第52話脳内お花畑エミル来襲

 


「何か御用ですか?」


「つれないですね、用がなければ話してはいけませんか? 私とユウナ様の仲だというのに」


 何が私とルキ様の仲、よ。


「婚約破棄された元婚約者ですが、そんな相手と話すことがおありですか? 私は貴方と話すことなんてありません」


 私はルキ様とは完全に決別しました、嫌いなんです。そうしっかりと皆の前で線引きすると、周りからはルキ様を失笑するような笑い声が聞こえた。


「ふふ、ファイナブル帝国の聖女に全く相手にされていませんわね」

「自分からユウナ様を捨てておいて、無様な男だ」


「くっ!」


 プライドの高いルキ様には屈辱的でしょう?

 わざわざ突っかかってこないで、昔、私がそうだったように、壁の端で誰にも相手にされることなく一人ぼっちで大人しく時間が過ぎるのを待っていれば、余計な恥をかかなくてすんだのに。


「本当に姉妹揃って生意気な女達だな! 黙って俺の言うことを聞いていればいいものを! 折角この俺が結婚してやろうとしてるのに!」


 真実の愛を見つけたとか言って捨てられたからって、私とエミルを一括りにしないでもらえます? と言いますか、未だに謎の上から目線なのが腹立ちますね。


「ルキ様と結婚? 罰ゲームか何かですか?」


「何だと!?」


「事実でしょう、今、ルキ様と結婚したがる令嬢が帝国内にいるとでも?」


 シャイナクル侯爵家次期当主の座を追われ、ファイナブル帝国の聖女である私を蔑ろにし、挙げ句聖女の妹と浮気し、婚約を破棄したような男、完全に後ろ指さされる地雷男でしょう。


「ルキ様のような不誠実な方と結婚しなくて良かった、おかげさまで、レイン様のような素敵な方と婚約出来ました」


 ちょっと恥ずかしいですが、皆の前で惚気てみました。でもこれが事実です。ルキ様なんかよりも百倍、いえ、数千倍素敵な人が、レイン様なんです。太刀打ち出来るはずが無い。


「このっ! ユウナの分際で!」


 怒りの沸点の低いルキ様は、私が少し言い返しただけで、すぐに口調も乱雑なものにかわり、手を上げる。ああ、こんな最低な人を好きにならなくて、本当に良かった。


「――ルキ」


 上に上げた手を振り下ろす前に、殺意の籠った冷たい声が耳に届いたルキ様は、動きを止めた。


「ユウナに手を出したらただではすまさない」


「レイン様……!」


 優秀な魔法騎士のレイン様相手に、何の力も持たないルキ様が適うはずが無く、一瞬でボロ雑巾のように滅茶苦茶にされる未来しか見えない。

 いくら無能なルキ様ではそこは理解できるらしく、上げた手は大人しく引き下げられた。


「くそ……何故だ! 俺の方が最初にユウナと婚約していたのに! あのままユウナと結婚していれば、全ては俺のものだったのに!」


「ユウナに君のような男は相応しくない」


「そうですわ、ルキ様と結婚だなんて、絶対にお断りですわよね」

「シャイナクル侯爵家の落ちこぼれの長男風情が、侯爵家の恥だな」

「未だに自分が偉いつもりなのかしら」


 シャイナクル侯爵家の宴に参加している貴族達からも、レイン様の言葉に同調するような言葉が聞こえた。


 過去、シャイナクル侯爵家の長男として社交界で人気があり、令嬢達の方から言い寄ってくる立場だったのに、今ではいらないと、手で払いのけられる有様。

 もう全てが過去の栄光で、手遅れなんですよ。


「……ふふ、あははははは! そうですね、最早俺の評価を元に戻すことなど出来ない。俺は一生、レイン様には勝てない! シャイナクル侯爵家当主の座も手に入らない!」


 騒ぎに気付いたシャイナクル侯爵家の使用人達がルキ様の両脇を抱え連行しようとしたところで、ルキ様は唐突に、狂ったように笑い出した。


 ……急に笑い出したりして、どうしました? 気でも狂いましたか?


「ですがこうなったら道連れですよレイン様、一緒に、あの我儘女の餌食になりましょう」


 我儘女って、もしかして――


「レイン様!」


 望まぬ来訪者の登場に、ざわっと、一気に辺りが騒がしくなった。


「エミル」


 どうしてこう、何度も何度も、エミルは私の幸せを邪魔するように、私の前に現れるんだろう。

 シャイナクル侯爵家……ミモザ様が、コトコリス男爵家、エミルに宴の招待状を出すわけがない。こうして宴の会場に入り込めたのは、きっとルキ様が手筈したのでしょう。


「良かった……やっと会えましたねレイン様」


 エミルのレイン様を見つめる瞳は、一目見て、恋をしているものだと分かった。

 ルキ様の時とは違う、私から奪うためだけじゃない、エミルもまた、私と同じようにレイン様に恋をしたのだと分かった。


「レイン様! レイン様がユウナお姉様と望まない婚約を結ばされたことは知っています! 私、そんなレイン様を助けに来たんです!」


 事実無根の内容を、恍惚とした表情で、まるで事実のように話すエミル。


「レイン様、早く私の元に来て、、私をその胸の中で強く抱き締めて下さい。ああ、大好きですレイン様」


 そうやって皆に誤解されるようなことを平気で言うのね。

 どんな手を使っても、私から、レイン様を奪う。また、私から婚約者を奪おうとするのね。酷い妹、本当に、大嫌いよ。

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