第41話もう帰ります

 


「――ユウナお姉様!」


 タイミング良くと言えばいいのか、何も知らない能天気な妹は、笑顔でこの混沌とした場に登場した。


「良かった! やっとユウナお姉様に会えました! 私、何度もユウナお姉様に会いに来たんですよ? それなのに、何故かユウナお姉様のいる宿の中に入らせてくれなかったんです!」


「……貴女に会いたくなかったから、アイナクラ公爵家の方々に頼んで、入らせないようにしていたに決まってるでしょ」


「ユウナお姉様、その方は誰?」


 レイン様に抱き締められている私を見たエミルは、何よりもその人物が気になったようで、真顔で、私に尋ねた。


 嫌な予感がする。


 妹は、私が自分以外の誰かと親しくなることを好まない。そして、私のものを何でも欲しがる。私から奪ってでも――


「君に名乗る必要が無い」


 レイン様は私の代わりに妹にハッキリと冷たく断り、見せ付けるように抱き締める力を強くした。


「……そんなこと言わないで下さい、ユウナお姉様と随分親しそうだから、私とも仲良くして欲しいんです」


「断る」


「っ! ぐすっ、酷いです……私はただ、ユウナお姉様と同じように、親しくなりたかっただけなのに」


 取り付く島もなく断るレイン様に、エミルは一瞬、唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの様に、目に涙を浮かべて、か弱い女性を演じた。


「ユウナお姉様、そんな人と仲良くしないで下さい! その人は、ユウナお姉様の大好きな妹に冷たくする、酷い人です! ユウナお姉様に相応しくありません!」


 何言ってるの、こいつ……

 今まで私の数少ない友人を奪ってきたくせに、奪えないと思ったら、仲良くするのを止めてって私に訴えるの? 馬鹿なんじゃない?


「私が誰と仲良くするかは、私が決めます。エミルには関係ない」


「そんなっ……酷いです、ユウナお姉様!」


 どこがどう酷いのか説明して欲しいくらいだけど、絶対理解出来ないから聞くのは止めておきます。


「私に何の用ですか? エミル」


「え、ユウナお姉様を迎えに来たに決まってるじゃない!」


「はい?」


「ユウナお姉様、やっと私の元に帰って来てくれたんですよね? 嬉しい……! やっぱり、私とユウナお姉様は離れられない運命なんです!」


 相変わらず、頭がお花畑なんですね。どうして私が戻って来るなんて発想になるの? こんなに私は、エミルが嫌いなのに。


「エミルの所に戻るなんて、嫌に決まってるでしょ! 絶対に戻らない!」


 ノコノコと地獄に戻る馬鹿はいません。


「どうして……酷い……私、ユウナお姉様が私にした酷いこと、全部許そうと思っているのに……!」


「酷いこと? まさか、私がエミルの力を奪って、聖女だと偽っている話?」


「え? ああ、うん、そうですよ。そういうことにしておいた方が、今後の私達のためにも、良いでしょう?」


 今まで私の聖女の力を自分のものにしていたのはエミルの方なのに、無邪気にそう言うエミルが嫌い。


「ユウナお姉様が私の元に戻って来て、私がコトコリスの聖女に戻った時に、そっちの方が話の辻褄が合わせやすいと思ったんです」


 私がまた、エミルの影として生きることが決まっている言い方。


「ね? ユウナお姉様なら、私のために生きてくれますよね? 大好きです、ユウナお姉様」


「……嫌い」


「え?」


「嫌い! 私は絶対に、二度とエミルのために生きたりしない!」


 この期に及んで、私を平気で傷付けるエミルが、死ぬ程嫌い!


「どうしてそんな酷いことを言うの……? 私は、ユウナお姉様が大好きなのに……!」


「酷い? 私の聖女の力をずっと自分のモノにしてたのはエミルのクセに! それを、私の所為にするの!? 私がしたことにするの!?」


「なっ! 止めて、ユウナお姉様! 皆が聞いているのに……!」


 慌てたように私を止めるエミル。

 平気で私のことは嘘をついて貶めるのに、自分のことは話されたくないなんて、最低!


「事実でしょう? 本物の聖女が私だったことは、正式に認められたんだから」


 皇室からも認められた、正真正銘のファイナブル帝国の聖女が、私。偽物の聖女だと証明されたのが、エミルなの。


「ち、違います! ユウナお姉様がまた私に嫉妬して、酷いことを言っているんです! 私の聖女の力を自分の力のように振る舞って、私を偽物の聖女に仕立て上げたんです!」


「それはエミルの方でしょう? 幼い頃からずっと、私の聖女の力を自分のもののようにして、コトコリスの聖女を名乗っていたじゃない」


「違います! 皆、ユウナお姉様を信じないで下さい!」


 必死になって訴えているけど、流石に、エミルの言い分をそのまま信じる人はもういなかった。


「エミル夫人、先程から好き勝手言っているが、ユウナが力を貸さなければ、コトコリスの大地は回復しない。それを理解しているのか?」


「っ! だからそれは、ユウナお姉様が私の元に戻って来てくれれば全部解決するんです! また、ユウナお姉様が私の傍で、私のためだけに生きてくれれば――」


 そしてまた、私の聖女の力を奪って、華々しくコトコリスの聖女として復活するつもりだった? 馬鹿にするのも大概にしてよね。

 こんなに嫌な思いをするなら、こんな所に来なければ良かった。お父様やエミル達を助けたくない。

 本当にムカつく! だから――


「もう私、帰ります」


「え?」


 エミルだけじゃなく、周りにいたアクアの住民達も、私の発言に、息も止まったように静止した。

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