第45話私のものを何でも欲しがる妹

 


 私がここで最後にしなければいけないこと、それは、コトコリスの領民達を突き放すこと――もう二度と、聖女の力を頼らないように。

 聖女の力に依存したままでは、この地はまた枯れ果てることになる。自分達で努力して、土地を維持していく。その意識を持ってもらわないと困るの。


「そんな! 私達を見捨てるんですか!?」


「いつまで聖女の力を頼るんですか? 聖女はいつか、いなくなるんですよ?」


 不老不死とかじゃないんだから。必ず寿命が来て、死んでいく。そうなった時、こんな怠惰でどうする気なの?


「いい加減自立して下さい」


 ここまで甘やかしてしまったエミル、そして私にも責任があるので、こうして決別をわざわざ伝えているんです。


「で、でも、今更どうすれば……」


「大地のケアや農作物の育て方は部下が残って教えるから、子供や孫のためにも、自分達で努力しろ」


 本当にどうすればいいのか分からず戸惑っている領民達に、レイン様は呆れたように声をかけた。


「子供や……孫……!」


「自分達の利益のためにユウナを蔑ろにしたことを少しでも悔いているのなら、もうユウナを解放しろ。辛い思い出しかないこの地を助けに来たユウナの気持ちを汲め」


「……はい」


 ここでようやく諦めた領民達は、レイン様の言葉に力無く頷いた。


 本来なら土地の経過観察含め、今後の土地のケアを住民達に任せて行くのも聖女の活動の一つなのだが、私はここに長く留まりたくない。だから今回はレイン様の部下の方々に任せ、私は一足先に帰ることにした。


「さようならコトコリスの皆さん。一生懸命、頑張って下さいね」


「……はい、本当に申し訳ありませんでした、ユウナ様」


「はい」


 今まで一番心の籠った謝罪に聞こえたので、その気持ちだけは受け取った。

 エミルに騙されていたのかもしれませんが、エミルに機嫌よく過ごしてもらうために私を犠牲にしていたのは確かですから、全てを水に流して許すことは出来ません。


「ユウナ、大丈夫か?」


「大丈夫ですよ、これでコトコリス領で私がやるべきことは全て終えたので、スッキリしています。やっとアイナクラ公爵邸に帰れますね」


「ああ」


「早く帰ってゆっくりしたいです」


「そうだな」


 レイン様と二人並んでアクアの町を歩くなんて、考えてみれば不思議な感覚。

 ずっとエミルと並んで町を歩くのが嫌だった、冷たい視線や言葉が怖くて、いつも怯えていた。でも、今はもう怖くない。レイン様と一緒なら――

 横顔を見るだけでドキドキするのは、レイン様に恋をしたからですね。


 レイン様を好きと自覚したからって、恋愛経験皆無の私にはどうすることも出来ませんけどね!


 ずっと妹の影として生きてきた私は、男の人と関わる機会もそんなに無くて、コトコリス男爵家が主催する宴に参加することはあったけど、参加する男性は皆、エミル目当てで、私には目もくれなかった。当然、そんな私に恋愛経験があるわけがない。

 婚約者だったルキ様を好きになろうと努力したことはあったけど、結局、好きになれなかったから、レイン様が正真正銘、私の初恋。

 本当に、あんな顔だけしか取り柄の無いルキ様を好きにならなくて良かった。その点だけは、奪ってくれたエミルに感謝してもいいです。


 エミルも当時、男の人にチヤホヤはされていたけど、お父様がエミルの婚約者を厳選していたから、特定の誰かとお付き合いをしたことは無かった。エミルも、私以外の誰かを本気で好きになったことが無かったんだと思う。

 そんなエミルが、私からルキ様を奪って、お父様に懇願してまで、結婚した。


 エミルは、私が自分以外の誰かと親しくなることを好まない。そして、私のものを何でも欲しがる。私から奪ってでも――



「レイン様!」


「――エミル?」


 宿までの帰路をレイン様と楽しくお話しながら歩いていたのを邪魔した相手は、一週間前にコテンパンにしたはずのエミルだった。

 大人しくしていると思っていたら……一体何の用なの? 立ち直りが早いのだけは凄いなって思います。


「ああ、良かった。やっとお会い出来ましたね、レイン様!」


「――は?」


 花が咲くような笑顔で話し掛けるエミルと相反して、絶対零度の冷めた表情で迎え入れるレイン様。


 怖い、レイン様、顔が怖いです。心底嫌だって顔に出ています!


「私、ずっとレイン様とお話したくて、ユウナお姉様が土地の回復を終えるのを待っていたんです」


 ああ、だからその間大人しくしていたんですね……いや、レイン様とお話したいって、何? 今まで見向きもしなかったのに……まさか、また私のものに執着してるの? レイン様に目をつけたの?


 レイン様を――私から奪う気なの?


「だ、駄目!」


 反射的に、レイン様の前に立ち、エミルから遮断してしまった。


「ユウナお姉様、私、レイン様と仲良くなりたいんです。そこをどいて下さい」


「嫌! 何でエミルがレイン様と仲良くなるのよ!? エミルにはルキ様がいるでしょう!?」


 ルキ様の時だって、エミルに奪われて、私はショックを受けた。でもそれがレイン様になったら――私はルキ様の時なんかよりもずっとずっと、ショックを受けるに違いない。

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