1-2 刺客令嬢の生い立ち
リーゼロッテの前世は、辛く過酷だった。
彼女は日本という国で、幼い頃から大病に見舞われ、入退院を繰り返して過ごしていた。必死の闘病生活を送るも、病状は悪くなるばかりで、入院する期間の方がどんどん長くなっていった。
家族は途中から、彼女を見ることが辛くなったらしい。段々、見舞いにすら来なくなった。彼女は学校になんか全然行けなかったし、友達なんてもちろん居なかった。
退屈で、毎日やることがなくて、体の調子の良い時は本ばかり読んでいた。本だけは、自由に買って良かったのだ。ネットで次々取り寄せては、ジャンルを問わず様々な本を読んだ。
彼女は孤独だった。いつも、ひとりぼっちだった。辛く、寂しい人生だった。
できるなら恋を、してみたかった。小説の中の素敵なロマンスに、憧れた。それが、最後まで心残りだった。
彼女は恋すら知らないまま、弱冠十七歳で亡くなったのだ。
しかし、今世のリーゼロッテは恵まれていた。
父は王国最大の規模を誇る王立学園の学長で、母はそこの教師をしていた。
二人とも子どもが大好きで、とても教育熱心だった。二人はリーゼロッテを、めいっぱい愛してくれた。一人いる弟のことも、リーゼロッテは大層可愛がっていた。彼女は、とにかく家族が大好きだった。
今世のリーゼロッテは特に病気もせず、健康だった。沢山学べる環境で、よく遊び、よく食べ、すくすくと育ってきたのだ。
しかし、その幸せが……脅かされようとしている。
リーゼロッテが、前世で最期に読んだ小説。
タイトルは『狙われた婚約者〜侯爵令嬢クラリスの事件簿〜』という作品だった。ミステリー要素のあるライトノベルで、中世ヨーロッパ風の世界観が舞台だった。
記憶が確かならば、彼女は間違いなく、その世界に転生しているのだ。
その小説の中で起こる殺人事件で、主人公クラリスの婚約者となったばかりのアルノルト・シュナーベル――――かの美しい少年が、殺害されてしまうのだ。アルノルトが十七歳の時に、王立学園で事件は起こる。主人公クラリスは、その殺人事件の真相に迫る中で、過去に起こった事件のことを調べていく。
舞台は、魔術のある世界観だ。
アルノルト・シュナーベルは十五歳の時、王立学園で魔力を暴走させる事故を起こしてしまっていた。その時に教師であるリーゼロッテの母、ヒルデ・ニーマイヤーを殺害してしまうのだ。世紀の天才と呼ばれるアルノルトが暴発した魔術は、あまりにも強大だった。母ヒルデは他の生徒たちを庇って、命を落とすのである。
しかし、アルノルトは公爵家の嫡男。この事件は公爵家の権力によって、揉み消され、隠蔽されてしまうのだ。
目の前で母を殺されたリーゼロッテは闇に堕ち、復讐に燃える。刺客の令嬢として、小説の主題であるアルノルト殺害事件の、実行犯となるのである。
「い、嫌よ…………お母様が、死ぬのは嫌。初恋の人を、殺すのも嫌…………」
家に帰ったリーゼロッテは気落ちし、さめざめと泣いた。あまりにも辛い、自分の運命を知ってしまったからたわ。
「いいえ……いいえ。まだ諦めるのは早いわ」
リーゼロッテは、思い直して顔を上げた。まだ事件は何も起こっていない。自分が頑張って運命を変えれば、皆助かるかもしれないのだ。
「とにかく、記憶をまとめてみましょう」
リーゼロッテは自分の可愛らしい部屋の机に向かい、黙々と小説の記憶を書き出した。
アルノルトは意図して、最初の魔力暴走事故を起こすわけではない。彼はその頃から何者かに狙われていて、この事件を仕組まれたのである。
この国に普及している魔術では解明できない、古代の術式である『呪い』。それによって、人為的に魔力の暴走が誘発されたという話だったはず。
また、リーゼロッテはアルノルト殺害の実行犯ではあるが、裏で全てを操っていた黒幕の存在は別にいると、小説では示唆されていた。ただし、リーゼロッテは前世、この小説を読み終える前に亡くなってしまったので、オチを知らない。黒幕が誰なのかは、分からないのだ。
「これくらいね……黒幕が分からないのが、かなりの痛手だわ……」
リーゼロッテは深い溜息を吐いた。しかし希望はある。
「この国でも指折りの魔術師である、アルノルト様を殺せるほど、私の魔術は優秀、ということよね……。攻撃にも使えるし、防御にも使える。小説ではお母様を殺された強い恨みで、特異魔術が開花するけれど……今から特訓すれば、もっと早くから使えるようになるかもしれないわ」
そうすれば、リーゼロッテは自力で母親を守ることができる。アルノルトとは王立学園の同級生にあたるのだ。最初の魔力暴走事故の時、リーゼロッテが現場に居合わせることも、小説には書かれていた。
「それに……主人公のクラリス。クラリス・ハイネマン侯爵令嬢……。彼女は犯人特定の鍵となる魔術が使える上、ミステリー小説の主人公になれるほど頭脳明晰。是非、味方につけたい人物だわ」
リーゼロッテは、クラリスの名前を丸で囲った。さすがに公爵嫡男のアルノルトには、なかなか会える機会がないだろうが……侯爵令嬢であるクラリスならば、早くから接触の機会があるかもしれない。爵位も近いし、令嬢同士で交流を深める機会は色々設けられているのだ。
「私……お母様を殺させない。アルノルト様に、殺人を犯させない。絶対に頑張るわ」
こうして、自分の運命を変えるため、リーゼロッテは静かに動き出したのである。
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