第22話気持ち悪い

 


 どうします? くだらないプライドを守って、私に頭を下げるのを止めますか? それでもいいですよ。それなら、夫婦二人揃って冷たい牢屋に入れられるだけですから。


「……っ! 申し訳、ございませんでした、ユウナ……様」


「お、お許し下さいユウナ様! どうか、どうか!」


 私に頭を下げる両親の表情は屈辱に満ち溢れていて、哀れで情けなくて、そんな両親を見てもいい気味だとしか思わなかった私は、もう本当にこの人達を家族だと思っていないんだと思った。


「ルキ様は、私に何か言いたいことはありませんか?」


 元婚約者のルキ様。

 本来、シャイナクル侯爵令息の立場にあるルキ様が、コトコリス男爵令嬢だった私に敬語も敬う態度も必要無い。いや、侯爵令息がいち令嬢に行う態度としては最低でしたけど。

 ルキ様は最初から私を見下しておられた。さて、ファイナブル帝国の聖女として認められた私に、ルキ様はどうされるんでしょう?

 もし、少しでも無礼な態度を取ったら、ルキ様も両親同様、土下座してもら――


「ユウナ様、先程までの無礼な態度を心より謝罪します」

「――え?」


 ルキ様は事もあろうに私の手を取ると、そっと、今までの振る舞いとは真逆に、優しく手の甲に口付けた。


「……何のつもりですか?」


「心から反省しているんです。ファイナブル帝国の聖女であるユウナ様に対して、俺は酷いことをしてしまいました」


 態度が百八十度変わり過ぎでしょ! それはそれで怖いよ! 気持ち悪いし……! 後で消毒! 出来ないけど煮沸消毒したいくらい気持ち悪い!


「貴女の婚約を断ってしまったことを深く後悔しています。今なら、ユウナ様を心から大切にすると誓えます。ユウナ様、俺にもう一度やり直すチャンスを与えて頂けませんか?」


 どの口が言うか……!


「私はルキ様と結婚しないで良かったと心から思っているので、お断りします」


 捕まれていた手を払いのけ、笑顔で告げる。


 当たり前でしょう? だって妹と結婚しておきながら二股を続け、挙げ句、浮気現場を目撃され、逆切れの果てに婚約破棄を告げたクセに、どの面下げて口説いてくるの? その神経が無理!


「ユウナ様、強がらなくていいんですよ。素直に、俺とやり直したいと言って下さい。俺と仲良くなりたいと必死でしたよね?」


「ちょっと……!」


 ハッキリと拒絶したつもりなのに、ルキ様はもっと私に体を近付けてきた。

 婚約していた時はこんなこと一切してこなかったクセに、聖女の力目当てなのが丸分かり! 気持ち悪い……!


「――ルキ」


「っ! レイン様?」


 今まで見たことが無いくらい、冷たくて怖い表情でルキ様を睨み付けるレイン様に、思わず私が息を飲んでしまう。


「ふざけた真似は止めろ」


「ふ、ふざけているつもりはない」


「ふざけていないならもっと問題だ。既婚者でありながらユウナに手を出そうとしているのか?」


 レイン様は私の手を引っ張ると、自分の方に引き寄せた。


「ユウナ、その手、後で綺麗に消毒しよう」


「は、はい」


 ルキ様に口付けされた私の手を取り、ゴシゴシと服の袖で拭き取るレイン様。不意に近付いた距離にドキドキしてしまう。


「ルキ、君には約束通り、シャイナクル侯爵家を通じて謝罪を要求させて頂く。覚悟しておくんだな」


 私には優しい表情を見せてくれるけど、ルキ様に対しては完全に敵認定されたのか、酷く冷たい表情で対応するレイン様。


「……レイン様がそんなに取り乱しているところは初めて見ました。成程、ユウナ様が絡めば、貴方にそんな顔をさせることが出来るんですね」


「……」


「父に失態を報告されるのは痛いですが、レイン様の面白い顔が見れたので今回はこれで引き下がりましょう。ではユウナ様、またお会い出来るのを楽しみにしています」


「ルキ様、私が貴方に想いを寄せることは未来永劫ありません。今後、誤解を招くような行動は謹んで下さい」


 こんな外見しか取り柄のない、聖女目当て丸分かりの最低な男と結婚しないで本当に良かった。私から婚約者を奪ってくれたエミルに、そこだけは感謝します。


「ユウナ様は素直じゃありませんね」


 なんて意味不明な言葉を残したルキ様は、傷付いたエミルを残し、一人でシャイナクル侯爵家の馬車に乗り込み、さっさとメルトから去った。

 そんなエミルもまた、ルキ様に続いて両親と共に、メルトから去った。


 誰もメルトの様子を最後まで見届けないんですね。

 まだ聖女の活動は始まったばかりで、土地の回復も最後まで出来ていないし、この地に住む人達と、今後の土地のケアについても話し合えていない。

 聖女の力を一度与えられて復活した土地は、きちんとケアをしていけば今後、聖女の力がなくとも土地は潤ったままだが、ケアを怠ってしまうと、また土地は枯渇してしまう。

 住民達に今後の土地のケアを任せるのも含めて聖女の救済なのだが、あの人達は一切興味なさそう。ただ聖女の力を、自分達のためだけに使っていたんでしょうね。


「大丈夫かユウナ? ごめん、僕がついていながら……」


 レイン様は私を上手く守れなかったことを悔いておられるみたいで、少し落ち込んでいるみたい。レイン様が気にする必要ないのに。悪いのは、虫です。


「私は大丈夫です。レイン様がすぐ守って下さったじゃないですか」


 気持ちの悪い虫にちょっと刺されたと思って忘れます。ちなみに、虫はルキ様のことですよ。あんな男、虫扱いで十分なので。


「それよりも、無事にエミルが偽物の聖女だと証明出来て良かったです」


 無事にエミルが偽物の聖女だと、真実を白日の下に晒すことが出来てホッとしてる。


 自分が本物の聖女だと、少しも迷うことなく嘘をついたエミルは、相も変わらず愛を囁きながら、私を偽物の聖女だと言い、出来の悪い私が嫉妬で起こした姉妹の悲しい物語だと言った。私を陥れているのはエミルなのに、『ユウナお姉様を責めないで』と庇う言葉を口にするエミルが大嫌い。

 それでいて、私がエミルを偽物だと言った時には、まるで自分が被害者のように、信じていた最愛の姉に裏切られたと言わんばかりに、傷付いた表情を浮かべる。

 妹は姉を貶めてよくて、姉は妹を貶めちゃ駄目なんて、随分エミルに都合のいい姉だこと。そんな妹、私はいらない。


「さて、では邪魔者もいなくなったことですし、土地の回復を続けますね」


「もう少し休憩しなくて平気か?」


「はい、ただでさえエミルの所為で遅れていますから」


 メルトの皆様に前もって土地の回復が遅れると伝えてはいたものの、治せるのに治せないのはとても心苦しかった。


「……そうか、ありがとうユウナ」


「はい」


 妹の影として生きて来た私。

 今、こうしてファイナブル帝国の聖女として表に立つことが出来て、エミルと決別することが出来て、家族と縁を切ることが出来て、幸せ。


 私はもう二度と、あの人達の家族に戻ることは無い。


 さようなら、コトコリス男爵家の皆様。

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