第4話 お転婆姫の外出許可

「はぁ〜、何とか振り切ったぁ……」


 騎士に追いかけられた私は、王都中を走り回って何とか逃げ切り、一人で王城まで帰ってきた。


 どうせ戻るなら捕まっても一緒じゃ? って思われるかもしれないけど……騎士に捕まった場合、そのまま騎士団に所属している第一王子のルグウィンお兄様からの長時間お説教コースが待っているので、逃げて自分の足で帰ってきた方がマシなのだ。


 いや、どうせお母様とかには怒られるんだけども。


「後はこっそり何食わぬ顔で部屋に戻るだけ……」


「部屋に戻っても、脱走したっていう事実は変わらないわよ?」


「むきゃ!?」


 いきなり声をかけられた私は、その場で猫のように跳び上がって驚く。


 それだけじゃなく、反射的に天井にへばりついてしまった私を見て、声の主が苦笑する気配がした。


「アイミュ、ドレスでそんな体勢ははしたないわよ? 降りていらっしゃい」


「あ……なんだ、お姉様か。びっくりしたぁ」


 はーい、と応えながら、私は天井から飛び降りる。


 私の格好はドレスといっても、動きやすいように勝手に改造したやんちゃ衣装なんだけど、お姉様のドレスはちゃんとしたもの。

 それも、清楚で優しい雰囲気のあるお姉様が纏うと、これが本物のお姫様かぁ、ってちょっと見惚れてしまいそうだ。


 私も、「黙ってじっとしていてくださればリリナ様と比べても遜色ないというのに」なんてお付きのメイドに苦言を呈されたりするんだけど、正直黙ってるだけでこのお姫様オーラを出せる気がしない。


「はい、捕まえた」


「ほえっ、お姉様!?」


 なんて思っていたら、私はお姉様にがっしりと両腕を回され、抱き締められて……いや、捕獲されてしまった。


 どういうことかと冷や汗を流す私に、お姉様は笑顔のまま告げた。


「ルグウィンにね、頼まれたの。後でお説教しに向かうから、アイミュを見付けたらちゃんと捕まえておいてくれ、って」


「いやーー!! お姉様の裏切り者ーー!!」


「ふふふ、ダメよアイミュ、悪いことをしたらちゃんと反省しないとね」


 じたばたと暴れる──形だけだけど──私に、お姉様はにこりと微笑む。


 やがて抵抗を諦めた私を、お姉様は部屋まで連行した。


 ちゃっかりと部屋の鍵までかけるお姉様にブーブーと抗議の声を上げる私を、お姉様はベッドに座らせた。


「それで、アイミュは今回、どんな冒険をして来たのかしら?」


「えーとね、お姉様にお土産があるんだ! ほらこれ!」


 そう言って、私は短めに改造されたドレスのスカートから、謎の置物を取り出した。


 犬? 像? よく分からないそれをお姉様に手渡すと、お姉様も困惑している様子だった。


「ええと、アイミュ、これは……?」


「町を巡っている時に見付けた、珍しい置物だよ。確か、魔物に似た形にすることで、魔物が近付かないようにする効果があるお守りだとか何とか」


 しょっちゅう城を抜け出すお転婆姫として有名になった今の私は、王都の商人からこういう珍しいものを買ってお姉様へのお土産にすることが多い。


 レーナに見せたら、「そんな効果あるわけないじゃないですか」ってすっごいバカにされちゃったけど、こういうのは気持ちと気分が大事なんだよ。


 それに……こういうのを買ってきた方が、王都で遊ぶために抜け出したんだって印象付けられて、万が一にも戦場に飛んでったなんて思われないだろうし。


「ふふ、ありがとうアイミュ、大事にするわね」


「えへへ……」


 後、お姉様にこうやって喜んで貰えるのは、素直に嬉しい。


 頭を撫でられてご満悦な私は、そのままゴロゴロとお姉様の膝の上に転がり、存分に甘え倒す。


 そんな私を、お姉様も仕方ないなぁって感じで相手してくれて……その時、お姉様の手がふと止まった。


「あら……? アイミュ、手を怪我してるじゃない」


「え? あ、本当だ」


 自分では全然気付かなかったけど、確かに腕のところに大きな擦り傷が出来ていた。


 ゴブリンとの戦闘で、いつの間にかつけられたのかもしれない。


「どこかで転んだのかもしれないです」


「もう、アイミュは……じっとしてて、手当てするから」


 そう言って、お姉様は私の傷口に手を添えて、魔法を発動した。


 傷を癒すための、治癒魔法。簡単な消毒・解毒効果もあるから、応急処置としては一般的な力だ。


 特に、女性は男性に比べてこういう細かい制御力が問われる魔法が得意だから、ある程度立場のある女性は率先して覚えてる人も多かったりする。


 私は、治癒魔法苦手なんだけどね!


「はいお終い。次からは気を付けるのよ?」


「はーい」


 実際、あまり大きな怪我をすると誤魔化しようがなくなるから、気を付けないとなぁ。


 そんな風に思っていると、部屋の扉が少し強めにノックされる音が聞こえてきた。


 ……こ、この乱暴なノックは、まさか!!


『姉さん、アイミュは戻っているか?』


「ええ、ここにいるわよ、ルグウィン」


 お姉様がそう言った瞬間、合鍵か何かで開かれた扉が、勢いよく蹴破られる。


 そこに立っていたのは、女性なら誰もが惚れてしまうような甘いマスク……を怒りで歪め、鞘に入った剣をこれみよがしに肩に担いで威圧する、ルグウィンお兄様の姿だった。


「アイミュ!! お前はまた勝手に城を抜け出したな!? 今日という今日は許さんぞ!!」


「ひえっ!? お姉様、助けてください!!」


「うーん……ルグウィン、許してあげたら? この通り反省しているんだし……多分」


「アイミュが反省して大人しくしていたことなんて三日とないだろうが!! 甘やかすな、姉さん!!」


「あはは……」


 否定出来なかったのか、お姉様の勢いがみるみる萎んでいく。


 逆にこれ以上ないほどヒートアップしたお兄様は、私の前にどこからともなく取り出した本を積み上げていった。


「これらの内容をしっかり学んでテストに合格するまで、外出禁止だ」


「えぇ!? いくらなんでも多すぎません!?」


「お前が外で遊び歩いている間に遅れた分だ、多くない!!」


「嘘ぉ!?」


 王族が勉強しなきゃならない内容多くない!? 子供相手にこんなの虐待だよ! 横暴だ!


「……うん?」


 そう思っていたら、私の腕輪が小さな光を灯し、レーナからの通信を告げた。

 体内を巡る魔力回路を通じて耳に届いた内容は……新しい魔物災害スタンピード発生の兆候が確認され、鎮圧のための討伐隊が編成され始めたっていうものだった。


「聞いているのか、アイミュ!」


「は、はい! ……ええと、そのテストは明日の朝お願いしてもいいですか? それで満点取れたら、外出OKということで!」


「は? 今日一日で覚えきると?」


「はい!!」


 討伐隊が今から編成されるなら、実際に現地へ向かうのは早くても明日以降だ。


 災害発生の“兆候”が確認されただけなら、まだ被害も出ていないだろうし、余裕はあるけど……討伐隊と鉢合わせはしたくないし、なるべく早く動いて、先んじて解決してしまいたい。


「はあ……分かった、用意しておく」


「ありがとうございます、お兄様!!」


 こうして、私はその時その瞬間から、死に物狂いで一夜漬けを始め……翌朝、意地の満点を獲得し、合法的に外出の許可を取り付けるのだった。

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