第18話聖女の力のお披露目

 


「レイン様……」


「ああ、シャイナクル侯爵家のルキか、久しぶりだな」


 レイン様とルキ様、お二人は顔見知りのようで、顔を見合わせると、上辺だけと分かる笑顔で、レイン様は話しかけた。


「そう言えばコトコリスの聖女とご結婚されたとか? お祝いの言葉を伝えるのが遅くなったな、おめでとう」


 私には嫌味と受け取れる祝辞の言葉は、ルキ様にもそう伝わったようで、険しい顔で一瞬レイン様を睨み付けた後、ルキ様も仮初めの笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。レイン様は勿体無いことをしましたね。エミルとの縁談を受けていれば、今頃レイン様の方が、コトコリスの聖女の夫になれていたのに」


 アイナクラ公爵令息のレインの優秀さは、息子を持つ父親が『お前もレイン様を見習え』と口酸っぱく名前に出すほど、社交界に広く轟いている。

 それはルキも例外ではない。ルキも父親から口酸っぱく、レインを見習えと言われてきた。野心家で打算的、プライドの高いルキには屈辱的で、レインを目の敵にするには十分だった。

 エミルに選ばれコトコリスの聖女の夫になったルキは、初めて、レインに勝ったと思っていた。だが――


「冗談だろう? コトコリスの聖女との結婚なんて、死んでも御免だ」


 レインは満面の笑みで、ルキの思惑と百八十度違う反応をした。


「なっ!」

「おっと、失礼。つい本音が出てしまったな。でもこのくらいの暴言、構わないでしょう? ルキがユウナにした仕打ちに比べれば、些細なもののはずだ」


「あれは、ユウナ――様が、エミルを虐めたからです! 今だって、実の妹に向かって酷い言葉を投げかけ、妻を泣かせたんですよ? 最愛の妻を虐められたら、夫として庇うのは当然でしょう!?」


「では僕も、最愛の聖女が虐められたので、庇うのは当然だな」


 最愛の聖女だなんて言われると、ちょっと恥ずかしいんですけど……!

 でも、誰も私の味方をしてくれなかった時を思い出すと、やっぱり嬉しくなる。レイン様は、いつだって私を気にかけてくれて、優しくて、大切にしてくれて、守ってくれる。

 ルキ様なんかより百倍素敵。


「何が最愛の聖女だ! どうせ明日になれば、ユウナ様の化けの皮は剥がれる! 後悔するのはそちらですよ、レイン様」


「それは明日が楽しみだな。もしユウナが本物の聖女だと証明されたその時は、シャイナクル侯爵家にはきちんとした謝罪の言葉を頂こうか」


「ふん、こんなパッとしない女が聖女なワケがないのに、レイン様は人を見る目がおありでないようですね」


 本人を目の前にして失礼な言いようだこと。

 明日、ハッキリとルキ様の方が人を見る目がないと証明して差し上げますからね。


 最後にこちらを睨み付けた後、ルキ様は消沈しているエミルを両親と一緒に連れ、メルトに用意してもらった宿泊施設に向かった。


 相変わらずエミルに過保護で鬱陶しい方々でした。


「レイン様、ルキ様とお知り合いだったんですね」


「昔から何かと張り合われてたよ。あまり相手にせず聞き流していたんだけど、それも彼は気に入らなかったみたいで、事あるごとに突っかかって来たな」


 それがこんな所でも相対することになるなんて……お可哀想に。

 ルキ様、黙っていれば王子様みたいで格好良いのに、性格が残念なんですよね。でも、狙った相手には優しいし、侯爵令息という立場も手伝って、社交界では結構人気。


「どうしたユウナ?」


 でも、レイン様にはどうあっても敵わない。

 同年代でこんな有能なライバルがいたら、そりゃあ目の敵にもしますか。顔良し家柄良し性格良し能力良し、一切ルキ様に勝ち目はないですもんね。


「いえ、楽しみだと思っただけです」


「何が?」


「ルキ様が地面に頭を擦り付けて謝罪するのが楽しみだと思っただけです」


 今度は省略せずに、ハッキリと思いの丈を告げた。

 だってエミルは偽物の聖女で、私が本物の聖女だって決まってるんだもの。ああ、今から楽しみ! 私を捨ててまでエミルを選んだんだルキ様。その愛がどれくらい高潔か、私に見せて下さいね。どうせそっちも偽物でしょうけど。


「……土下座させるんだな」


 レインは空気を読んだ。

 レインは、シャイナクル侯爵家にファイナブル帝国の聖女を貶したとして、抗議文を送り、ルキが最も嫌がる家を巻き込む方法を選んだつもりだった。だが、ユウナは直接的に相手を蹴落とす行為を選んだ。


(うん、抗議文は僕が送って、後はユウナの好きにさせよう)


 そう、レインは心の中で思った。



 *****



 次の日、朝早い時間から、聖女二人で、土地の回復を行う予定でいた。だが、予想通りというか、エミルは時間通りに場所に現れなかった。


「コトコリス男爵家には時間を守るという概念は無いのか?」


「あの家ではエミルの都合が何より優先されますから」


 レイン様の問いに、ため息交じりにお答えする。

 何においてもエミルが優先されて、時間も全てエミルに合わせられる。相手の都合なんてお構いなし。聖女であるエミルは、それが全て許されてきた。


「自分で言うのもなんだが、ファイナブル帝国の聖女とアイナクラ公爵令息である僕を待たせているんだがな」


 あの人達はそれが許されると思ってるんですよ。聖女の力さえあれば何しても良いと思っていますからね。

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