第26話聖女を祝う宴
――――私にとって宴は、良い思い出がないものだ。
家族に虐げられ、社交界自体にあまり参加してこなかった私だけど、一切不参加だったワケじゃない。特に、コトコリス男爵家で行われた宴には、強制的に参加させられた。
『お誕生日おめでとうございますエミル様』
『エミル様、沢山の贈り物を持ってきたので、是非受け取って下さい』
『私とダンスを踊って頂けませんか? エミル様』
コトコリスの聖女であるエミルの誕生日を祝う宴には、沢山の訪問客が訪れ、皆が口々に妹を祝った。
『ありがとうございます。皆さんに誕生日を祝ってもらえて、私はとても幸せです』
『良かったなエミル』
『さぁエミル。あっちでケーキを食べましょう。とても美味しいケーキを用意したのよ』
『ありがとうお父様、お母様』
『……』
幸せそうな家族を横目に、私は一人、会場の端に用意された椅子に座って、ただ時間を過ぎるのを待った。
――エミルの誕生日は、双子の姉である私の誕生日でもあった。
『――っと、なんだ、ユウナか』
『……ルキ様』
『エミル!』
遅れてコトコリス男爵邸に来たルキ様は、私に目もくれず、エミルのもとに向かった。
『ルキ様! 来て下さったんですね!』
『ああ、勿論。エミルの誕生日なんだ、何をさしておいてもお祝いにくるさ』
『嬉しいです』
『……』
ルキ様と婚約して、初めて迎えた誕生日だった。でも、去年同様、誰も私を祝う人はいなかった。
お父様もお母様もルキ様も、招待されたお客様の誰も、おめでとうの一つも、声をかけてくれなかった。
『あれが出来損ないの姉の方か』
『辛気臭いな。いつも明るく可愛らしいエミル様とは大違いだ』
『聖女であるエミル様を妬んで、虐めてるらしい』
いつもいつも、私はエミルの引き立て役。妹と比べられて、冷笑され、辛辣な言葉を投げ掛けられる。
宴は私にとって地獄だった。
私以外の家族の幸せな顔や声を聞きながら、自分が惨めになる時間。
『……甘い』
一人、テーブルに用意されたケーキを頬張る。
私のために用意された小さな一人分のケーキは、甘いだけで少しも美味しいと思わなかった。
『ユウナお姉様、誕生日おめでとうございます』
とってつけたようなお祝いの言葉。宴が終わり、日を跨いだ深夜、エミルを寝かしつけるために訪れた部屋で、いつも、エミルは最後に、私に確認する。
『ねぇユウナお姉様、私以外の誰かにお祝いされましたか?』
『……いいえ』
『じゃあ、ユウナお姉様をお祝い出来たのは私だけなんですね、良かったぁ』
満面の笑みを浮かべ、満足そうに、エミルは私に抱きつきいた。
『ユウナお姉様、大好きです。ずーっと、一緒にいましょうね』
『……』
大嫌い。
私は何度、この言葉を飲み込んだだろう。我慢して我慢して、あの日、限界がきた。
大好きって言葉で、私はどれだけ縛られて、傷付けられて、我慢してきたんだろう。私にとって大好きは呪われた言葉。
ああ、良かった。やっと自由に本音を言える。
私はエミルなんて嫌い。大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い。
大嫌い。
*****
聖女は数百年に一度現れるかどうかの奇跡の存在であり、大地に力を与え、枯れ果てた土地に実りを与える特別な魔法を持つ。
ファイナブル帝国に現れた歴代の聖女達は、皆、ファイナブル帝国のために尽くし、人々を助け、帝国を豊かにさせた。
そんな聖女に感謝を込め、聖女を祝う催しが、今日、皇宮主催で開かれる――――
「ファイナブル帝国の聖女、ユウナ。其方の聖女としての活動に深く感謝している。ファイナブル帝国を代表して、礼を言う」
集まった貴族全員に見守られ、皇帝陛下からお言葉を頂く。
「身に余るお言葉、ありがとうございます」
「うむ、皆も今宵は思う存分楽しむとよい」
陛下からのお言葉が終わると、周りからは大きな拍手が鳴り響き、そのまま宴は始まった。
「ユウナ様、傷付いた土地を回復して頂いてありがとうございますわ」
「ユウナ様、この前のお礼にささやかな贈り物を用意したのですが、受け取って下さい」
宴が始まると、私の周りにはすぐに人だかり出来、次々と入れ替わりに声をかけられた。
「――皆様、温かいお言葉ありがとうございます」
宴でこんな風に注目された経験が無いので、正直、戸惑っています。
一人でただ我慢するだけの地獄の時間だったのに、急に皇室主催で開かれる宴の主役になるって、落差が激しすぎて……元から、エミルと違って目立つのは苦手ですし。
「ユウナ様、よろしければ私と一曲踊って頂けませんか?」
「……すみません、ダンスは苦手なので辞退させて頂きます」
一番戸惑っているのは、エミル目当てにコトコリスの聖女の誕生日会の時に来ていた貴族令息が、何食わぬ顔でダンスに誘ってくるところですけどね。
「苦手でも構いませんよ。私がリードしますから!」
「辛気臭い私と踊っても面白くないでしょう? ご無理なさらずに、どうぞ他の方をダンスにお誘い下さい」
「え!? いや、あの」
私、知っているんですよ? 貴方が私の悪口を言っていたこと。てか、私に聞こえるように言っていましたよね? それで何故私をダンスに誘おうと思うのか理解不能です。
「《ゴルイコ》子爵令息、その辺で諦めたら? ユウナは君と踊る気が無いんだよ」
「レイン様」
隣に控えていたレイン様は、しつこく私をダンスに誘う令息に呆れ、私に助け船を出した。
パートナー同伴で参加しても、別に他の人とダンスを踊ってはいけない決まりはない。
普通は最初にパートナーに許可を取り、許可を得られれば、改めて本人にダンスのお誘いをするのが礼儀なのだが、こちらのゴルイコ子爵令息は、今宵の私のパートナーであるレイン様の許可も取らずに、直接私をダンスを誘った。無礼極まりない。
「っ! レイン様……! どうしてレイン様が聖女のパートナーに……!」
「口説いたら引き受けてくれたんだ」
「口説――」
あれって口説いてたんですか!? っと口にしかけて、止める。
「くそ! 結局、聖女もレイン様にとられるのかよ!」
結局?
「僕には顔も家柄も魔法の腕も何も敵わないから、せめて女で勝とうって? 君達らしい浅はかな考えだな」
「なんだと!?」
呆れた……まさか、それでエミルも口説いてたんですか?
「父様に言われたんだ! レイン様を見習えって! だから、見返してやろうと思って――」
「そんな理由で女性を口説くものじゃないな。だからモテないんだ」
「余計なお世話だ! コトコリスの聖女の時はルキ様に奪われたクセに!」
認識に誤りがありますね。レイン様はエミルとの結婚を嫌がって断った側なのに。どこからの誤情報なの?
「コトコリス男爵とルキだよ。娘の威厳を守るためと、僕に勝てたと思わせたくて嘘を付いたんだろう」
私の疑問に気付いたレイン様は、すぐに答えをくれた。
そんなくだらない理由で嘘をつくなんて……本当に各方面に迷惑をかける人達ですね。
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