2-5 魔獣出現騒ぎ

 リーゼロッテは、フリッツ王太子の言葉を思い出していた。

 

 ――ああ。俺はこの件も、『呪い』が関わっていると思ってるよ――

 

 こんな場所、こんなタイミング……誰かが、『呪い』で魔獣を出現させたに違いない。アルノルトが戦いで疲弊しているところを狙ったのだ。狙いは恐らく、アルノルトの命である。


「二人とも、受け取って!!」


 リーゼロッテは無の空間をアルノルトとレオンハルトの前に順番に出し、その中に入っていた真剣を渡した。まずは武器がないと太刀打ちできない。


「ありがとうリーゼ!」

「助かる!」

「ボクも行って来る!」


 クラリスは言うが早いか、真剣を持って駆け出した。

 待機していた衛兵たちが魔獣の前に立ちはだかろうとするが、魔獣はぐっと力を込めて一気に旋風を起こした。


「うわぁああっ!!」


 衛兵が一気に吹き飛ばされる。木が倒れ、見物席と闘技場が分断されてしまった。待機している衛兵たちも、すぐには向こうへ行けない。

 あっという間に駆けつけたクラリスと、旋風の攻撃をギリギリで避けたアルノルト、そしてレオンハルトが孤立している。魔獣がものすごい勢いで突進した。


「レオン、右に避けて!!」

「!!」


 加速したレオンがクラリスの掛け声に合わせて転がった。間一髪だ。巨大なのにものすごいスピードである。

 クラリスが叫んだ。

 

「私が相手の攻撃を見切る!誘導に従って!」

「私はここから、相手の魔術を呑み込むわ!」


 リーゼロッテも叫んだ。距離はあるが、無の空間が出せる射程内だ。魔術の攻撃は一度見たから、次は防御して見せる。

 今度はアルノルトが言った。

 

「俺は魔術で攻撃する。挑発して誘導するから、止めはお前が刺せ!レオン!!」

「分かった!!」

「俺じゃあのスピードを捉えられない!頼んだぞ!」


 アルノルトはレオンハルトに託したようだ。頷いたレオンハルトは加速を使って、大きな木の上へ登り始めた。上から落ちる速度を利用するつもりらしい。


「風がくる!左!!」

「!」


 ぶおんと起こった旋風を、リーゼロッテが何とか呑み込む。瞬時に対応しないと捌ききれない。一瞬の油断が命取りだ。


「風、右!突進、左!!」


 アルノルトは攻撃を紙一重で避けながら魔術陣を描いた。


「はあっ!!」


 剣に旋風を纏わせ、大きく斬りつける。魔獣にはすんでのところで避けられたが、アルノルトは手を翳して出した雷で追撃した。


「ウガアッ――――!!!」


 雷をまともに食らった魔獣は苦しみ、怒り狂って、アルノルトだけに狙いを定めた。


「アル…………!!」

「くるよ!右!!その次は左後ろ!!」

「くっ!!」


 疲弊しているアルノルトは魔法で追い風を起こし、何とか回避していく。次の攻撃も、その次の攻撃も避けた。段々とレオンハルトの待ち構える場所に近づいていく。


「風が来る!左!」

「はい!」


 リーゼロッテも手に汗握りながら魔術を使った。側に行けないのがもどかしい。何とか旋風を全て呑み込む。


「いくぞレオン!」


 叫んだアルノルトは、魔獣の目の前に躍り出た。自分を囮にしたのだ。魔獣は勢いを付け、ものすごい勢いで突進していく。


「――――っ今だ!」


 木から飛び降りたレオンハルトは――――目にも留まらぬ速さで一回転しながら、魔獣の首を切断した。


 ザンッ!!!

 

「――――――――ッ!!!」


 ゴロン、と魔獣の大きな首が転がった。魔獣はもがき苦しみながら、どんどん黒い塵になって消えていく。

 レオンハルトが止めを指したのだ。


 ――何とか、無事に切り抜けた……!!


 リーゼロッテはへなへなとその場に崩れ落ちた。疲弊しきっているレオンハルトとアルノルトも、その場に倒れてしまう。

 そこへ、倒木を何とか越えた衛兵たちが集まっていく。怪我の治療がすぐに始まった。

 リーゼロッテはドキドキする心臓を押さえた。こんなに早く、アルノルトが次の危機に瀕するとは思わなかったのだ。油断していたとも言えよう。


「痕を確認する!転移、起動せよ!!」


 良く響く声がした。フリッツ王太子だ。上の王族席で特別な防御壁に守られていたが、用意していたらしい転移陣ですぐさま下に転移してきた。転移陣は高価なもので、使用できるのは王族くらいのものだ。


「見つけた…………『呪い』の痕だ…………!!」


 魔獣の残渣を見るフリッツの目には、薄紫の魔術陣が浮き上がっていた。

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