第58話大嫌い

 


 いつも私に向けられていた執着にも似た愛情じゃない、殺意にも似た、憎悪――


「いなくなるのはエミルでしょ? 貴女は修道院に送られて、二度と戻ってこれないの」


「ユウナお姉様の所為じゃない! ユウナお姉様が私のために生きないから! ユウナお姉様があのまま私のために生きていてくれれば、私も家族も、皆幸せだったの!」


 何度も何度も言うエミルの台詞、いい加減聞き飽きました。


「私は幸せじゃなかった、幸せだったのはエミル達だけでしょ? 私の幸せを犠牲にした幸せだったクセに」


「ユウナお姉様には私がいてあげたじゃない!」


「エミルのことが大嫌いなのに、エミルが傍にいてどうなるの? ただただ苦痛なだけだった!」


 自分の愛がどれだけ価値があるものだと勘違いしてるの? それで私が、自分の人生の全てを懸けてエミルのために尽くすとでも?

 わざと私の悪口を流し孤立させ、宴でも一人ぼっち、エミルの幸せを見て惨めにさせて、挙げ句婚約者を奪うような妹のために、全てを尽くせと? 馬鹿にするのも大概にしてよね。


「私もエミルが大嫌い、さっさと消えて」


「っ! 酷い……酷い! 私から全てを奪ったクセに!」


「もうエミルとこの論争は無意味なの。もう結果は出た、私が本物の聖女として認められて、エミルが偽物――私から全てを奪っていたのはエミルだと結論付いたの、だから貴女が修道院に送られることになったのよ」


 子供の喧嘩じゃないんだから、どれだけエミルが駄々をこねようが、関係無いの。例えエミルが認めなくても、ファイナブル帝国中が、それを認めた。

 いい加減、認めてもらわないと困るのよね。


「…………そうだね、私は負けた。ユウナお姉様が卑怯な手を使って、私を貶めたのよ」


 しつこいな、私は真実を明らかにしただけで、何も卑怯なことなんてしていないの! でももう否定するのもしんどいから、もうそれでいいけど。


「だからね、私、良いことを思いついたんです」


「良いこと?」


「私がね――――ユウナお姉様になってあげる」


「……は?」


 エミルは怪しく微笑むと、後ろ手に組んでいた手を解き、持っていたナイフごと、前に向けた。


「死んでユウナお姉様、代わりに私が、ユウナお姉様になってあげるから」


 私が好きで、ずっと私に執着していた妹は、私が思い通りにならないと気付くと、私に殺意を抱き、ナイフを向けた。

 その目は黒く淀んで見えて、何か恐ろしいものを見ているようだった。


「……エミルが私になる? なれるワケないじゃない」


「なれます、だって、ここに来るまでも、誰も私に気付きませんでした。皆、私をユウナお姉様だと思っていたました」


「例え姿形で騙せたとしても、エミルに聖女の力は使えない。すぐにバレるに決まってる」


「大丈夫ですよ、きっとユウナお姉様がいなくなったら、私に聖女の力が宿るはずですから」


「どこにそんな根拠が……」


「私達は双子だもの、きっと、神様が聖女の力を与える人を間違えてしまったんです。だからユウナお姉様がいなくなれば、本当の聖女である私に力が正しく宿るはずなんです」


 ……何の根拠も無いのに、よくそこまで一直線になれますね。


「ユウナお姉様がいなくなった後のことまで心配する必要はありませんよ、安心して下さいね、聖女としての立場も、皆さんからの名声も、レイン様の愛も、全て、私に返して頂きますから」


「ふざけないで! エミルはどれだけ私から奪えば気がすむの!? 私を傷付けたら気がすむの!?」


 何度も何度も、私を傷付けてばかりいるエミル。

 昔は私も大好きだったのに、大好きな可愛い妹で、守ってあげたいって、思っていたのに!


「さようならユウナお姉様、来世でまた、双子に産まれましょうね」


 そう言うとエミルは、私に向かってナイフを振りかざした――――



「え? な、何? 何ですか、これ!?」


 ――――が、そのナイフが私の体に到達することは無かった。

 ナイフは私の体に到達する前に、魔法の光に遮られ、逆にボロボロに崩れ去った。


「残念だけど、レイン様は私の傍から離れる時、守護の魔法をかけてくれるの。だから私は、最初からエミルが何かしてきても、ちっとも怖くなかったの」


 そりゃあ、もっと強い人とかなら怖がったかもしれないけど、エミルがレイン様の守護の魔法を破けるわけが無いし、エミルの無駄足なのは一目瞭然だった。


「そん……な」


 膝から崩れ落ちるエミル。私が最後までレイン様の守護の魔法のことを黙り、エミルの好きにさせたのは、エミルに罪を犯させるためだった。


「ファイナブル帝国の聖女である私を殺害しようとした罪は重いよ。修道院行きなんて可愛く思えるくらい、重い罰が与えられるでしょうね」


 逃れられない重罪、それこそ、死刑を通告されるほどの、重罪――


「死刑……!? い、嫌! そんなの絶対に嫌! ユウナお姉様、お願いです! 助けて……!」


「助けるワケないでしょ、私を殺そうとしたクセに」


「ユウナお姉様……! お願い、また、ユウナお姉様を好きになってあげるから!」


 この期に及んでまだ見当違いなことを言い出すエミルが死ぬほど嫌い。


「好きになってなんて頼んでない、頼まれてもお断り、もう二度と、私を好きにならないで」


 エミルから『嫌い』と言われた時、嬉しいと感じた自分がいた。やっと、私を嫌いになってくれたんだ、私を、『好き』なんて呪いの言葉から解放してくれたんだと思った。

 私を殺そうと思うまで嫌いになってくれてありがとう、私も、エミルが嫌いよ。最後の最後まで私を傷付けるエミル、本当にこれでさようならです。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 エミルの悲痛な叫び声が響き渡ったけど、私は微動だにせず、とても冷静な気持ちで、エミルを見つめた。

 叫び声で異変に気付いた人達が部屋の中に急いで駆け付けたり、私に何かあったと気付いたレイン様が超特急で帰って来たけど、私はただ淡々と起こった出来事を説明して、全ての後処理をお任せした。

 これから先、二度とエミルに関わりたくなかったし、自分と同じ姿をしたエミルの無様な姿を見るのが、嫌だった。


「ユウナ……! 良かった、無事で!」


「レイン様のおかげです、ありがとうございました」


 強く私を抱き締めてくれるレイン様の熱に、自分の体がとても冷え切っていたのに気付き、安心する。


 レイン様はエミルの所業に激高し、魔法で身柄を拘束すると、帝都から離れた場所にある、極悪人を投獄する収容所に、連行させた。女性がそこに投獄されることはファイナブル帝国の長い歴史の中で初めてで、罰が正式に下されるまでの間、そこで待つことになった。


 きっとエミルは、ファイナブル帝国の聖女である私を殺害しようとした罪で、死刑を宣告されるでしょう。どんな死に方をするのか選べる権利も、エミルには無い。

 ここから先は、私は興味が無くて、エミルがどうなったかを聞かないことにしている。

 レイン様も陛下も、アイナクラ公爵様も、私の気持ちを察してか、何も伝えないようにしてくれた。いずれ風の噂で聞くことになるかもしれないが、それまでは何も知らずにいたい。

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