第19話コトコリスの聖女の力

 


 今日この場に集まったのは、私達だけじゃない。聖女の力の見届け人として派遣された皇宮の役人達や、聖女の力を一目見ようと集まったメルトの住人の皆さん。全員をエミルは待たせている。ただでさえ到着日時も遅れてるのに、ふざけてんな。


「皆様、お待たせしました」


 やっと来たか……三時間も遅れてくるとは思わなかった。

 しかもばっちり正装していますね。何ですかその格好? それがコトコリスの聖女の正装ですか? 花とかあしらった煌びやかな格好、場違いじゃありませんか?


「ご安心ください。私が来たからには、この土地は元気を取り戻し、沢山の実りを与える素敵な大地に生まれ変わるでしょう」


「……」


「え? あ、あれ?」


 エミルはいつもとは反応が違う周りの反応に、戸惑いを浮かべた。

 そうでしょうねーいつもなら自分がどれだけ時間に遅れようが、『聖女様! お待ちしていました!』や『聖女様! 私達をお救い下さい!』とか言われて拍手喝采なところ、シーンとしてますもんね。凄い冷たい視線を向けられてるもんね。

 それもそのはず。今まではエミルしか聖女がいないと思われていたから、機嫌を損ねて土地を回復しないとか言い出さないように配慮されていただけ。

 今はファイナブル帝国の聖女である私がいるから、極端に気を使う必要が無くなったんですよ。


「どうして……こんなの、酷いよ……折角、こんな遠くて汚い場所まで頑張って来たのに……」


 何も酷くないんですよ。酷いのはエミルなのよ。こんなに人を待たせて、謝罪の一つもしない貴女の人間性に問題があるのよ。


「お前達、コトコリスの聖女に向かってどんな態度をしている! 平民の分際で! いいのか!? 聖女が力を貸さなければお前達の土地など、このまま枯れ果てる運命なんだぞ!」


 本当にお父様もテンプレ通りの方ですね。何度目かもう分からないけど、この人達と家族の縁を切っておいて良かった。


「はぁ、コトコリス男爵、エミル。いい加減にしてくれます?」


 もう私の方が立場は上だし、エミルを様付けて敬うのも馬鹿らしくなってきたから、もう呼び捨てでいいや。


「貴方達は皆さんをお待たせしてるんですよ? 分かってます? 頭を下げて遅刻したことを謝罪する立場なんですよ」


「な――っ!」


 常識って知ってます?


「土地に力を与える気が無いなら帰ったら如何ですか? そうしたら、コトコリスの聖女は偽物だったと証明されたことになりますから」


 それでもいいなら帰っていい。最早帰って欲しい。もう帰れ。


「っ、いいえ、私、帰りません!」


 過保護に育ったお嬢様は今までこんな仕打ちをされたことが無いようで、母親や夫に背中を支えられ、なぐさめられていたが、意を決したように涙を拭い、顔を上げた。


「ユウナお姉様、私、決めました。昨日は少し取り乱しましたが、私、今日、この場でユウナお姉様が偽物の聖女であると証明し、悪事を働いたユウナお姉様を、責任を持ってコトコリス家に連れ帰ります。それこそが、コトコリスの聖女として……いえ、双子の妹の務めだと思うから」


 悪事とは、エミルに代わって聖女だと名乗り、ファイナブル帝国の聖女の称号を頂いたこと? 私が聖女だと嘘をついていると、エミルは言うのね。


「酷いのねエミル。貴女は私が本物の聖女だと知っているはずなのに」


「……何のことですか? ユウナお姉様が昔から私を妬んで、自分が聖女だと嘘をついているのは知っていますよ」


 ――最低。


「私を姉と呼ばないで。気持ち悪い」


「っ!」


 一回一回、妹は必ず、私の拒絶に傷付いた表情を浮かべる。

 私がまだエミルを好きでいるとでも思っているの? とっくの昔に、私はエミルのことが大嫌いだったのに。


「では、ファイナブル帝国の聖女ユウナ様、コトコリスの聖女エミル様、どうぞ、土地に力を与えて下さい」


「はい、分かりました」


 立会人の合図のもと、最初に、エミルが動いた。

 一番酷いであろう大地の場所に行き、膝を地面につけ、祈りを捧るように手を組み、目を閉じた。


「どうか、この土地に癒しを……元気が、戻りますように」


 エミルが祈り始めると、エミルの体からは綺麗な光が溢れた。

 その光景はまるで、聖女の祈りに呼応して、大地に力を与えているようで――


「おお! これは……まさか、エミル様は本物の聖女なのか!?」

「凄いわ!」


 聖女の力を一目見ようと集まったメルトの住民は、神秘的な光景を前に、歓喜の言葉を上げた。確かにこの光景を見たら、何も出来ない私より、妹の方が聖女だと信じるのも無理が無いと思う。


「……あれって、ただの回復魔法じゃないのか?」


「あら、流石はレイン様。お気付きですか」


 そう、妹は自分が使える回復魔法を発動しているだけ。この光は、回復魔法のもの。


「これは自分を聖女だと信じ込ませるための、エミルのパフォーマンスです」


 回復魔法は使える人が少ないですし、例え回復魔法の光と似ていると思った人がいても、聖女の力も同じ光を放つのかと認識する。そもそも、聖女の力を見分けられる人なんて、レイン様以外会ったことがない。


「妹はこうやって、何も出来なかった私から聖女の座を奪ったんです」


 エミルのパフォーマンスが終わった頃には、拍手が鳴り響いた。


「これで、大地には元気が戻りました。暫くすれば土地は回復し、水は流れ、木々は溢れ、実りが戻るでしょう」


 相変わらずだねエミル。そうやって悪びれる様子も無く、聖女の力を自分のものだと言う。本当は私の力なのに――

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