第17話私を姉と呼ばないで

 


 馬鹿にするのも大概にしてよね。


「私はエミルが大嫌いだって言ったでしょう」


 貴女達とはとっくの昔に、家族の縁は切れてるんだから。


「ユウナお姉様……酷い……」


 私の言葉に傷付き、ポロポロと涙を流すエミル。


「ユウナ! 実の妹に向かってなんて口の利き方だ! 出来損ないの姉の分際で!」

「本当よ、エミルちゃんが泣いているじゃない! 可哀想に!」


 テンプレのように私を責め立てる両親。そして――


「ユウナ、俺の妻を泣かせるとは何事だ?」


 シャイナクル侯爵令息ルキ様。のこのこと全員集合で現れるなんて、まさに、飛んで火にいる夏の虫。


「お前ごときがコトコリスの聖女に舐めた口を叩くなど、この俺が許さんぞ」


「……ふふ、あはははは!」


「な、何がおかしい!? 気でも狂ったか!」


 だって、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑っちゃう。舐めた口を叩くのを許さない? ルキ様が? 私に? 何の権利があって、そんなこと言ってるの?


「ルキ様こそ控えて下さる? 私はそこの自称コトコリスの聖女ではなく、正式に皇帝陛下からファイナブル帝国の聖女の称号を頂いた、本物の聖女ですよ? そんな私に、シャイナクル侯爵令息が、何の権利があって、私を許さないと?」


 陛下より頂いたファイナブル帝国の聖女の称号は、公爵位、もしくはそれ以上の重みがある。数百年に一度現れるか現れないかの本物の聖女が、この私なの。


「口の利き方に気をつけてね。それとも、シャイナクル侯爵令息もコトコリス男爵のように牢にぶち込まれたいんですか?」


「――っ!」


 悔しそうに顔を歪めるルキ様。いい気味。あれだけ見下していた相手に負けるのはさぞかし屈辱的でしょう。


「コトコリス男爵も夫人も、言葉遣いには気を付けて下さいね。二度目はありませんから」


 忠告のように冷めた視線でそう告げると、二人共悔しそうに口をつぐんだ。よしよし、お父様が地下牢に閉じ込められたのが効いているみたいですね。


「ユウナお姉様……酷い……どうして、家族にそんな酷いことを言うんですか?」


 頭空っぽのお花畑の聖女様。本気でそう言っているなら、神経を疑うわ。


「今まで散々私を罵ってくれたのはどこのどなた? 全部、この人達でしょう?」


 出来損ない、妹の厄介者、邪魔者、挙句の果ては、お前の顔なんて二度と見たくないって家を追い出されたのよ? 全部全部、妹が優先されて、私は邪魔者扱い。全部全部、妹が正しくて私が悪者。


「でも、私達は家族じゃない! 家族なら、全てを許し助け合うのは当然です!」


「なら貴女は、妹が姉の婚約者を奪ったとしても、笑顔で許してあげろと? そんな妹の擁護をして、姉を追い出した両親を許せと? 姉から妹にのりかえた婚約者を許せと?」


「奪っただなんて……そんな酷い言い方しないで、ユウナお姉様……私はただ、純粋にルキ様が好きになってしまっただけです。私は、大好きなユウナお姉様なら、私のために婚約者を譲ってくれると、信じただけです」


「ふざけないで」


「え? ユ、ユウナお姉様?」


 本気でそう思っている貴女が、心底嫌い。自分が愛されるのが当然で、全てを許してもらうのも、助けてもらうのも全部自分。

 エミルの言う家族の中に、私はいない。

 私は一度も助けてもらった覚えはない。私はいつだって、家族の輪に入れてもらったことはないの。そんな人達のことを、私がいつまでも家族だと思うわけないじゃない。


「絶縁状はしっかり記入しました。コトコリス男爵はしっかり然るべき機関に提出にしてくれたようですし、もう家族じゃありません」 


「ま、また家族に戻れば――」


「そういう問題じゃないの。もう、私が貴女達を家族と思えないの」


 妹ばかりを可愛がる両親も、そんな妹目当てで私と近付いた婚約者も、私に執着する大嫌いな妹も、いらない。


「シャイナクル夫人であるエミル様、私を姉と呼ぶのは止めて下さい。不愉快です」


「ユウナ……お姉……さ……ま」


 心底傷付いた表情で、涙を流す貴女を見ても、何も思わない。

 きっと、もっと前に私は限界だった。エミルが大嫌いだった。こうして家族の縁が切れて、清々してる。


「ユウナ、日も暮れ始めたし、今日はもう遅い。聖女の活動は明日にして、そろそろ宿に戻ろう」


「レイン様」


 エミルが遅れた所為でただでさえ遅れているのに、今日もまた、到着時刻は夕刻。予めメルトの皆様に許可は頂いているとは言え、土地の回復を遅らせるのは心苦しい。


「コトコリスの聖女の到着が無駄に遅れた所為で、日も落ちている。明日、土地の回復をユウナと同時に行ってもらうので、そのつもりで」


 レイン様は魂が抜けたように意気消沈しているエミルに向かい、約束の日時を遅れたことを責めるように、冷たく言い捨てた。

 両親はそれに対して何か言いたげだったけど、唇を噛み締めて黙り込んだ。

 きっと、以前までのお父様なら、『コトコリスの聖女に向かってなんて言い草だレイン! 聖女が時間に遅れるなど、大したことではないだろう! ワシに逆らえば――』みたいなことを言ったでしょうが、その所為で地下牢に入れられた過去がある今、滅多なことは口に出せませんもんね。

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