第57話私を嫌いになった妹
いつものように、ファイナブル帝国の聖女として、土地の回復に行った帰り間際。
「怪我人?」
「はい、どうやら大怪我を負ったようで、レイン様にすぐに治療して欲しいとのことでした」
馬車に乗り込む寸前だった私とレイン様は、アイナクラ公爵家の部下の一人に呼び止められた。
その人が言うには、ここから少し離れた場所で山崩れが起き、それに巻き込まれた人達に怪我人が出たとのことらしい。
「行きましょうレイン様、怪我をした人がいるなら、治してあげないと」
「それはそうだが……ユウナ、最近休めていないだろう?」
「……ごめんなさい、思いの外上手くいっていなくて」
ただ今私は、レイン様の妻になるべく、絶賛貴族夫人としての教養を受けている最中。
コトコリス男爵令嬢として多少なりとも教養は受けていたものの、私に教養がつくのを嫌がったエミルによって邪魔され、中途半端に終わった。
必死に特訓をしているのだが、何せダンスが得意じゃない。コトコリス男爵時代は私をダンスに誘う人なんていなかったし、ファイナブル帝国の聖女になってからは、苦手だからと避けてきた。
でも、アイナクラ公爵家に嫁ぐ身としては、このままではいけない。いつまでもダンスが苦手だと断ってばかりではいられませんからね。出来れば、私達の婚約の宴までには、ある程度形にしておきたい!
レイン様もアイナクラ公爵様も陛下も、無理はしなくて良いと仰って下さったけど、レイン様に嫁ぐ以上は、ちゃんとしておきたい。
「私は大丈夫ですよ」
「……」
心配性なレイン様は、こうして私の体をいつも気遣ってくれる。不謹慎だけど、こうして私を心配してくれる人がいるのは、嬉しい。
「治療には僕一人で行くから、ユウナは部屋に戻って、少し休んでいてくれ」
「え? でも……」
「ユウナの恩恵は離れても少しの間は有効だし、僕一人でも問題ない、治療を終えたらすぐに戻る」
「レイン様」
「折角ユウナが僕のために頑張ってくれているんだから、僕も出来ることはしたいんだ」
「……ありがとうございます、レイン様」
いつも優しいレイン様。そんなレイン様の妻になるからこそ、頑張らなきゃって思う。
「じゃあ行ってくる」
「はい、よろしくお願いします」
レイン様を見送ると、私は町で用意された宿に戻った。
さて、どうしようかな。
すぐに戻るとは言っていたけど、山崩れの被害によっては時間がかかるでしょうし……これで勉強していたら、レイン様は怒るでしょうか? いえ、レイン様は優しいので怒らないでしょうけど、『また無理して』なんて呆れられるでしょうか?
思案した結果、レイン様が私のために作ってくれた時間は体を休めようと、侍女にお茶の準備を頼んだ。
「ふぅ」
聖女の活動も相まって最近はゆっくり出来なかったから、こうしてのんびりするのは久しぶり。
エミルは自分の都合優先で、忙しくしている所なんて見たことなかったけど、実際はちゃんとすれば、聖女って結構忙しい。
聖女として土地の回復に視察、災害時の救援に、帝国での行事の参加――これら全てを自分優先で動いていたエミルに恐怖しか感じません。
我儘放題の聖女だったエミル。
今やコトコリスの聖女だったエミルの名前は、姉の聖女の力を横取りし、我儘の限りを尽くした偽物の聖女として、ファイナブル帝国中に知れ渡り、更には、シャイナクル侯爵家での宴の件も広まって、頭がお花畑のイカれた女と周知された。
例え私を無理矢理連れ戻したとしても、もうエミルが聖女に返り咲くことは無い。
いくらエミルでも、修道院に送られてしまえば、もう二度と余計なことをすることは出来なくなる。
あれだけエミルを可愛がっていた両親も、即、エミルの修道院行きに同意したというのだから、結局は両親もエミルでは無く、コトコリスの聖女だったエミルを愛でていただけなのでしょうね。
「どうぞ」
部屋のノックが聞こえたので、中に入るように声をかける。
さっき、侍女にお願いしたお茶の用意が出来たんだと思った。
でも、違った。扉を開けて中に入って来たのは――――まるで鏡に映った、自分の姿をした人物だった。
「――エミル?」
元々一卵性の双子で顔がそっくりな私達。
でも、見分け方は簡単で、私達はそれぞれ髪質が違った。私はストレートの腰まである髪、妹は、ふわふわの天然パーマだった。
それが、今目の前にいるエミルは、まるで私のように、ストレートの長い髪をしていて、服装も私と同じものを着ていた。
「どうしてここに……」
「簡単でしたよ、ユウナお姉様のフリをしたら、ここまで案内してくれました」
……今のエミルは私と瓜二つ、間違えるのも仕方ないか……
「修道院に行ったんじゃなかったの?」
「行く途中で抜け出してきたんです、もう、ユウナお姉様に会える機会は無いと思って」
「私に何の用? 私はもう、エミルと話すことはないんだけど」
部屋の中でエミルと二人きりになるのはいつぶりだろう。あの頃と今とでは、立場が百八十度違ってしまった。
「酷いですね、ユウナお姉様……私はあんなに、ユウナお姉様を好きでいてあげたのに」
エミルがいつも私に向けている感情と違っているのは、気付いていた。
「ユウナお姉様、私のために生きてくれないユウナお姉様は嫌いです、大嫌い。もう、いなくなって下さい」
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