだね。考えたんだけど、俺も一緒に無の空間に入ることはできないだろうか?」
「アルが?……危なくないかな?」
「色々なものの状態がそのまま保存されるくらいだから、問題ないと思う。手を繋いで入ろう。ほら」
アルノルトに手を出され、そこに手を乗せる。ぎゅっと握られると、心の底から安心した。彼の手の感触が、リーゼロッテはもう、大好きになってしまったのだ。
「私が先に入るね。歩くイメージをして入ってくれれば、多分歩けるから……」
「ああ、俺が続く。魔法のイメージは任せてくれ」
真っ黒の異様な空間にリーゼロッテが先に入り、アルノルトが続いた。確かに、彼が入っても特に問題がなかった。
「うわ、暗いな。しかも不気味だ。深層心理の恐怖を誘発するような、独特の空間……。これはリーゼが上手く集中できなくても、仕方ないと思う」
「うん、中に入るとどうしても不安になっちゃって、集中しきれなくて……。でも、アルがいると安心する。ここでもう一度、【異次元の扉】の魔術を使ってみるね」
「ああ。入って来たところとは反対方向に出るように、繋げてみようか。具体的にイメージをして。それが大切だ」
「うん。…………手を、握っていてくれる?」
「勿論」
ぎゅっと握られる。リーゼロッテは一気に勇気が湧いて来た。そこから一生懸命集中して、魔術陣を描く。どうしても集中に苦労して、陣を描くスピードがとてもゆっくりになってしまう。
「も、もう、少し…………」
額に汗をかきながら、何とか魔術陣を描き終わった。かかった時間は五分くらいだろうか。その間、アルノルトはじっと黙って手を握ってくれていた。完成した陣に、魔力を込めて発動する。
ブオン。
入って来た時とは反対方向の、ガゼポが見える方に出口が繋がった。
「できた!できたわ!」
「すごい!頑張ったな」
アルノルトにさらりと頭を撫でられる。手に擦り寄ると、ちゅっと唇にキスをされた。なんと、無の空間でキスをしてしまった。
「ア、アル…………っ!」
「ん。集中を乱されることがあっても、空間を維持できたな。偉いよ。一緒に出てみよう」
「う、うん」
手を繋いで、順番に無の空間から出る。反対方向の場所へ、出ることができた。
「で、出られた……」
「すごい成果だよ。これが応用できれば、無の空間に避難もできるし、人員を遠くから送ることもできる」
「そうよね。すごい成果だわ。でも、無の空間で魔術陣を描くのは、魔力消費がかなり大きいみたい……」
「リーゼ、とても顔色が悪い。今日はもう休んだ方が良いな。閉鎖空間にいる心理的負担だけでなく、特殊な空間で魔術を使うことによる物理的負荷の増加があるのかもしれない。訓練を重ねれば、魔術陣を出すスピードは早められると思うけど……結構辛いのが続くと思うよ。どうする?」
「やるわ。できることは、何でもやりたいの。……でも、一人では全然ダメだった。しばらく……アルの助けを借りても、良い?」
「勿論、俺もそのつもりだよ。魔術陣が早く描けるようになったら、徐々に実践訓練も交えて、戦闘で使えるレベルにしていこう」
「うん!」
リーゼロッテが笑顔で頷くと、ちゅっとまたキスを落とされた。一気に真っ赤になってしまう。
「……こ、これも、訓練?」
「いや、すごく可愛い顔してたから。したくなっただけ」
こうして二人は放課後、空間を繋げる特訓を続けるようになったのである。
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