第23話エミルの気持ち

 


 ◇◇◇



 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。


 私、エミルとユウナお姉様は、産まれた瞬間から一緒だった。

 双子の片割れである私のユウナお姉様は、健康で明るくて優しい、自慢のお姉様だった。対して幼い頃の私は体が弱く、両親はどちらかというと、元気で明るいユウナお姉様の方が、私より好きだったと思う。


『エミル、大好き』

『ユウナお姉様、私も大好きです』


 幼い頃から、ユウナお姉様はいつも私に優しかった。私は、そんなユウナお姉様が大好きだった。でも、誰からも愛される姉が羨ましくもあった。


『エミル、素晴らしい! まさか回復魔法を使えるとは……それも、強い力だ! まだ幼いながらにこんなに強力な魔法を使えるとは……!』


『あなた、きっとエミルが聖女なのよ!』


『私が……聖女?』


 そんな時、私が回復魔法を使えると知ったお父様とお母様は、姉ではなく私を、聖女だと呼んだ。

 私達が産まれてからというもの、枯れ果てた土地だったコトコリス領は、実りが溢れる土地に生まれ変わっていて、私達双子のどちらかが聖女ではないかと言われていた頃だった。


 聖女と呼ばれるようになってから、今までユウナお姉様の方を可愛がっていたお母様とお父様が私の方を可愛がってくれるようになって、町の皆も私をチヤホヤしてくれるようになって、嬉しかった。

 自分が皆に愛される特別な存在になったと思った。

 正直、聖女だと言われても実感は無かったけど、皆が言うならそうなんだって思った。


 だけど、ある時ユウナお姉様は、私にこう言った。


『エミルじゃなくて私の方が聖女だと思うの』


 ――ユウナお姉様が聖女? 私じゃなくて? もしそれが本当なら、私はもう、皆の特別じゃなくなっちゃうの? 皆から、愛してもらえなくなるの?

 心の底から、嫌だと思った。だから、私は名案を口にした。


『私が聖女だってことにした方が良いと思うの。ユウナお姉様なら、家族のために、私のために生きてくれるよね?』


 我ながら名案だと思った。だってそっちの方が、家族皆が幸せになれるんだもの。笑顔溢れる、愛が溢れる家族になれる。

 私はユウナお姉様が大好きだよ。

 ユウナお姉様が私のために生きてくれるなら、私はずっと、ユウナお姉様を好きでいてあげる。ずっとずっと、ユウナお姉様は私と一緒、私だけのユウナお姉様なの。


 だから私は、いつもいつもユウナお姉様を庇ってきた。


 お父様やお母様に酷いことを言われても、町の皆に酷い言葉を投げかけられても、私はユウナお姉様を庇って、ずっとユウナお姉様の傍にいた。


 ユウナお姉様だけ不平等になることが無いように、私がドレスを買ってもらえば、ユウナお姉様にも買ってあげてとお願いした。これで、私とユウナお姉様はお揃い。大好きなユウナお姉様と全部お揃いになる。幸せ。

 ユウナお姉様に友達が出来そうなの? もし友達が出来たら、ユウナお姉様は私よりも、その友達の方が好きになる? 嫌だな。そうだ、その友達を私が貰えば、ユウナお姉様はずっと私だけの物だよね。

 ユウナお姉様が学校に? 私から離れて欲しくないな。ずっと一緒にいて欲しいの、だって私は、ユウナお姉様が好きだから。

 お父様もお母様も、出来損ないの姉を家から追い出したいって言っていたけど、私は家に置いてあげてとお願いした。


 こんなに私はユウナお姉様を大切にしてる。それなのに――――


「妹は聖女ではありません、本物の聖女は、私の方です」


 どうして? どうしてこんな酷いことするの?

 ユウナお姉様があのまま、家族のために、私のために生きていてくれれば、皆、幸せだったのに。

 私はちゃんと、ユウナお姉様を庇ったのに。ユウナお姉様が偽物の聖女でも、責めないであげてってお願いしたのに。


 駄目、このままじゃ本当に、私が偽物の聖女になってしまう。ユウナお姉様が、私の元からいなくなっちゃう――!

 なんとかしなきゃ。でも、どうやって?


 エミルは、ユウナが無条件に自分を愛してくれていると思ってた。だから、こんな酷いことするなんて思ってもみなかった。


「ユウナお姉様……やだ、ユウナお姉様が私のもとからいなくなるなんて……嫌。ユウナお姉様は、ずっと、ずっと私だけのユウナお姉様なんだから。ユウナお姉様、大好きです」


 エミルは純粋に姉を愛しているつもりだった。


 姉を失えば聖女の地位が失われる、皆から愛してもらえなくなる。姉を離しちゃ駄目、ずっと傍にいてもらわなきゃ、私だけの姉じゃなきゃ駄目、姉の傍にいていいのは私だけ。

 いつからか、純粋だった愛は執着に代わり、姉を束縛し、自分だけのものにした。


「大丈夫、だって私とユウナお姉様は、双子の片割れなんだから、ずっと、一緒。ユウナお姉様は、きっと私のもとに帰ってきてくれる。また、私のために生きてくれる」


 エミルは自分の感情は純粋な愛であると、信じて疑っていなかった。そして姉もまた、自分を愛してくれていると、信じて疑っていなかった――




 ◇◇◇

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