第50話不穏な空気
「お帰りなさいませ、ユウナ様、レイン」
「ミモザ様」
アイナクラ公爵邸に着くなり、まるで我が物顔でお茶を嗜んでいるミモザ様が、私達を迎え入れた。
「何しに来た?」
「親友の来訪にそんな顔しないで欲しいなぁレイン。ちょっと顔を見に来たんだ。お茶はメイドに淹れてもらったよ」
ミモザ様はレイン様にそう言い終えると、次に私に視線を向けた。
「レインとの婚約、おめでとうございますユウナ様」
「ありがとうございますミモザ様、もうご存知なんですね」
「はい」
私とレイン様の婚約はさっき決まったばかりなのに、どうやってその情報を? 不思議に思ったけど、深く追求しないことにした。
「あのレインが女性を好きになれるとは思っていなかったので、驚きました」
「驚く……ですか?」
「ええ、レインは昔から沢山の女性に声をかけられてきたのですが、誰一人として見向きもしませんでした。どんな時でも淡々と物事をこなし、何事にも執着しない、興味を持たないタイプ。なので、レインにライバル心を持つルキ兄様やヒュウイシ卿のことも相手にせず、彼等は余計に闘志を燃やしていましたね」
そう言えばルキ様もヒュウイシ様も、レイン様に敵意剥き出しでしたもんね。
「それが、ユウナ様と出会って、人並みに感情を取り乱したり、人間味のある顔をするようになりました。僕だけでなく、陛下もアイナクラ公爵様も、レインがユウナ様に特別な感情を持っているのは丸分かりでしたよ」
私は好意に確信が持てずに悩んでいたのですが、レイン様を良く知る人達からは丸分かりだったんですね。
「で? ミモザは結局何しに来たんだ? わざわざ僕達に祝辞を言いに来たのか?」
「まさか、僕はそんなに暇じゃないよ。ここに来たのは、注意喚起も兼ねてです」
「注意喚起?」
「ルキ兄様がエミル夫人と離婚し、こちらに戻って来ました」
「え……」
ルキ様とエミルが離婚?
「これまた急だな」
いつか離婚するとは思っていましたけど、行き場のないルキ様はまだエミルと離婚しないと思っていたのに……
「どうやらエミル嬢の方がルキ兄様に離婚を突きつけたらしいよ。何でも、真実の愛とやらに目覚めたらしい」
「真実の愛?」
嫌な予感しかしない。
「どうやら、エミル嬢はレインに恋をしたようだね」
やっぱり……
「迷惑だ、僕にはユウナしかいない、ユウナ以外の女を相手にするつもりは微塵も無い」
「それは皆分かってるよ。だが、あの頭の中がお花畑のお嬢様には分からないらしい」
高らかに真実の愛を見つけたとルキ様に離婚を告げ、『本当はルキ様と結婚したくなかった。私は、レイン様と結婚したかったんです! レイン様と私は、運命の悪戯で引き裂かれた恋人同士なんです!』と涙ながらに伝えたらしい。
「戻ってきたルキ兄様は怒り心頭だったよ。『あんな我儘な女と結婚してやったのに、何様だ!』ってね」
どっちもどっちな気がしますけど……
それよりも、エミルのレイン様に対する執着が怖い。まさか、エミルも本当にレイン様のことが好きになったんじゃ……
「というワケで、ルキ兄様は今シャイナクル侯爵邸にいます。今は大人しく僕の補佐をしていますが、ルキ兄様が現状に納得していないのは明らかです」
ただでさえ、ルキ様は婚約時の私への扱いで皆様からの反感を買い、信頼を失っていますからね。それが嫌でコトコリス領に逃げたのに、エミルと離婚したことで戻ってくることになってしまった。
「ルキ兄様がご迷惑をおかけする前に、お二人にルキ兄様が戻って来たことを伝えておこうと思い、こうして参上しました」
「ルキ様が迷惑をかけることが決まっているような言い方をされるんですね。どうして分かるんですか?」
「逆に聞きますが、ユウナ様はエミル嬢がこれ以上迷惑をかけずに大人しくしていると思いますか?」
「……いいえ」
このままエミルが大人しく引き下がるワケが無い、百、絶対に迷惑をかけるに決まってる。
「それと同じですよ。不服ですが兄弟として長く一緒に過ごして来たので、分かってしまうんです」
成程、説得力があります。
「エミル嬢がレインを狙っているように、ルキ兄様も名誉回復のために、また懲りずにユウナ様を手に入れようとするかもしれませんよ」
「い、嫌です! わ、私も……レイン様がいいです。レイン様以外とは、嫌です」
「ユウナ……」
「いちゃつくのは後で二人っきりの時にして下さいね」
「いちゃ!? ご、ごめんなさい、そんなつもりは……」
「あはは。ユウナ様は純真ですね、本当に、エミル嬢とは大違いです」
エミルは一体婚家で何をしていたの? まさか、義家族の前で平気でいちゃついてたの? していそうで怖い!
「勿論、兄のことは見張らせていますが、念の為です。脳内お花畑のエミル嬢のこともありますしね」
陛下にもアイナクラ公爵様にも許可を取り、近日中には、私とレイン様の婚約が正式に発表されることになる。そうなったら常識を持たない妹が何をしでかすか、姉である私も分からない。
「エミル嬢は今、コトコリス領で領民達からも見放され、孤立しています。コトコリス男爵とその夫人は、未だにエミル嬢のことを信じているようですが」
お父様もお母様もしつこいな。そんなにエミルが好きですか? 私のことは一切信じようとしなかったクセに……
「兎にも角にも、油断はしないで下さいね。ルキ兄様もエミル嬢も、お二人に固執しているのは間違いないでしょうから」
「……はい、分かりました」
いつまでも私の幸せを邪魔するエミルとルキ様。
もう私に関わってこないで。静かに、大人しく過ごしてくれれば、これ以上私が何かすることも無い。私をこれ以上傷付けないで。
私を傷付けることしか出来ないのなら――容赦しないから。
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