第35話仕返しします

 


「別に助けなくてもいいんじゃないんですか? ユウナ様」


「え?」


「だって助けを求めているのは、今までユウナ様に冷たい仕打ちをしていた人達でしょう? なら、ユウナ様が助ける義理はないでしょう。ユウナ様も、コトコリス男爵を助けたいとは思わないんでしょう?」


 ミモザ様の言う通りだ。私は、お父様達を助けたいと思えない。


「陛下からはユウナに任せるとのお言葉を頂いている。助けるか助けないか、ユウナが決めていい」


 エミルもお父様もお母様も、私に冷たい扱いをしてきた人達も、皆がどうなっても、私は何も思わない。だって、何の愛情も持っていないもの。


「私は……」


 私は皆、大嫌い。

 心が狭いと言われても、嫌いな人を助けたくない。あの人達がどんな目にあおうが、助けたくないのに!


「……行きます、依頼を、受けます」


 助けたくない。でも、土地に罪は無いと思うから。聖女として――土地に力を与えなきゃ。


「ユウナ……」


 私の葛藤に気付いてか、レイン様は私を慰めるように、優しく手に触れた。


 大丈夫。こうして、私を信じて、守ってくれるレイン様が傍にいてくれるなら……私は、どんなことでも頑張れる。


「ユウナ様は本当に優しい方ですね、僕なら絶対に助けないのに」


「……そうですね、私も、迷いました」


 今も、お父様達を助けたくないと思っているけど……


「では、せめて意地悪し返せば如何ですか?」


「え?」


「大地を見捨てられないんでしょう? でも、コトコリス男爵達を助けたくないんでしょう? なら、仕返ししましょう」


 ミモザ様は私にもレイン様にも頭に浮かばなかった考えを、笑顔で私達に提案した――



 *****



 私がコトコリス領を去って、もう一年以上が経過した。

 私が産まれてから豊作続きで、凶作とは無縁だったコトコリス領の大地は、馬車の中から見ても、ボロボロに枯れ果てていた。


 可哀想……


 聖女が一度、力を与えて復活した土地は、適切なケアをしていれば、聖女がいなくなっても、正常な状態を維持出来るはずだった。現に、メルトも今は聖女の手を離れているが、元通りの自然溢れる土地に戻っている。


 コトコリスの領民達は、聖女の力に頼り切りでしたもんね。


 聖女の力は偉大だった。

 何もしなくても、種さえ撒けば作物は育ち、実る。毎年毎年豊作で、聖女の力に胡座をかいていたコトコリスの領民達は、努力をすることを忘れていた。


「遅いぞ! ユウナ……様!」


 お、すんでのところで様を付けましたね、お父様。


 夕刻、コトコリス領に入ったすぐの町 《アクア》で私達を待ち受けていたお父様の前で馬車を止め、ゆっくりのんびりと馬車から降りる私に、お父様は怒鳴る声を弱めつつ、最後にはきちんと私に様をつけた。

 学習能力が少しはあって良かった。何度牢屋に叩き込まれるお父様を見なきゃいけないのかと心配してしまいましたよ。まぁ、それでも及第点ですけど。


「コトコリス男爵、ユウナには敬語を使って下さい」


「っぅ!」


 私の専属魔法騎士として今回も同行して下さっているレイン様は、忠告も込めてか、強くお父様を睨み付けた。レイン様の仰る通り、敬意を払って頂かないとね。だって私は、ファイナブル帝国の聖女なんですから。

 私は本当は、お父様達なんて助けたくない。苦しもうがどうなろうが、どうでもいい。でも、ファイナブル帝国の聖女として、土地を助けに来た。本当は嫌なのに、心を押し殺して助けにきたの。


 だから――私はミモザ様の提案を受け取ることにしました。


「早く土地の回復をして下さい! もう限界なのは見て分かるだろう!? 作物が全く育たなくなっているんです! 水も干からびてきている! なのに、ユウナ様が約束の日より遅れてくるから――!」


「ええ? 今日はもう遅いから嫌ですよ。私、長旅で疲れちゃったんです。この旅の疲れが取れない限り、土地の回復なんて出来ません」


「はぁっ!?」


「宿を用意して下さい。一番良いお部屋でお願いしますね。食事も、全部私の好物で。元家族なんですもの、そのくらいご存知ですよね?」


 私に一切興味無かったから、知らないでしょうけど。


「それと、私に似合う宝石やアクセサリー、服を報酬として沢山用意しておいて下さい。あ、後は、肌に良い入浴剤と、寝る前には良い香りのするアロマがあれば素敵ですね」


「ふ、ふざけないで頂きたい! こっちは緊急なんですよ!? 一刻も早く土地を回復しないと、作物も水も無くなって、困るというのに!」


「えーそれ、私に関係ありますか?」


「は?」


「貴方達が困ろうとも、私には知った事ではありません」


 ハッキリと冷たく言い捨てると、お父様の顔色は怒りでみるみる赤く染まった。


「この偽物の聖女が! やはりお前は聖女には相応しくない! 聖女ともあろう者が、土地の回復をしないなど、有り得ん! 聖女ならば、困っている者を無条件で助けるべきだろう!」


 ……どの口が言うんだか。呆れてしまいますね。


「どうして? 今までは貴方のご自慢の娘であるエミルがしてきたことじゃないですか。コトコリス男爵だって、エミルの聖女の立場を利用して、随分好き勝手に振舞っていましたよね?」


 私はその現場を見てこなかったけど、数々の噂は耳に入ってきている。それはもう、元身内の恥が次々と。その都度、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。


 私は、そんなエミルやお父様を真似ることにしたの。

 今度はお父様達の方が、聖女である私に媚びを売って、土地を救ってもらう立場であることをご理解下さい。

 ミモザ様の提案通り、仕返し、してあげますね。

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