第30話ルキ様の失脚


「……では、シャイナクル侯爵家の皆様にお願いがあります。ルキ様は、コトコリス男爵と共謀し、聖女の力を笠に好き勝手に振舞っていました。その所為で辛い思いをした人達がいます」


 その中には、コトコリス男爵に買われ、召使いになった者もいる。


「どうか、その人達を救ってあげて下さい」


 聖女の力を求める人達に莫大な対価を求め、それを払えない人達には、自らやその娘、息子を対価として差し出させた。

 もうあの人達は家族ではないけど、そんな家族を野放しにしていた私にも……責任はある。


「流石はファイナブル帝国の聖女……その心までも美しい。コトコリスの聖女と対面した時に、もっとよく内面を見ていればと悔やむばかりです」


「ユウナ様のお願い、シャイナクル侯爵家が承りました。どうぞお任せ下さい」


 ゲオルグ様もミモザ様も、胸に手を当て、頭を下げた。

 周りからは、私を称えるように大きな拍手が巻き起こったけど、私は嬉しくなかった。私は私が賛辞を受けるためにしたわけじゃない。

 ただ、皆をあの人達から解放してあげたいと思っただけ。自分と同じように――あんな人達に苦しめられるのは、可哀想だと思っただけ。助けたいと、思っただけ――



 ***


 騒動が収まった後、陛下は私を気遣って、個室を一室用意して下さった。


「お疲れ様ユウナ」


「お疲れ様です、レイン様」


 ゲオルグ様とミモザ様はあの後、すぐに皇宮を去った。きっと今頃、ルキ様の処分が検討されている頃だろう。


「ミモザ様、上手くいくでしょうか?」


 ミモザ様はルキ様を地獄に落とすお手伝いをして欲しいと持ち掛け、私はそれを了承した。


 ゲオルグ様は厳格な方だが、情に熱く、息子達にも平等に愛を与える方だった。

 それは長男であるルキ様にも同様で、ルキ様が弟達に劣っていたとしても、長男であるルキ様を跡継ぎにしようと考えていた。そのために、ゲオルグ様はルキ様に発破をかける意味合いで、レイン様の名前を出していたのでしょう。

 ルキ様にシャイナクル侯爵家を継がせるために、厳しく接していた。だが、その思いはルキ様には届かなかった。


「あそこまで騒ぎになれば、シャイナクル侯爵も何かしらルキに処罰を与えないと示しがつかないだろう」


 ミモザ様は、そんな甘い父に見切りをつけさせるために、あえて、公の場でのルキ様への断罪を決めた。


「ミモザは頭が切れる。後は勝手にルキを次期当主の座から追い出すだろう」


「そうですか、なら、良かったです」


 私にあれだけ酷いことしておいて、好き、と平気で嘘をつくルキ様。馬鹿にするのも大概にして欲しい。ルキ様が何より望んでいたシャイナクル侯爵当主の座を奪えたなら、少しはスッキリします。


「陛下が今日はこのままここに泊っても構わないって」


「そんなにお世話になるわけには……」


「お言葉に甘えよう、僕が疲れた」


 レイン様はそう言うと、ソファに座っていた私の隣に腰掛けた。


「大丈夫?」


「え?」


「ルキに酷いこと言われてたから」


「はい、大丈夫ですよ」


 今更あの人達に何を言われても平気。あの人達が私に酷いことを言うのはいつものこと。


「ユウナは、本当にルキが好きじゃない?」


「……好きじゃありませんよ。正確には、好きになる前に婚約破棄されたんです」


 本当に感謝してます。もしルキ様を好きになっていたら、もっと傷付いていたと思うから。


「そう、ユウナがルキを好きにならなくて良かった」


「……あの、この間から少し思っていたのですが、レイン様って――」


 ――私のことが好きなんですか? なんて、聞けない!


「何?」


「いえ、何もありません!」


 無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い!

 レイン様は、聖女の専属魔法騎士として傍にいて下さっているだけだし、私のことなんて好きなはずが無い!


 レイン様は優しい。ファイナブル帝国の聖女だからだけじゃなく、私個人も見てくれる。

 コトコリスの聖女だったエミルでは無く、ファイナブル帝国の聖女の私を見付けてくれた。傍にいて、支えてくれる。助けてくれる。


 ルキ様を好きにならなくて良かった。好きになるなら……レイン様のような人がいいな。


「皆、聖女を、ユウナを祝えて嬉しそうだったな」


「……はい」


 あんなに沢山の人に祝われたのは生まれて初めてで、最初は戸惑ってしまったけど、嬉しかった。

 今までは、賛辞も祝福も、全てエミルのものだったから――


「今までの宴は、我慢するだけの地獄の時間でしたから、新鮮でした」


「ユウナ……」


「自分自身をお祝いされるのは、嬉しいものですね」


 誰も私を無視しない、空気のように扱わない、非難しない。純粋に、私を祝ってくれた。


「これからは毎年、僕がユウナの誕生日を祝うよ。美味しいケーキを用意して、その上に歳の数だけロウソクを立てよう。ユウナの好きな花も贈るよ」


「……ありがとうございます、レイン様」


 これからは、宴は地獄の時間じゃない、もう、自分以外の家族の幸せを目の当たりにして、一人ぼっちにならなくていい。蔑まされなくてもいい。ファイナブル帝国の聖女として、表に立つことになったのは私。エミルじゃなくて、これからは私が、宴の主役になるの。そしてこれから宴で地獄の時間を過ごすのは、エミルのほう。

 愛されるのが当然の妹は、どうなるのでしょうね? 可哀想なエミル。




 ――後日、シャイナクル侯爵は正式にルキ様を次期当主の座から外し、ミモザ様を次期当主にすることを発表した。

 ファイナブル帝国の聖女に対する暴言や、私と婚約中でありながらエミルと結婚していたこと、コトコリス男爵と一緒になって聖女の力を笠に好き勝手していたことが決め手となった。


 ルキ様は何よりも望んでいたシャイナクル侯爵家当主の座を一夜で失い、また、今回の騒動が引き金となり、他貴族からの信頼も失うことになった。


 文字通り、地獄に落ちることになったのだ――

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