第5話 緊急出動

「はあ、はあ……レーナ、状況は!?」


 朝一でお兄様のテストを終わらせた私は、すぐにレーナの研究所にやって来た。


 本当なら、もう少し余裕を持って慎重に来るつもりだったんだけど……そうもいかないと、連絡が来たんだ。


 魔物災害スタンピードが、想定よりも早く発生しそうになってるって。


「あまり良くないようですね。ボクが騎士団の広域魔法通信をジャックした限り、既に交戦状態に入っているようで」


「そんな……!!」


 魔物は、何らかの要因で一箇所に溜まった魔力から誕生する。


 その性質上、強力な個体や大きな群れが誕生する前には、必ず大きな“魔力溜まり”が生じるんだ。


 それを観測次第、規模に応じて騎士団が討伐隊を編成し、周囲の村や町を守れるように配置に着く仕組みになってる。


 通常、魔力溜まりから魔物が一気に生まれ落ちる“魔物災害スタンピード”に発展するには、三日から一週間ほどの猶予があるはずなんだけど……今回は、一日もなかった。


 これは、明らかな異常事態だ。


「これも、アイミュ様が以前仰っていた、破滅への予兆ってやつなんですかね。この短期間で二回もA級クラスの災害が起こっているあたり、人為的な匂いがしますよ」


 この王国が近い将来何者かの手によって破滅するかもしれないっていう情報は、“予知夢”ってことにしてレーナにも伝えてある。


 そのことを持ち出された私は、自分の考えが甘かったことに歯噛みする。


 ──お兄様やお姉様への言い訳のために、出動を一晩先延ばしにしようとしなければ……!!


「まあ落ち着いてください、今からでも遅くはないですよ」


「でもレーナ、いくら魔装鎧マギアデバイスがあっても、ここから辺境まではかなりの時間が……」


「大丈夫ですよ、ちょうどその辺りを改善した新型デバイスが完成しましたから」


「ほんと!?」


 レーナが差し出した腕輪を受け取った私は、すぐに元々着けていたものから魔輝核クオーツを付け替える。


 そして、研究所の外に飛び出し“装着”した。


「《変身チェンジ炎竜フレアドラゴン》!!」


 私の発声と同時に魔力を注ぎ、魔輝核に込められた炎竜の力を解放する。


 光に包まれ、着ていたドレスが消失し、代わりに真紅の鎧とボディスーツが全身を包み込んで──身長と髪が伸びて、パッと見では“アイミュ・レナ・ルナトーン”だと分からない出で立ちに、文字通りの“変身”を果たした。


 そんな私へ、レーナはうんうんと満足げに頷く。


「突貫工事で一晩で作り上げた新型だっていうのに、一切の躊躇を見せない大胆な変身! 流石はアイミュ様です」


「あのね……はあ、まあいいや。それで、何が変わったの?」


 いちいちツッコミを入れるほど時間もないと、私は急いで説明を促す。


 そんな私の気持ちを察したのか、レーナは「細かい説明は飛びながらしましょうか」と言いながら私のガントレットを開き、前回入手したゴブリンの魔石を放り込む。


「《超過暴走オーバードライブ》状態の機能に一つ、以前アイミュ様が言っておられたロケットブースターというものを付けてみました。それなら、辺境まで一時間とかかりませんよ♪」


「……はい?」


 その説明に合わせて、私の背中に付いた翼が変形し、本当にロケットみたいな形状になる。


 まさか、と顔を引き攣らせる私に、レーナはひらひらと手を振った。


「行ってらっしゃいませ、アイミュ様」


「うわぎゃあぁぁぁぁ!?」


 凄まじい勢いで炎を噴き上げた追加ロケットが、私の体を天高くにぶち上げる。


 ぶっつけ本番、操縦訓練もなし、説明も心構えもなしに飛ばしたレーナには色々と文句を言いたいところだけど、私自身が急かした結果だから何も言えない。


 いや、やっぱりこれだけは言わせて貰おう。


「この人でなしマッドサイエンティストぉぉぉぉ!!」


『はーい人でなしのレーナさんですよー。通信機能も強化したので、国内くらいなら何とかナビゲートし続けられます。あまり時間もないので、手早く操縦感を掴んでくださいね。でないと墜落しますよ』


「分かってるよぉぉぉぉ!!」


 耳元から聞こえるレーナのナビゲートを受けて、何とかちゃんと姿勢制御出来るようになった。


 ひとまず墜落せずに済んだことに、ホッと胸を撫で下ろして……改めて、現地へ向かうことに意識を集中させる。


「状況、何か変化は!?」


『町に常駐している騎士が踏ん張っているようですが、そろそろ防衛線が崩れそうだって叫んでいますね』


「じゃあ、急がないと!!」


『それ以上急ぐのは……って、まさか』


 《超過暴走オーバードライブ》は、魔装鎧にかけられているリミッターを段階的に解除する機能だ。

 魔石が必要なのは、力を解放するよりも、制限をかけているところに力を上乗せする形の方が微調整が利きやすいから、だったかな?


 つまり、やればやるだけ力が増す代わりに、当然私の体への負担もどんどん増していく諸刃の剣なんだけど……この状況で出し惜しみはなしだと、二つ目の魔石をガントレットに放り込んだ。


「《炎翼フレアウイング超過暴走オーバードライブ》!!」


 背中が燃えそうなくらい……いや、正しく劫焔を噴き上げなから、私は空を引き裂く流れ星になる。


 そんな私に、レーナは苦言を呈した。


『やり過ぎると、いくらアイミュ様でも体が持ちませんよ?』


「後悔は後になってからする!! 今は目の前のことが先!!」


 どんどん加速していく中で、ついに私は目的地……魔物に襲われている町に到着した。


 その中で一際目立つ、キングゴブリンらしき魔物の姿も確認する。


『アイミュ様、減速してください、墜落しますよ!』


「ううん、このまま行く!! じゃないと間に合わない!!」


 キングゴブリンのすぐ前で、逃げ遅れた子供を守ろうと蹲る騎士の姿が見えた。


 ここから減速して安全に着地なんてしてたら、先にあの二人が殺されちゃう。


 そんなの、認めない!!


「うおぉぉぉぉぉ!!!!」


 《流星炎撃スターライトパンツァー》。

 ブースターの速度と出力を全て乗せた拳が、キングゴブリンの胴体に風穴を空け、一撃で爆散させる。


 代わりに、私は地面を派手に転がりながら墜落する羽目になったけど。


「ったぁ〜〜……! でも、間に合った!!」


『……前々から思っていましたけど、ぶっちゃけボクよりもアイミュ様の方が、いざって時は無茶苦茶しますよね』


「あーあー聞こえない!! さあ、掃討するよ!!」


 急いで立ち上がった私は、突然ボスを倒されて呆然とするゴブリンの群れへと、迷わず突撃していくのだった。

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