第3話 研究者とテスターの関係

「おーい、アイミュ様〜? ボーッとしちゃってどうしちゃったんですかー?」


 声をかけられた私は、ハッとなって顔を上げる。


 今私がいる場所は、王都郊外にある寂れた廃墟……にポツンと建てられた、レーナの研究所だ。


 王都から近い町を襲ったゴブリンの群れを相手に大暴れした私は、この施設に戻ってレーナの診察を受けていた。


 まだ試作段階の魔装鎧マギアデバイスを行使したことで私の体にどんな影響が出たのか、それを調べるために。


「大丈夫だよ、レーナと初めて会った時のことを思い出してたの」


「あー、あの時は本当に助かりましたよ。研究所の追放処分を受けて、ボクの研究者としての人生が終わる寸前でしたからねー」


 強くなって、お姉さまも、お姉様が愛したこの国も守る。そう決意したけど、女である私の身じゃあいくら鍛えても魔法は強くならない。


 そこで出会ったのが、ちょうどフレアドラゴンの件が切っ掛けで、王家お抱えの魔法技術研究所から追放処分を下された人物の一人、レーナだったんだ。


 罪状は、未完成の装備を使って騎士を死なせたことと、その余波によって私とお姉様を殺しかけたこと。


 そう……私達を助けるためにフレアドラゴンに立ち向かってくれたあの騎士。彼が纏っていた空飛ぶ鎧が、レーナの作った魔装鎧で……その力を完全解放した結果、彼はフレアドラゴンの撃破と引き換えに命を落としてしまったらしい。


 その話を初めて聞いた時は、命の恩人がお礼の一つも言えずにいなくなってしまった悲しみと同時に、そんな理不尽な理由で追放されるなんて間違ってるって思った。


 確かに、魔装鎧の力はあの時の騎士を殺してしまったのかもしれないし、私とお姉様が負った怪我も魔装鎧の攻撃によるものがほとんどだった。


 でも、あそこであの人が戦ってくれなかったら、どのみち私もお姉様も死んでたんだ。


 だから私は、第二王女として許される限りの権力とお金のありったけをかけて、唯一所在を確認出来たレーナを私の保護下に置いたんだけど……。


 正直、実際に関わるようになって五年も経った今では、追放処分は割と妥当だったんじゃないかって思ってる。


 責任うんたらはただの口実で、手に負えない問題児を追い出したかっただけなんじゃ? って。


「というわけで! そんなお優しいアイミュ様のお陰で完成も間近となった、魔装鎧の運用データについてなのですが!!」


「うん、せめてポーズだけでもいいから、その危険な鎧で運用データを集めた私を心配してくれてもいいんだよ?」


「えー……だって問題がないことは既にテスト済みですし、いくら実戦は初めてだからってそう新しく語ることはないですよ。それに、元々そういう契約ですし?」


 この通り、私が僅か十二歳の王女だろうが全く心配する様子がない。


 レーナはこう、研究第一というか、すこーしだけマッドサイエンティストな気質があるから、一度被検体と見なしたら王女相手だろうと容赦しないんだよね。


 まあ、そんなレーナだから、私も誰に阻まれることなく戦いの場に出ることが出来るんだけど。

 もしこれがお姉様だったら、絶対止められてるよ。


 何せ、私が使っている魔装鎧は、あの時の騎士が耐え切れなかった初号機よりも更に強力な……炎竜フレアドラゴンの力を宿した鎧なんだから。


 一応、あの時よりも厳重にリミッターをかけられているとはいえ、普通なら五分も戦闘すれば死ぬくらい凄まじい反動がある装備なんだって。


 なんでそんな物騒なものを私が使えるかというと、私が生まれつき人よりも多くの魔力を制御する素質があったから。


 魔力はないのに、それを制御する力はあるってどうなの? って感じだけど、この世界の女性は全体的にそういう傾向にあるみたいで、私は特にその差が顕著に現れた珍しい例なんだってさ。だから、今のところは私じゃなければ、魔装鎧は使えない。


 とはいえ……レーナが最終的に目指しているのは、訓練さえすれば誰でも魔物と互角に戦えるようになる新装備の開発だ。


 私個人の素質に依存した“欠陥品”じゃない。


「アイミュ様が魔装鎧のテスターとなって運用データを集め、ボクはその運用データから得られた技術を全てアイミュ様に提供する。ボクは人生を懸けた研究が形になり、アイミュ様も"人助け"に必要な力を得られる、win-winな関係……そういう約束でしたよね?」


「うん、ちゃんと覚えてる。だから別に文句はないよ、ちょーっと人の心について語り合ってみたいだけで」


 私自身、この研究がどれだけ無謀なことかは理解してる。


 何せ、私が知っているアニメでは確かに西洋ファンタジー系にしては近未来的な装備が出て来たけど、魔装鎧なんて装備は見たことがない。


 つまり……この装備は、普通なら実用化しないはずの代物なんだ。


 それを無理やり形にしようっていうんだから、多少の無茶は押し通さないと。


「それは良かったです。まあ、普通に考えると、ボクのメリットが大き過ぎる気はしますけどね。研究費もほぼ全てアイミュ様に用立てて貰ってますし」


「あはは……それについては私というか、お姉様のお陰というか……」


 お姉様は、まだ十歳の頃から才覚を表し、直轄領を得てそれを盛り立て……そこらの貴族すら目じゃないほどの収入を、王家と関係なく“個人で”得ている。


 けど、そんなに幼い時から天才的な発想で大金を稼いでしまったお姉様には、一つだけ致命的な欠点があった。


 金銭感覚がね、もう完膚なきまでに壊れているんだ。


 それこそ、可愛がっているわたしに「お小遣いあげるわね〜」って千円を手渡すような感覚で、一千万円くらいポンと渡してくるような。


 いや、この国の通貨は円じゃないんだけど、それくらいぶっ飛んだことを悪気なくやってくるんだ、お姉様は。


 だからその、私のお小遣いだけで、レーナ一人の研究費はあっさりと工面出来てしまっている。


 助かるんだけど、果たしてこれでいいのかどうかは甚だ疑問だ。


「ともあれ、私の体もデバイスも問題はなかったんだよね? それなら、私はそろそろ王城に戻るよ、あまり離れてるとまたお説教されちゃうし」


「分かりました。また魔物の出現情報が入ったら、デバイスを介して連絡しますね」


「うん、お願い」


 レーナから魔装鎧……あの騎士の形見でもある炎竜の魔石を精錬して作られた魔輝核クオーツが嵌め込まれた腕輪を手渡された私は、研究所を後にする。


 ただ、ここに出入りしている事が知られると面倒なので、魔法を使って自分を透明化しておく。


 王都の町中に入るまではこうして姿を隠すのが、私のいつもの流れになってる。

 この程度の魔法なら、魔装鎧がなくても自力で使えるしね。必死に練習した成果だ。


 まあ、そんなに長い時間透明になり続けるのは無理だから、要所要所、大事なところでしか使えないけど。


「さてと、後はどうやって王城まで騎士の皆さんに捕まることなく戻るかってことなんだけど……」


「いたぞーー!!」

「アイミュ様ーー!!」


「あ、やばっ、もう見付かった!?」


 王都の町中に戻って透明化の魔法を解除すると、あっという間に私を探す騎士に見付かってしまった。


 ここで捕まるのは嫌だ!! と、私は全力でその場からの逃走を図る。


「くそっ、すばしっこい!!」

「追え追え!! 逃がすなーー!!」

「いい加減観念してください!!」


「嫌だよ!! ちゃんと日が沈むまでには帰るから、見逃してーー!!」


「なんだなんだ、今日もまた“お転婆姫”の脱走劇か? 何度も何度も飽きないねえ」

「よしお前、今日は逃げ切る方と捕まる方、どっちに賭ける?」

「逃げ切る方だ、今日は負けねえかんな」


 必死に逃げ回る私と、それを追う騎士の人達を見て、王都の人達は笑いながらそんなことを口にする。


 これが私の、今の日常。


 私が守りたい世界の景色だ。

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