第53話エミルの暴走
「誤解を招く発言は止めろ、僕は君を抱き締めたことなんて無い」
「もうそんな嘘をつかなくていいんですよ、レイン様。私はルキ様と離婚しました。もう、私達の関係を隠す必要は無いんです」
「……話が通じないな」
「レイン様、レイン様はユウナお姉様ではなく、私の婚約者です。だって、私に婚約を申し込んでくれていましたよね? 私はそれを承諾しました」
エミルのあまりにも堂々とした虚言に、周りの貴族達も、どうなっているんだ? と、困惑の声が聞こえ出した。
「ユウナお姉様、ごめんなさい……レイン様と私は、ずっとずっと前から、愛し合う関係だったんです!」
「何言ってるの? そんなワケないじゃない」
それが事実で無いことは明白で、私も知っている。
エミルの言っていることは、全部が嘘。それなのに、まるで真実のように話すエミルは、本当にそう思い込んでいるように感じた。
「信じられなくても仕方ありませんが、本当のことなんです。ユウナお姉様にルキ様を押し付けられてしまい、婚約を今まで結ぶことが出来ませんでしたが、私達は隠れてずっと、愛し合っていたんです」
私がエミルにルキ様を押し付けた?
私からルキ様を奪ったのはエミルのクセに、そんなことを言うなんて……どれだけ面の皮が厚いの。
「でも、離婚した今、私達を阻むものは何もありません! 後はユウナお姉様が、レイン様を解放すればいいんです! ね? ユウナお姉様なら、可愛い妹のために、婚約者を譲ってくれますよね? 大好きです、ユウナお姉様」
また……大好きって言葉で全てを奪おうとするエミル。いつまで経っても成長しませんね。
「譲るわけないでしょう? 大体、レイン様とエミルが愛し合っていたなんて、そんな嘘――」
「いいえ、エミルの言うことは事実です」
「! ルキ様……」
「俺はユウナ様に頼まれ、エミルとレイン様、愛し合っている二人を無理矢理引き離し、エミルと婚約しました。その後も、レイン様とエミルがずっと愛し合っているのを見ていました」
ルキ様はエミルがここに入ってくるまでの手助けをしただけでなく、エミルの話に加担して、私とレイン様の婚約を解消させようとしているのね。
自分の名誉回復はもう出来ないと諦めて、レイン様も一緒に地獄に道連れにしようとしている。
「私は確かに今、偽物の聖女だなんて呼ばれていますが、レイン様はコトコリスの聖女としてではない私自身を愛してくれました。私とレイン様は、真実の愛で結ばれているんです!」
「そうです、レイン様はずっと、ユウナ様を裏切っていたんです、レイン様も、俺と同罪だ!」
あり得ない夢物語を真実のように話すエミルに、それに同調するルキ様。
気持ち悪過ぎて吐き気がする。こんな人達が私の元妹と元婚約者だなんて、心から嫌になる。
「ユウナお姉様以外にこんな気持ちになったのは、産まれて初めてです。レイン様、大好きです」
そう言ってレイン様の胸の中に飛び込もうと駆け出すエミル。
きっとエミルの中では、大勢の人達が見守る中、数々の障害を乗り越え、やっと結ばれた二人を祝福する声が響き渡ると、信じているんでしょうね――――そんなはずないのに。
地獄に落ちるなら、エミルとルキ様、二人で落ちろ。
「や! 何? 放してよ!」
レイン様の元にたどり着くよりも前に、シャイナクル侯爵家の使用人達がエミルの体を取り押さえる。
「やれやれ、随分好き勝手なことしてくれましたね」
この宴の主役であり主催者のミモザ様は、怒りを潜めた笑顔で、この混沌とした場所に姿を現した。
「ミモザ様! どうしてこんなに酷いことするんですか!? 一時とは言え、私達、家族だったのに!」
「貴女が一時でも義姉になったことは、シャイナクル侯爵家末代までの恥です」
宴の主催者として忙しなく動いていたミモザ様は、事態を把握するのに少し時間を食ってしまったようで、収拾が遅れてしまったことを私達に頭を下げて謝罪した。
「余計な輩が入らないようにしていたはずなのですが、まさか、エミル嬢がここに入れる手助けをするなんて……ルキ兄様は余程僕を怒らせたいようですね」
「っ!」
怒りの籠った冷たい眼差しを向けられたルキ様は、ビクッと体を震わせた。
「愛する私達の邪魔をしないで下さいミモザ様! レイン様の親友なら、レイン様の幸せを第一に考えるべきです!」
「考えた結果、レインの幸せにはユウナ様が必要です。貴女みたいな脳内お花畑女と一緒になって、レインが幸せになれるわけないでしょう」
「なっ!」
まさか、信用がゼロに等しい貴女達の言い分を皆が信じてくれるとでも思ったの? そりゃあ、いきなりワケの分からないことを捲くし立てられて困惑はするでしょうが、誰も貴女達のことなんて信じるワケないでしょう。
「違います! 私とレイン様は本当に愛し合っているんです! レイン様は、私のことが好きなんです!」
「妄想です」
「違います!」
「ミモザの言う通り、僕は君のことが一切好きではない、寧ろ嫌いだ。僕が好きなのは、ユウナだけだ」
「レイン様……」
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