2-7 君がいるから

 王宮から帰って、リーゼロッテはアルノルトの部屋でまったりしていた。一応若い男女なので扉が少し開けられているが、使用人たちも慣れたもので、ほとんど二人っきりにしてくれている。

 アルノルトは優雅に紅茶を一口飲んでから、嬉しそうに言った。


「リーゼが淹れてくれると、いつもよりずっと美味しく感じる」

「そうかな……?ありがとう」


 美しく微笑まれて、ぽぽんと赤くなってしまう。サラリとした白銀髪の下の、タンザナイトの瞳は暮れゆく空のような色で、今日も煌めいている。アルノルトの婚約者になってしばらく経つが、この美貌にはなかなか慣れそうにない。


「リーゼには、今回も助けられたね。あの時、武器がなかったら俺たちは死んでいたよ」

「近づけなかったけど、何とか助けになれて良かったわ。でも、早く空間と空間を繋げられるようになりたいな。そうしたら人員を送り込めたんだし……」

「また特訓する?」

「うん。付き合ってくれる?」

「リーゼになら、いくらでも」


 アルノルトの魔術の特訓は、かなり密着して行うものだ。また触れ合う口実ができて正直嬉しい。


「それにしても、今回で小説からかなり話が逸れたね」

「ええ。他国の関与に、複数犯……。敵ももう手段を選んでいない感じがするわ」

「そのうち尻尾を出しそうだ。味方も増えているし、早く追い詰めたいな」


 この言葉に、リーゼロッテは微笑んで言った。


「レオンハルトが味方になってくれて、良かったね」

「うん……俺は、リーゼといると……段々と世界が広がっていく感じがする。友人なんて、今まで居なかったし」

「私は何もしてないわ。アルが、頑張っているからよ」

「そんなことない。俺の原動力は、君だから」


 アルノルトは隣に座っているリーゼロッテに手を伸ばした。丸い頬にそっと手の甲を当てる。リーゼロッテは手を当てられたその部分だけ、じゅわっと熱くなるのを感じた。


「それにしても……ご褒美のキスは、唇にしてくれると思ったけど。ほっぺただったね?」

「み、皆の前でそんなことできないもの……!」


 リーゼロッテは真っ赤になって慌てた。アルノルトは青い目を細め、少しだけ首を傾げた。


「じゃあ、今は?他に誰も居ないよ?」

「…………し、してあげる」


 目を空中にうろうろさせてからぎゅっと瞑り、リーゼロッテは言った。恐る恐る手を伸ばし、アルノルトの両頬をそっと支える。少し角度をつけて端正な顔に近づいていき、唇どうしをそっと押し当てた。

 リーゼロッテからするキスは初めてだ。恥ずかしさと喜びでふわふわしてしまう。


「リーゼ。真っ赤になって……可愛い」

「うう……」

「もう少し、先に進んでも良い?」

「先……?」


 リーゼロッテがこてんと首を傾げると、アルノルトのキスが降って来た。ぬるりとした舌を尖らせて、唇をトントンとノックされる。なんとなく意図がわかったリーゼロッテは、震えながら口端を少しだけ開けた。

 あっという間に、隙間から彼の分厚い舌が入ってくる。口の小さなリーゼロッテは、口じゅうに熱い粘膜の感触を感じてくらりとした。彼の舌は、優しく丁寧にリーゼロッテの歯列をなぞっていく。その後、縮こまった舌に大きな舌を絡ませられて、リーゼロッテは甘い吐息をこぼした。


「ん…………ふぁっ…………」

「…………上手。もう少し、舌を出せる?」

「ん…………」


 言われるがままに一生懸命舌を出すと、じゅっと吸われた。びりびりとした痺れのようなものが、何故か下半身、下腹の底の方に溜まっていく。これが一体何なのか、よく分からない。


「んぅ…………ぁっ…………」

「ん……。はあ、リーゼ」


 アルノルトは少し顔を離して、白磁の目元を赤らめ、恍惚とした声を出した。


「なんて、可愛い顔してるんだ……。そんな顔、絶対外ではしないで」

「……?」


 口を半開きにして、赤い舌を少し出したリーゼロッテの翠の目は涙で潤み、頬は薔薇色に上気していた。アルノルトは堪らず、彼女を強く抱き締めた。


「俺も、我慢が限界になりそうだ……」

「アル、我慢してるの……?」

「色々とね?」

「我慢、しなくて良いよ……?」


 あまりにも純粋すぎるリーゼロッテは、アルノルトの中にある劣情など知りもしないのだ。どうやら閨教育もまだらしい。それに記憶を読み解いた限り、前世でも純粋培養だ。

 アルノルトは少しずつ、慎重に、彼女との関係を進めると決めていた。うぶで照れ屋な彼女を怯えさせたくない。

 

「今はこれで、良いよ」

「うん……?」

「涙の膜が張って、キラキラして綺麗だ……。もう一回、深いキスの練習をしようか?」

「うん……」


 アルノルトに導かれるまま、リーゼロッテは口付けに溺れた。

 ふわふわして、熱くて、大好きなアルノルトでいっぱいになって……それはとても、幸せな時間だった。

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