第10話ファイナブル帝国の聖女の収穫祭

 


「残念だが、ユウナの妹にとっては、土で薄汚れた野菜は、奇跡の力の対価にはならないらしい」


 野菜を渡そうとした市民に対して、『こんな汚いものいりません』と突っ返したそうだ。

 いや、普通にエミルも野菜食べますよね? なんでそんな失礼なこと言うかな。


「それでも唯一の聖女だからと今まで我慢してきたものが、もう一人の聖女の出現で我慢する必要がなくなり、不満不平が表に出てきた感じだな」


「エミルって評判悪いんですね、知りませんでした」


 コトコリス領では評判が良かったのに。


「コトコリスの領民は恩恵を強く受けているのもあるだろうが、幼い頃から彼女を知っていて、ある程度の接し方を知っているのだろう。彼女の望む言葉をかけ、彼女の望む接し方をする」


 エミルの機嫌を損ねないように、彼女に同調し、彼女が機嫌良く過ごせるよう、住民全員でフォローした。


「お可哀想に」


 それしか感想は無い。

 エミルが私を悪く言えば、エミルに同調して、私を悪だと決めつけた。

 エミルは偽物の聖女なのに、皆して崇め奉って、本物の聖女を邪険に扱った。結果、本物の聖女はコトコリス領に何の愛情も持たなくなったとさ。めでたしめでたし。


「そうだ、陛下が一度ユウナに直接礼を伝えたいと仰っていたのだが、いつがいい?」


「……それって、私が決めるんですか? 私は陛下の手が空いている日で良いのですが……」


 私、今特に何もしていませんし。本当に自由を満喫しているだけで、ある意味無職ですよ。


「陛下はユウナに合わせると言っていたよ」


「何でですか!?」


「聖女の活動中はユウナ望む自由を奪ってしまっているからな。陛下の呼び出しくらい、ユウナの望む通りに――」


「お願いですから、普通にして下さい! 陛下のご都合に合わせますから!」


 聖女だからって皇帝陛下に気を使わせてしまうなんて、こっちの胃がストレスで破壊されます!


「……はは、本当に、ユウナはユウナだな」


「どういう意味ですか?」


「いや? ユウナが初めから聖女だったら――婚約を拒まなかったのにと思っただけだ」


「っ! な、何を!?」


「陛下は丁度今日、予定が空いていたと思うから、今から皇宮に行こうか」


 何も無かったように平然と次のお言葉を発するレイン様。

 な、何!? 人をこんなに惑わせておいて、自分は平然とした顔しちゃって、何なの!?


「ユウナ、折角だから帝都の広場を歩いて行かないか? 今日は広場で収穫祭をしているらしい」


「そうなんですか? 行きます!」


 収穫祭なんて素敵な響き! きっと新鮮な野菜や果物で作った美味しいご飯がいっぱい並んでるに違いない! 楽しみー!

 レイン様にはドキドキさせられちゃったけど、収穫祭の魅力に掻き消された。


「では参りましょう。ファイナブル帝国の聖女、ユウナ様」


 まだまだ慣れない通り名。

 気付いたら、多くの人達からそう呼ばれるようになった。ご好意で呼ばれているので受け入れているけど、大分気恥しい。エミルと違って目立つのは苦手だし、出来るだけ注目されずに、大人しく、目立たずに生活していきたいのが本音。


 そう、思ってはいるのですが――――


 《ファイナブル帝国の聖女様の収穫祭! ユウナ様! 帝都に来てくれてありがとう収穫祭!》


 収穫祭が行われている広場の入り口、アーチのど真ん中に大きく書かれた文字に、絶句する。


 私、めちゃめちゃ目立ってますね……


「あ、聖女様! 来て下さったんですね!」


 私の姿を見るなり、一気に人が押し寄せ、人集りが出来た。


「聖女様、これ、今日の収穫祭のために発案したレシピで作った料理です! 是非食べてみて下さい!」


「聖女様、これ、聖女様の力で育った花で作った花冠です! 良かったら受け取って下さい!」


「聖女様、以前、レイン様と共に傷を治して頂きありがとうございます! どうぞ、新鮮な野菜です、受け取って下さい!」


「あ、ありがとうございます」


 一瞬で私の両手は、食べ物やお花、野菜達で一杯になった。


「人気者だね、ユウナ」

「そ、そんなことは……」


 無い。とは言えない。

 これだけ慕ってくれているのが、嬉しいような、こしょばゆいような、でも、やっぱり嬉しい。

 私に向けられる沢山の笑顔に沢山の感謝の言葉。妹の影として生きていた頃には、一つも手に入らなかったもの。


 ……嬉しい……


 私はそう、喜びを胸の中で噛み締めた。



「おい! これは一体何の騒ぎだ!?」


 楽しいお祭りの雰囲気の中、空気をぶち壊すように怒号を上げ広場に入って来た人物は、ファイナブル帝国の聖女と書かれたアーチを乱暴に蹴りつけた。


 ああ、聞いたことのある声だわ……

 嫌だけど耳覚えのある声は、昔、家族として過ごしていた人の声で、私は嫌々、その人物に顔を向けた。


「お父様」


 はぁ、出来れば二度とお会いしたくなかったのに。

 まぁでも、お会いしたのなら仕方ない。何やら私に言いたいこともあるようなので、話くらいは聞いてあげよう。昔の家族のよしみでね。

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