第1話本物の聖女は私の方なのに、馬鹿な家族

 


 《ファイナブル帝国》の《コトコリス男爵》家には、聖女がいる。


 聖女が産まれる前のコトコリス領は、土地が汚れ、草木が芽生えない枯渇した土地だった。だが、聖女が誕生してからというもの、コトコリス領の土地は浄化され、実り溢れる土地になった。

 聖女は土地を守り、実りを与え、傷付いた人々を癒す回復魔法を使える、《コトコリスの聖女》だと崇められた――――そんな聖女は、私の双子の片割れ、妹のエミルだった。



「――ルキ様、これはどういうことですか?」


「ユウナ!? 何でお前がもう帰ってきてるんだ!?」


 自宅に帰ってきた私の目の前に広がるのは、私の婚約者のルキと、その婚約者とピッタリ体を寄せ合い、あられもない姿をしている妹の姿。

 私と妹は一卵性の双子で、顔はそっくりだが、髪質だけは、私がストレート、妹がふわふわの天然パーマをしていた。


「質問しているのはこちらです。もう一度聞きます、どうしてルキ様が、エミルの部屋にいるんですか?」


 同じ顔をした妹が、婚約者とベッドの上にいる。気持ち悪くて、吐きそうで……何も無いなんて言い訳、通じるはずがない。

 強く睨み付けながら尋ねると、彼は観念したように口を開いた。


「エミルは俺の妻だ」


「妻って……まさか、私の妹と結婚していたんですか!? 私と婚約していながら!?」


「ああ、一年前にな」


 私とルキ様が婚約したのは三年前。私と婚約していながら、妹と結婚していたの!?


「エミルは姉の婚約者でも構わない、それでも俺が好きだと言ってくれてな。その一途な想いに応えることにしたんだ」


「それのどこが一途な想いなんですか!? ただの浮気じゃない!」


「言っておくが、この場合、浮気相手はお前の方だ。俺達の一途な愛を責めることは出来ないからな」


「ごめんなさいユウナお姉様、私、ルキ様のことを好きになってしまったんです。でも、ユウナお姉様のことも勿論、大好きなんですよ」


「……大好き? 私の婚約者を奪っておいて? どうせお父様達も、エミルの味方なんでしょう? お父様達は私よりもエミルのことが大好きだものね」


「お父様達は、私の想いを理解してくれて、応援してくれたんです。本当に、皆、大好きです」


 聖女として産まれたエミルは、昔から両親に溺愛されていた。対して私は、何の力も持たない、役立たずな娘として、妹と差別されて生きてきた。

 いつも笑顔で可愛くて、愛を振りまく特別な力を持つ妹は、誰からも愛される。


「ユウナ、エミルを責めることは許さないぞ。本当ならお前なんてすぐに捨ててやりたかったのに、エミルが願うから、お前とも付き合い続けてやっていたんだ。本当に、エミルは心から優しい女性だ」


「それって、姉の婚約者を奪って結婚しておいて、隠れて、私との付き合いを続けさせたってこと? ただの二股じゃない! 馬鹿にしてます! それのどこが優しいんですか!? 最低です!」


「ユウナお姉様、怒らないで……! 私、ユウナお姉様に傷付いてほしくなくて……」


「ユウナ! お前という奴は、ここまでお前を想ってくれる妹を酷く言うなんて、お前の方が最低な女だ!」


 どれだけ妹が悪くても、ユウナが泣くと、必ず私が悪になる。

 私の話なんて、誰も聞いちゃくれない。


「こうなった以上、お前との婚約は破棄する。最も、一年前にとっくに婚約は破棄していたがな」


「……」


 私が知らない間に、お父様が婚約破棄の手続きをしていたんですね。エミルのお願いを叶えるために。


「全く、最初からエミルと婚約していればこんな面倒なことにはならなかったのに、コスコリス男爵――義父がエミルを嫁に出すのを渋るから、こんなことになるんだ」


「……何? どういう事ですか? 最初からエミルと婚約……?」


 私がルキ様と最初に会ったのは三年前。お父様から、私の婚約者として紹介されたのが最初。

 《シャイナルク侯爵》令息であるルキ様。

 コトコリス男爵家令嬢である私には、高望み過ぎるくらい良い縁談で、最初は中々信じられなかった。


「俺はお前との婚約なんて望んでなかった。俺は最初から、聖女であるエミルとの婚約を望んでいたんだ。それを、義父がエミルにはもっと良い縁談を用意してあげたいと高望みするから、仕方なく、お前なんかと婚約したんだ」


「そんな……」


 聖女であるエミルには、名のある貴族達から縁談の話が舞い込み、お父様は、エミルを出来れば公爵家、もしくは王家に嫁がせたかった。だからルキ様は、仕方なく、私との婚約を承知した。エミルとの繋がりを持つために――――


 私は、妹の代わりに、妥協で婚約者に選ばれたってこと?


「だが、エミルが俺と結婚したいと、義父を説得してくれたんだ。義父も、可愛いエミルの願いならと、了承したよ」


「お父様は私の事を第一に思ってくれるんです。だから、私がルキ様と結婚したいと言ったら、許してくれたんですよ」


 ショックだった。

 確かに、ルキ様は私に冷たかったけど、それでも、私を選んでくれたんだと思っていた。だから、時間をかけて、ルキ様との関係を築いていけばいいと思っていた。でもそれは、私の独りよがりだったんですね。


「ルキ様は、私の想いに応えて、ユウナお姉様よりも私を好きだと言ってくれました。だから、ユウナお姉様の婚約者を、私に下さいね。ユウナお姉様、大好きです」


 いつものように、私を好きだと言いながら、私を傷付ける妹。

 私は妹が大嫌いだった。

 でも、それでも家族だから、たった一人の、双子の片割れだからと、ずっと我慢してきた。


「ユウナ、エミルとの愛ある生活にお前は邪魔なんだ。もう俺達の邪魔をするな!」


「ルキ様、ユウナお姉様にそんな酷いこと言わないで下さい! ユウナお姉様、ルキ様が……私の夫が酷いことを言って、ごめんなさい」


 私の夫が。なんて、私から婚約者を奪っておいて、そんな風に庇われたって、腹が立つだけで意味がない。エミルはいつもそう、自分が私を傷付けているにも関わらず、その自覚がないように、平気で私を労る言葉をかける。

 そして、エミルの周りにいる人達は、皆、彼女の言葉を真に受ける。


「こんな出来の悪い姉を気遣うなんて、エミルの心は清らかで優しいな。それに比べて、姉のお前は、なんて心の醜い女なんだ。聖女とは似ても似つかないな」


 いつもエミルが正しくて、私が悪になる。


「もう、ルキ様ってば、またユウナお姉様に酷いこと言って……ユウナお姉様、ルキ様が落ち着くまで、ゆっくり自室で休んでいて下さい。私達、これから新婚旅行に行ってくるんです」


「エミルが聖女として忙しくしていたから、行くのが遅くなってしまったな。初めての二人旅、エミルを大切に、沢山愛すと誓うよ」


「ルキ様……」


 私を無視し、二人だけの世界で見つめ合う様子に、スーっと、心が冷めていくのを感じた。


「ユウナお姉様、今はまだ、心が穏やかじゃないかもしれませんが、時間が経てばきっと、心が落ち着いてくると思います。その時は、また、仲の良い姉妹に戻りましょうね。大好きです、ユウナお姉様」


 ――――ずっと我慢してたけど、もう限界。


 好きって言えば何でも許される免罪符じゃないのよ? 今まで家族だからって、双子の片割れだからって我慢してたけど、もう無理。


「私は、エミルが大嫌いよ」


「え? 嘘……ユウナお姉様が、私のことを嫌い?」


 心の中にずっと閉まっていた感情を初めて口に出すと、妹は大きく目を見開いて、大きな声で泣き出した。

 またルキ様が私を責め立てたけど、もう私の耳には届かなかった。

 初めて本当の気持ちを言うことが出来て、清々した。嫌いな妹が泣こうが喚こうが、私の知ったことじゃないもの。




「――ユウナ! エミルを泣かせたようだな!」


 泣いているエミルを落ち着かせ、新婚旅行に向かわせた後、両親は私をリビングルームに呼び寄せた。


「お前のような出来損ないが、聖女である妹を傷付けるなんて、許されることじゃないぞ!」


「エミルは、私の婚約者を奪ったんですよ!? それでも、エミルの味方をするんですか!?」


「可愛い妹が望んだんだから、姉として、婚約者を譲るくらい当然でしょう。全く、エミルちゃんは優しいから貴女を傷付けたくなくて、仮初めの婚約者を続けさせてあげたっていうのに」


 お父様もお母様も、誰も私の味方をしてくれない。

 妹と違い、何の力も持たない私を、お父様もお母様も邪魔者のように扱ってきた。


「エミルが望むからお前を家に置いてやっていたが、もう限界だ。これに記入して、さっさと出て行け」


 そう言ってお父様に渡されたのは、絶縁状だった。これに記入すれば、私はもう、コトコリス男爵家の人間では無くなる。


「……分かりました」


「ほんと、最後まで可愛げの無い娘ねぇ。少しは泣いて許しでも乞えば、可愛げもあったでしょうに」


 貴方達と家族でいさせて下さいって? 冗談じゃない。


「書きました。これで、私はもう自由ですね」


「なんて口の利き方だ――! お前の顔など二度と見たくない! ワシの領地から一刻も早く出て行け!」


 特別な力を持つ妹ばかりを贔屓した両親。そして、平気で私を裏切った妹と婚約者。両方、私の人生に必要無い。


「こちらこそ、貴方達と家族の縁を切れて清々します。さようなら、コトコリス男爵、男爵夫人」


 最後に言いたい事を言い、丁寧に頭を下げ、家を出た。


 さようなら、もう二度と貴女達を家族だなんて思わない。例え泣いて助けを求めて来ても、絶対に助けてあげない。



、馬鹿な人達」


 最後にそう、もう二度と戻る気がない実家に向かって、声をかけた。

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