第39話再会の前に――エミルの気持ち②

 


 エミルは聖女として、多少では無い我儘も全て許されてきた。気に食わないからと聖女の活動をしなくても、唯一無二の聖女の力を持つ彼女を誰も咎めず、甘やかしてきた。

 だから、エミルにとってこれは普通のことで、今までは許されてきたのに、どうしてルキがこんなに取り乱しているかが、分からなかった。


「戻れ! 早く!」


「ル、ルキ様?」


 いつも優しいルキが、こんな風に怒鳴るのは初めてで、エミルは体をビクッと反応させた。


「ただでさえ偽物の聖女だとレッテルを貼られて、依頼が減って来ているのに、それでこんな真似をしたらどうなるのか分からないのか!? 今のコトコリス男爵家の財力はお前頼みなんだぞ!」


「え? え?」


「コトコリス男爵から聞いていないのか!? 聖女の力目当てだった他の貴族からの援助は、うちを含め、全て切られたんだ! そこに、土地の枯渇もあって大変な時に、依頼を放置するなど有り得ん!」


「で、でも、あの人達、私に酷いことを言って――!」


「偽物の聖女だと証明されたのだから、言われても仕方無いだろう!」


「そん……な」


 可愛がられて可愛がられて、自分の思うがままに生きてきたエミルにとって、酷いことを言われるのも、お姫様みたいにチヤホヤされないことも、耐えられないことだった。


「お義母様はどうした!? 一緒に回復に付き添っていたはずだろう!?」


「あ……えっと、残って商人の人達に謝っていたような気が……」


 それも不思議だった。今まで、私が何をしても、お母様が頭を下げるようなことなんて無かったのに。いつも一緒になって、私の味方になってくれていたのに。


「娘一人まともに言うことを聞かせられないとは……! すぐに戻れ! 一緒に頭を下げて、さっさと回復して来い!」


「い、嫌です! どうして私が、あんな失礼で酷い人達に頭を下げないといけないんですか!?」


「くどい! いいか!? お前が役割をこなさないと、お前の父親と母親が路頭に迷うことになるんだぞ!? それだけじゃない! お前自身も困ることになるのが分からないのか!」


 他貴族からの支援が無くなってからも、今までの贅沢を忘れられず、同じように散財しているコトコリス男爵家の財政は、火の車だった。


「でも、私がコトコリスの聖女に戻れば――」


「いい加減に――っ、いや、いい。すまないエミル。言い過ぎた」


 ギュッとエミルを抱き締めると、ルキは優しく頭を撫でた。


「エミル、君を本物の聖女だと信じているが、今は我慢の時なんだ。聖女の力を取り戻すまでの間、何とか凌がなくてはならない。その為には、君の奇跡の回復魔法が必要なんだ。今の君には、その回復魔法しか価値が無いんだから、分かってくれるよな?」


「……はい、分かりました」


 納得はしていない。でも、支援が途切れ、家の財政が厳しいことは、エミルも知っていた。だから、渋々了承した。


「ああ、分かってくれて良かった。じゃあ行っておいでエミル」


「……はい」


 以前は、聖女として活動している間も、ずっと私の傍にいてくれたのに、ルキ様は一緒についてきてくれなくなった。いつも優しくしてくれていたのに、怒鳴るようになった。


 何なの……! あれだけ、私のことを好きだって言ってくれていたのに……!


 それもこれも、全てユウナお姉様の所為。

 ユウナお姉様が、私の傍からいなくならなければ、ユウナお姉様がずっと、私の傍で、私のために生きていてくれていれば……!


「ユウナお姉様……早く戻って来て……! 私とユウナお姉様はずっと一緒なの! ずっと一緒っ! 私にはユウナお姉様が必要なの……!」


 ユウナお姉様が私のために生きてくれれば、私はまた、コトコリスの聖女に戻れるの。そうしたら、また、皆が幸せになれる。

 私が皆から愛されるためには、ユウナお姉様が必要なの。だから傍にいて、私だけのユウナお姉様でいて――――


 ユウナお姉様、大好きです。




 ◇◇◇


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る