第23話 前世の夢
気が付いた時、私が立っていたのは、こことは違う別の世界……前世における、私の故郷だった。
だから、すぐに分かった。ああ、これは夢か、って。
「…………」
夢の中だと分かっていても、私の足は自然とある場所へ向かって歩き出す。
この世界で、私が生まれた家。
私の家族がいた場所だ。
『○○、○○〇も、ご飯よ〜』
『わあ、お母さんのクリームシチューだー!』
『だー!』
『おーう、揃って大はしゃぎだな。ちゃんと食べる前に手を洗えよー』
『『はーい!』』
私と、お父さんと、お母さんと、妹と……四人家族で過ごした、幸せで平和な毎日。
少しずつ、かつての記憶が薄れていってるのか……自分の名前すら聞き取れず、家族の顔もぼんやりとモヤがかかっていて認識出来ない。
それでも……私がその空間にいることを心から愛していたっていう、温かい気持ちだけは確かに胸の中に残っていた。
だから。
『……? こんな時間に誰だ? 宅配か何かか? ちょっと行ってくる』
“その先”を知っている私は、必死に手を伸ばし、声を張り上げた。
「ダメ……行っちゃ、ダメだよ、お父さん……!!」
でも、所詮は夢でしかない私の声は、どれだけ叫んだところで届かなくて……悲劇が、起きた。
『うわぁぁぁ!? なんだお前!?』
お父さんの悲鳴を受けて、お母さんがすぐに玄関へ向かう。
そこにいたのは、既に血まみれになったお父さんと、大きなナイフを手にした一人の男だった。
『に……にげろ……子供達と……早く……』
『いやぁぁぁ!!』
そこからはもう、目を覆いたくなるような惨状だった。
お父さんは息絶えるまで滅多刺しにされ、お母さんは刺されながらも男に組み付いて私達姉妹が逃げ出す時間を稼いでくれて。
一瞬で血の海になるリビングから逃げ出して、寝室に駆け込んで……逃げ場がなくなった私は、妹を押し入れの中に隠して、部屋に足を踏み入れた犯人を物陰から奇襲する作戦を立てた。
両親にねだって買って貰った、戦隊ヒーローの剣のおもちゃを持ち出して、私が……せめてあの子は守るんだって。
でも……子供の力で、おもちゃの剣なんて振り回したところで、大の大人に勝てるわけがなかった。
あっという間に殴り倒されて、後は殺されるだけだってなった時に……妹が、飛び出してきた。
『お姉ちゃんを、いじめるなぁ!!』
まだ十歳にもならない妹が、私のために必死に戦ってくれた。歯が折れるのも構わず足に噛み付いて、初めて男に悲鳴を上げさせて……でも、そこまでだった。
頭に血が昇った男は、私の目の前で妹を八つ裂きにしたんだ。
「あ……ああ……あぁぁぁぁ!!!!」
狂ったように笑う男を見て、私の中でドス黒い感情が湧き上がる。
いつの間にか、“今の私”と“夢の中の私”が一つになって、男に向かって拳を握り締めていた。
「お前だけは……お前だけはぁぁぁ!!!!」
紅蓮の炎が、全身を包む。
今自分がいる場所が現実なのか、夢の中なのか、そんなことも分からないくらい、頭の中が怒りの感情でいっぱいになって、ただただ目の前の男への憎しみのままに拳を握り締めた。
殴り掛かった私に対抗するように、男の全身から“氷”が伸びる。
意味の分からない現象に、けれど私は疑問すら抱かずに拳を振るい続けた。
氷を砕いて、男を吹き飛ばして……今度こそトドメを刺してやるって、全力で踏み込んで──
『ダメだよ、お姉ちゃん』
そんな声が、聞こえて来た。
「……え……?」
いつの間にか、さっきまで床に倒れていたはずの妹が目の前に立っている。
その小さな両手を広げて、男を庇うように。
「なんで、庇うの……? その男は、あなたを殺したんだよ……?」
『落ち着いて、お姉ちゃん。その人は、“あの男”じゃないから』
「え……?」
もう一度男の方を見たら、そこに倒れていたのはあの男なんかじゃなくて……ボロボロになったエレンちゃんだった。
「どうして……私……」
『炎竜の呪いだよ。死の危機に瀕したフレアドラゴンが、自分を転生させるためにお姉ちゃんに仕込んだ憎しみの種』
「……!?」
フレアドラゴンの一部が体に入ってるせいで、魔物になりかかってるって話はレーナから聞いていたけど……それが偶然の産物じゃなくて、あの時死んだフレアドラゴンの意思だったってこと!? そんなこと、出来るの!?
それに……。
「なんで……そんなこと知ってるの……?」
『死んでから、ずっと見てたから。お姉ちゃんが、私達家族を守れなくてずっと苦しんでたことも。この世界に来て、今度こそ守れるようにって頑張って来たことも。まあ……呪いについては、ニーナって研究者が呟いてた独り言そのままだけどね』
私には難しいから、と苦笑するかつての妹に、私はどういう顔を向けたらいいのか分からなかった。
たとえ夢の中でも、こうやって話すことが出来て嬉しい気持ちはある。
でも……私が一番伝えたかったことは、やっぱり……。
「……ごめんね、守ってあげられなくて」
『謝らないで。私はもう、十分守ってもらったから』
そう言って、妹はもう私は忘れてしまった思い出を語り出す。
迷子になった時、いつも一番に見付けてくれただとか、犬に吠えられて泣いていた時に庇ってくれたとか。
本当に、どれも些細で、全然大したことじゃないのに……一つ一つ、大切に指折り数えて、語ってくれた。
『だから……今度は、私がお姉ちゃんを守ってあげる番だよ』
「えっ……」
とん、と体を押し出された瞬間、妹との距離が急激に遠ざかっていく。
慌てて手を伸ばすんだけど、全く届かない。
『今回だけは、私がお姉ちゃんの呪いを抑えてあげる。でも、完全に失くすことは出来ないから……またいつか、お姉ちゃんは今回みたいに、怒りと憎しみに呑まれる日が来ると思う』
それでも、と。
もう、遙か遠くまで離れてしまっているはずなのに、その表情までしっかりと把握出来るその空間で、妹は告げた。
『忘れないで。お姉ちゃんの手は、誰かを傷付けるためにあるんじゃない、誰かを助けて、明日を繋ぐためにあるんだってことを。そうすれば、お姉ちゃんは絶対、誰にも負けないヒーローになれるって……信じてる』
意識が、遠のいていく。
夢の時間が終わりに近付いてるんだって、教えられなくてもすぐに理解した私は……消え行くかつての妹へ、力の限り叫んだ。
「ありがとう!! 私、もう誰にも負けない……呪いにも、自分自身にも、絶対負けないヒーローになって、みんなを守ってみせるから!! ……だから!!」
手は、届かない。
それでも、この想いだけでも届けとばかりに、精一杯手を伸ばして。
「私のこと、天国で見守っててね……明日香」
その言葉を最後に、私の意識は真っ白な光に包まれた。
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