第27話ルキ様の弟

 


「ゴルイコ子爵令息、これ以上ユウナにちょっかいをかけることは僕が許さない。君に僕を敵に回す度胸があるのか?」


「ひっ!」


 レイン様が私に見せる表情はいつも優しいけど、敵と認識した相手にはとても冷たい、氷のような表情される。


「も、申し訳ありませんでした! 失礼します!」


 脱兎のごとく走り去るゴルイコ子爵令息。お願いですから、もう二度と顔を見せないで下さいね。


「ありがとうございますレイン様」


「どういたしまして」


 レイン様をパートナーに選んだのは正解だったと、心から思う。

 アイナクラ公爵令息であり、最高峰の魔法騎士であるレイン様がパートナーとだけあって、私を口説いたり、強引にダンスに誘おうとする人は、今のところゴルイコ子爵令息以外いない。


 きっと、中には純粋に私に好意を持って声をかけて下さる方もいると思うけど、私も、今は出会いを求めていない。


 ……レイン様は、私をどういうつもりで、パートナーに誘ったんだろう?


「――あはは、レインもそんな顔するんだね」


「!」


 だ、誰?


 一連の流れを横で見ていた男性は、拍手しながら、こちらに近寄ってきた。


「そんな顔とはどんな顔だ?」

「人間味のある顔だよ。レイン、普段は彼等みたいな雑魚なんて相手にしないだろ?」


 雑魚って……なんだか、レイン様と親しそうだけど……


 私の視線に気付くと、その男性は笑みを浮かべながら、頭を下げた。


「初めましてユウナ様。《ミモザ=シャイナクル》と申します。レインとは学生時代からの付き合いで、親しくさせて頂いています」


「……シャイナクル?」


 もしかしなくとも聞いたことがある名前。


「ミモザはシャイナクル侯爵令息の一人で、ルキの弟だ」


「以後お見知りおきを、ユウナ様」


 ――シャイナクル侯爵? ルキ様の弟!? レイン様のご友人!?


 ルキ様がご兄弟と仲が悪いのは、知っている。

 ルキ様には下に弟が二人いるけど、両方とも優秀で、ルキ様にとって弟は、シャイナクル侯爵当主になることを脅かす邪魔な存在。


「ユウナ様には、兄が数々の無礼を働いたこと、心より謝罪致します。申し訳ございません」


「い、いえ! 貴方が悪いワケじゃありませんから」


「そう言って頂けると助かります」


 どことなくルキ様に顔立ちは似ているけど、中身が全く違う。


「シャイナクル侯爵は?」


「来てるよ。もうすぐ父も、ルキ兄様と一緒にユウナ様に挨拶に来ると思う」


 シャイナクル侯爵……ルキ様のお父様。

 私はルキ様の元婚約者という立場だけど、ミモザ様含め、ルキ様の両親、ご兄弟と会ったことがない。婚約当初からルキ様は私に興味が無かった。きっと、意図的に私と会わせないようにしたんでしょう。


「……ルキ様とまた会わないといけないんですね」


 無意識に出てしまった私の呟きに、ミモザ様は目を見開いて驚いた表情を浮かべた。


 しまった。つい本心が口から……


「あはは。良かった、ユウナ様は本当に兄がお嫌いなようですね」


「?」


 ミモザ様の兄に会うのが億劫だと言ってしまったようなものだけど、ミモザ様は怒る様子も無く、寧ろ笑い声を上げた。


「失礼しました。実は、ルキ兄様がユウナ様と婚約中、大変無礼な行いをしてきたことを、つい最近まで知らなかったんです」


「知らなかったって……婚約破棄のことですか?」


「ええ。僕も父も、兄からは、ユウナ様が原因で婚約破棄をしたと聞いていました」


「私が原因?」


「兄は最初からエミル夫人と婚約する予定だったのに、ユウナ様が無理矢理、婚約者の座をエミル夫人から奪ったと」


「――は?」


 ユウナと婚約してから一年が経った頃、結婚の挨拶にルキとシャイナクル侯爵邸に来たのは、ユウナではなくエミルだった。

 そこで二人から涙ながらに語られたのは、ルキに横恋慕したユウナが、エミルから婚約者を奪ったという悲しい話だった。


「『二年経って、ようやくユウナに婚約破棄を叩きつけることが出来、本当の婚約者を連れてくることが出来ました』と兄は嬉しそうに報告しに来ました」


 何それ……嘘ばっかりじゃない。


「私はそんなことしていません! 私の婚約は父に決められたものでしたし、私から婚約者を奪って結婚していたのはエミルの方です!」


 自分達が悪くならないようにするための嘘。私だけが悪い嘘。


「ええ、レインから聞きました。兄の言うことを真に受けてしまった我々が悪いのですが、お詫びをするのが遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした、ユウナ様」


 深く深く頭を下げるミモザ様。

 ミモザ様が悪いわけじゃない。悪いのは、嘘をついたルキ様にエミル。そしてその嘘に加担したお父様やお母様でしょう。私以外の全員がそう証言したなら、信じてしまっても仕方ない。


「今は、私を信じて下さるんですか?」


「勿論です。兄達の話も、そもそもがあの人達の証言だけで、ユウナ様が奪ったという証拠もありませんし、それならばファイナブル帝国の聖女の話を信じるのが当然です」


 良かった……けど、ムカつく。

 私が何も言えないのを良い事に、自分達の都合のいいように嘘をつくなんて……酷い。本当に、私のことなんてどうでもいいんですね。

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